読売新聞寄稿連載「ドキ★ワク先端科学」から~

第40回:物質創成科学研究科 上久保裕生准教授〔2016年9月20日〕
「天然繊維 見直せば新素材」

上久保裕生准教授
上久保裕生准教授

 リオデジャネイロ五輪に出場した選手たちは、昔に比べ、見た目にも洗練されたユニホームを身にまとい、活躍しました。デザインだけでなく、素材である繊維も目覚ましい進歩を遂げ、五輪は大手繊維メーカーの競争の場にもなっています。

 古くは、繊維と言えば絹糸や綿、羊毛など、天然素材に由来するものでした。絹などは数千年前から生産され、近代日本の基幹産業にもなりました。

 その後、絹の代替として化学繊維などの開発が進みました。大量生産や品質管理が容易で、人工的に優れた性質に改良できることから、今日の性能向上につながっています。

 そんな中、改めて天然素材の「Silk」が注目されています。Silkといっても蚕が作る絹ではなく、クモの糸のこと。クモ糸は最強の繊維とされるアラミド繊維や炭素繊維を凌駕(りょうが)する性質を持ちながら、利用することができず、「夢の材料」と呼ばれてきました。

 夢だった理由には、二つの大きな問題がありました。

 一つは生産に関する問題です。クモはどう猛なため、蚕のように大量飼育ができません。また、絹もクモ糸も化学合成が極めて困難なタンパク質なので、工業的な大量生産は不可能だと言われていました。

図1

 しかし国内のベンチャー企業が、このタンパク質の大量生産技術を生み出し、夢への扉が開かれました。私自身、このタンパク質の粉末が山盛りになった様子を目の当たりにした時は、鳥肌が立ちました。それほど困難な問題だったのです。

 二つ目は、タンパク質を「生き返らせる」という問題です。

 タンパク質は多くの種類の部品からできています。生体内では、これらが厳密に決まった順番で並び、つながり、それ自身の力で折り畳まれて完成します。この性質を「自己組織化」といいます。

 まるでタンパク質が、自分の意志で「なりたい構造」になろうとするかのように折り畳まれ、機能を持つ。つまり「生き返る」のです。この現象を人工的に再現するには至っておらず、現在、私たちはクモの糸を生き返らせるために研究を行っています。

 この分野の基礎研究では、日本が世界をリードしてきた歴史があり、その一例は過去に当欄でも紹介しています(第13回、第16回)。タンパク質の「意志」を読み取り、生き返らせることによって、夢の材料が現実のものになろうとしているのです。

 ベンチャー企業が生み出した生産技術と、私たちの基礎研究を組み合わせると、天然繊維を化学繊維のように改良して大量生産が可能になります。人工クモ糸の実用化は、これまでにない性能を持つ新素材の登場にもつながると期待されているのです。