読売新聞寄稿連載「ドキ★ワク先端科学」から~

第47回:バイオサイエンス研究科 伊藤寿朗教授〔2017年4月19日〕
「はかなくて強い幹細胞」

伊藤寿朗教授
伊藤寿朗教授

 日本人の主食である米、パンや麺の原料となる穀物類、そして果物は、すべて植物がつける花の産物です。ニワトリや牛も穀物を餌としており、私たちは花の産物がなくては、生きていくことができません。

 また、私たちは古くから四季折々の花を楽しみ、移ろいゆく花の美しさ、はかなさを慈しんできました。花の命は短いものですが、一方で植物には、屋久島の縄文杉や、米国のジャイアントセコイアのように、何千年も生き続けるものもあります。

 植物は動物と同じように、「幹細胞」から形作られます。幹細胞とは、そのままの状態でどんどん増える(自己複製する)一方で、様々な種類の細胞に変化(分化)して器官を作り出すこともできる細胞のこと。植物の幹細胞には、とても強い増殖力があり、根や茎の先端部で常に維持され、成長の原動力になっています。

 これに対し、花も幹細胞からできますが、それらは増え続けることをやめ、はかなく死んでしまうことによって、次の世代である種子を作っているのです。

図1
通常のシロイヌナズナの花(左)と、突然変異で幹細胞の増殖が止まらなくなった花(右)。右側の花は種子をつくることができない

 花の幹細胞は、どのようにして増殖を止めているのでしょうか。私たちは、その仕組み、すなわち「花のはかなさ」のよりどころを、細胞や分子のレベルで解き明かそうとしています。様々な実験で細胞内のたんぱく質の働きを「見える化」し、花の幹細胞が、正しい時間に増殖を止めている仕組みを探るのです。

 その結果、遺伝子を束ねているヒストンというタンパク質に、化学物質が付箋のようにくっつく「ヒストン修飾」という現象が重要と分かりました。ヒストン修飾は、細胞増殖を止めるタイマーの機能を担っていたのです。

 さらに、時間的な制御だけでなく、ホルモンによって遺伝子の働きが空間的に広がって伝わることも分かってきました。

 もしこれらの働きがなくなると、花は種子をつけることができず、幹細胞がどんどん増殖して、通常の何倍も大きな花となります。はかなくも美しい花は、このような幹細胞の強い働きに、あえてブレーキをかけることで、子孫繁栄を図る<強くて賢い仕組み>を作りあげているのです。

 こうした花の仕組みを理解し、地球環境の変動が植物に及ぼす影響を調べていけば、今後の食糧の安定的供給などにもつながっていくと期待しています。