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学長からのメッセージ

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学長通信 No.6

学長通信No.6(2010年2月12日)

UC Davis 訪問記


2月3日より、7日までアメリカへ出かけてきた。同行者は、真木壽治バイオサイエンス研究科長他6名である。主たる目的は、現在本学の国際交流のアメリカでの拠点校であるUC Davisを訪問し、これまでの交流活動への支援についてお礼を言うと共に、今後も交流活動をいっそう活発にしていくための大学本部やそれぞれの研究科長への表敬である。特に、Davis 校では、昨年8月、総長(Chancellor)が交代し、新たに、Linda Katehi 前Illinois大学副学長が総長に就任したことから、本学学長として、Katehi総長に会って、今後の交流についての協力を要請することが重要な目的であった。

訪問にあたっては、本学の英文ガイドブックに加え、昨年、経済誌『週刊東洋経済』に掲載された国立大学法人の教育水準と研究水準の評価の結果、86国立大学法人の中で、教育水準及び研究水準の両方の分野で、本学が第1位であったという記事を英訳したもの、および本学とDavis校との交流の歴史と現状をまとめたものを用意した。

総長及び副学長や研究科長との話の中で、本学とUC Davisとの交流が、両者にとってきわめて有意義であることが確認され、また、本学が日本の大学の中にあってきわめて高く評価されていることが、彼らの間での共通認識であることも確認できた。本学は、昨年12月に、UC DavisのRodriguez教授に、本学として第1号の名誉博士号を授与したが、そのことが、Davis校のニュースレターで紹介され、Top Japanese university gives prof its first honorary degreeという見出しと共に、Rodriguez教授と私が青いバラを間において撮った写真が掲載されている。

実はDavis 校との交流は、このRodriguez教授と本学の新名惇彦理事・副学長との個人的な交友から、2001年に話ができてきたものである。その後2003年に、Davis校のVanderhoef 総長と本学の鳥居宏次学長との間で、交流協定が締結され、本格的に相互交流が始まった。当初は、バイオサイエンス研究科が中心であったが、そのなかで、Davis校の生命科学研究科長Kenneth Burtis教授と本学の真木教授が、アメリカの大学で同じ研究室にいた時代があったことから、その交流がいっそう進展してきた。その後、物質創成科学研究科も交流に加わり現在に至っている。今では、年間50名程度の本学学生が研修のため、1月ほどDavisに滞在すると共に、その後も共同研究のため、3月〜1年程度の長期滞在をする者も出てきている。また、本学教職員も、たびたび訪問し、学生の研修システムの整備のための議論を続けると共に、FD研修、SD研修などにも参加している。交流はこちらから向こうへの一方通行ではなく、Davis校からも、学生や教員が本学を訪問しているが、それは、彼らにとってもきわめて有意義であり、学生の本学への訪問希望者も大勢いるという状況である。Davis校は、日本の多くの大学とも交流協定を締結し、交流を進めているが、本学との交流がもっとも実質的であると、評価してくれている。今後この交流をいっそう有意義なものにするための方策については、真木教授らによって、Davis校の担当者と議論がされた。

以上のように、点(個人)での交流から始まった2つの大学間の交流は、今では面での交流になってきている。しかし、それでも、基本的には、お互いの教員、研究者同士が知り合って、話ができる環境を維持することによって、進められてきた。このことは、国際交流を進める上で重要なことであろう。今後、ダブルディグリーのようなことを検討する場合には、更に、研究者同士の研究交流が必須になってくるであろうと考えると、日常的な研究者の行き来がいっそう重要になると思われる。

ここで、Davis校のKatehi 総長について、今回知り得たエピソードなどを紹介しておこう。Katehi総長は、Davis校の第6代目の総長で、女性として初めてこの職に就いた人である。年齢は55才という。ギリシャの出身で、子供の頃、集落全体で1つしかテレビがないという貧しい村に育ち、そこで、アポロの月着陸を見て、科学者になろうと決心し、アメリカに行ったという。アメリカでは電子工学で学位を取り、Michigan大学、Purdue大学、Illinois 大学などの教授を歴任している。現在、政府の多くの委員会などの委員も務めている。ある意味では、日本流にいえば、立志伝中の人である。アメリカでも現在、経済事情が悪くなっているなか、Katehi 総長は、建物の建設をやめても、研究に投資して、Davis校のアメリカでのランクを上げる方針を打ち出しているという。この話を聞いて、日本でも鳩山政権が、「コンクリートから人へ」という戦略を打ち出しているといったところ、全く同じであるといっていた。また、Katehi総長の方針は、sustainableがキーワードであるという。これは、米国政府のGreen Innovation政策の方向性に基づくものであろう。

