ドキ★ワク先端科学
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~読売新聞寄稿連載「ドキ★ワク先端科学」から~
第32回:バイオサイエンス研究科 加藤順也教授 [2015年12月15日]「善悪秘める幹細胞」 |
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私たちの体は細胞という、小さな単位からできています。大きい、小さい、丸い、細長いなど、細胞にはいろいろな種類があり、それぞれが別の役割を担っていますが、全ておおもとの細胞から生まれてきます。生体内の膨大な数の細胞の中で、通常、0.01%以下しか存在しない、このおおもとの細胞のことを「幹細胞」といいます。
幹細胞を生体から取り出し、試験管の中で増やしたものが「ES細胞(胚性幹細胞)」で、皮膚や血液など、幹細胞ではない細胞を操作して、人為的に作り出した幹細胞のことを「iPS細胞(人工多能性幹細胞)」と呼びます。再生医療は、これらを使って、失われた人体の組織をよみがえらせる治療法のことです。
幹細胞はどのような細胞にもなれるので、非常に厳密に制御されています。規則正しい周期で増殖したり、休止したりすることで、体の秩序を保っています。しかし、この幹細胞に変異が起こったら、どうなるでしょうか。望まない細胞を作り出し無制限に増殖を繰り返すようになるかもしれません。このような悪玉の細胞のことを「がん幹細胞」と呼びます。
がん幹細胞は抗がん剤にも耐性を持つことがよくあります。例えば、抗がん剤を投与すると、普通のがん細胞が死滅するので、一見、がんが治っていくように見えますが、実は、がん幹細胞は生き残ります。抗がん剤の投与をやめると、再び増殖し、がん組織を作ってしまうのです。これが、がんの再発です。
今、世界中でがん幹細胞を攻撃する方法が考えられています。がん幹細胞と正常な幹細胞は非常によく似ているので、区別するのが大変難しいです。しかし、なんとか、がん幹細胞にのみ現れるタンパク質を突き止めて、それを標的とする研究が進んでいます。
もう一つのアプローチは、ヒトの細胞に元々備わっている、がん化を抑える能力を生かすことです。がん幹細胞では、この能力が何らかの原因で眠っています。私たちの研究室では、細胞が本来持っている能力を呼び覚ましてがんを抑制する方法を考案中です。
今はまだ、マウスを用いた実験段階ですが、ヒトのがん細胞を培養した実験でも、がんが増えにくくなることを確認しています。この能力を引きだす方法を開発して、できるだけ早く実際の治療に使いたい。そう願いながら、毎日研究を続けています。