私達がKatehi 総長に面会したのは15分ほどであったが、Davis校と本学との交流の現状についても理解をし、今後もおたがいのメリットを活かして交流していくことを、約束してくれた。話の中で、総長はたいへんエレガントな女性であるという印象を受けた。しかしそのなかで、Davis校を良くするための方針を打ち出し、それをリードしていくという強い意志が見られた。Davis校では、研究科長は、みな同じビルにオフィスを持ち、常に情報交換をしているとのことで、大学が一体となって、活動している様子が見られた。

その日の夜、Davis校にスタッフやポスドクとして滞在している生物系の日本人研究者14人ほどを交えて、近くの町のステーキハウスで交流会をもった。彼らのアメリカでの生活、経験、思いなどを聞くことができた。3年前、私が副学長時代にDavis校に訪問した際にも、同じような集まりをした。組織的な国際交流といっても、基本的には、人と人の交流であること、また、本学を広く、海外の研究者に知って貰うための、一つの重要な方策であると考えているからである。楽しい晩であった。

現在、Davis校との交流のための費用は、招へい費用も含め、多くは、G-COEやGPものの予算から出ている。こうしたシステムを継続的に動かすためには、大学への運営費交付金だけでは難しいであろう。仕分け作業によって、いわゆるGPものに疑問符がつけられてはいるが、こうした海外活動を可能にする大学院教育のための予算の重要性が理解され、より充実した制度が作られることを期待したい。おそらくそうしたものができたとしても、競争的なものとなるであろうから、今の国際交流をより有効に、また、実質的なものとするための、日常の点検活動が必要となるであろう。特に、海外研修を終えた学生のフォローアップシステムを考えないと、一過性の活動になってしまう。これはそれぞれの研究科での課題となろう。

多くの日本の大学が、海外に事務所を構え、拠点としている。本学でも、海外に事務所を設ける構想が無かったわけではない。しかし、その維持や、人材、また、海外拠点に全てを任せれば交流がうまくいくと考えて、現場同士の交流が停滞する恐れなどを考えると、本学が、アメリカなどに事務所を設けることは適切ではないと考えている。むしろアメリカでは、UC Davisを本学拠点と考え、研究者や事務職員の日常的な人的交流を深める方が、適切であろうと思う。

今回、事務職員も佐藤教育研究支援部長はじめ3人が同行した。事務の国際化、ということも、本学の課題である。Davis校では、たまたま、本学の職員の森下麻理さんが、国際交流のオフィスで研修中であり、大変世話になった。また、帰途、Berkeleyで、JSPSのサンフランシスコオフィスに立ち寄ったが、ここにも本学の職員の斉藤信吾さんが職員として滞在していた。JSPSのオフィスの竹田誠之センター長は、阪大時代、本学の初代学長の櫻井洸先生に大変世話になったという。これも単なる偶然ではないのかもしれない。人脈は重要である。森下さんや斉藤さんのような本学の若い人たちが、海外での経験を活かして、帰国後、本学の国際化のために活躍してくれることを期待したい。

また、サンフランシスコでは、大阪大学のサンフランシスコ教育研究センター長の谷本親伯教授に国際交流活動の色々な問題について、率直なお話をしていただいた。先生の話で一番印象にあるのは、国際交流での一番の問題は、海外にあるのではなく、日本国内(それぞれの大学内)にある、ということであった。これも、今後の活動に参考にしたい。

短い旅ではあったが、有意義に過ごすことが出来た。一緒に行っていただいた皆さんの名前を全ては挙げていないが、皆さんにお礼を申し上げたい。




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