~広報誌「せんたん」から~

[2013年5月号]
情報科学研究科 計算システムズ生物学研究室 金谷重彦教授、モハマド・アルタフル・アミン准教授、小野直亮助教

金谷重彦教授、モハマド・アルタフル・アミン准教授、小野直亮助教

単純でないから面白い

ヒトをはじめ1000種以上の動植物、微生 物の全ゲノム(DNAの遺伝情報)が解読され、生物の設計図がわかってきた。しかし、そのデータから生命の営みの全体像を詳細に明示するのは容易ではない。なにしろ、DNAの遺伝子暗号には、膨大な物質の製造や、それを化学反応で処理して新たな物質やエネルギーなどを得るための手順の情報が書き込まれている。それらが織りなす代謝のルートは互いに共通する部分で重なり合ったり、別ルートに分岐したりしながら、環境の変化に応じて効率的にさまざまな機能を発揮し、生命を 維持している。まさにビッグデータを扱う研究の世界なのだ。

「DNAは、ドント・ノウ・エニイシング (何もわからない)の略語。DNAだけですべてわかるほど人間は単純ではありません。だから面白いのです」。金谷教授は、ゲノムの解読などに貢献したノーベル医学生理学賞受 賞者のシドニー・ブレナー博士のジョークを 引用し、研究の動機を語る。

こうした生物の複雑なシステムの普遍性や 多様性をゲノム科学の視点から理解するために、金谷教授、アミン准教授、小野助教らは、データベースづくりに励んでいる。細胞全体 のスケールで物質(分子)間の相互作用(インタラクトーム)や、遺伝子の発現(トランスク リプトーム)、代謝物(メタボローム)などを網羅的に解析したデータを集めて、バイオインフォマティクス(生物情報科学)の手法で統合、整理して蓄積する。その中から、関係性 の高い生体の要素を素早く導き出す方法を開発しているので、一から十を知るように全体像を解釈できるのだ。杉浦准教授と佐藤哲大助教が進める生命機能計測学との融合も図り、広範なテーマをオミックス視点で研究を展開 している。

代謝物5万種のデータベース

こうした研究の中で、最近の大きな成果の一つが「ナップサックデータベース (KNApSAcK Family)」であり、ホームペー ジで公開され、新たなデータを加えて発展し続けている。現段階で「ナップサック」には、構造決定された植物の代謝物約5万種と、それらの物質がどの植物に含まれているかという10万件のデータが入っている。

金谷教授は、応用の例として「レトルトカ レー」の材料と健康との関連の分析を挙げた。人間はカレーを賞味するとともに、その食材 の生理活性が健康の維持に役立つ。「ナップサック」には、ゲノム関連をはじめ、研究室で文献、書物などから作成した「漢方薬」「食材」「食べ合わせ」「生活習慣病予防の食材」どテーマ別に10種類のデータベースが関連付けられているので、カレーの食品としての 機能性を分子レベルで理解することが可能だ。262種類の食材をもとに304種のレトルトカ レーについて調べた結果、肉類や野菜類の食材の使用量によってグループ分けできることや、ご当地カレーの味を出す成分などのほか、メーカーが食材の組み合わせによって健康に良いかどうかがわかる「食べ合わせ」を考慮していることが明らかになった。このデータ ベースを使えば、好みの食材や健康に良い食品などの条件で商品が選択でき、メーカーにとっても商品開発に役立つ。金谷教授は「生活習慣病の予防に役立つ食材のデータベースを充実させ、食材に基づく健康社会の維持に貢献していきたい」と抱負を語る。

このデータベースは英科学誌「ネイチャ ー」でも紹介され、多方面から利用されている。なかでも有力なツールとなっているのは、 植物の代謝物の同定の研究分野。分子の質量を測定する装置の精度が飛躍的に高まり、そのデータから候補の分子式が絞り込みやすくなったため、このデータベースを使えば、分子量に相当する天然物をデータベースからたちどころに引き出せるからだ。また、医療面では代謝物をどのように配合すれば、どのような症状に効果があるか、日本やインドネシアなどの生薬のデータを比較し、数理科学的に解明する研究にも広げている。

KNApSAcK World Database,世界中の薬
食用植物の情報を網羅したデータベース
KNApSAcK World Database,世界中の薬食用植物の情報を網羅したデータベース
KNApSAcK Familyデータベースのメインウインドウ(http://kanaya.naist.jp/KNApSAcK_Family/): KNApSAcK Metabolomicsは生物がつくる様々な代謝物と生物種の関係を整理したデータベース(生物種-代謝物関係DB (KNApSAcK Core,上段中央)、Poketには、左側から食品(Food & Health)、生薬(Crude Drug)、生物活性BiologicalActivity)の情報が整理されている。Motorcycleには代謝反応が整理されている。 DietNavi (http://kanaya.naist.jp/DietNavi/top.jsp)生活習慣病の予防を目指した食材、機能成分のデー タベース:メインウインドウのDietNaviからリンクづけされている。
(左)KNApSAcK Familyデータベースのメインウインドウ(http://kanaya.naist.jp/KNApSAcK_Family/): KNApSAcK Metabolomicsは生物がつくる様々な代謝物と生物種の関係を整理したデータベース(生物種-代謝物関係DB (KNApSAcK Core,上段中央)、Poketには、左側から食品(Food & Health)、生薬(Crude Drug)、生物活性BiologicalActivity)の情報が整理されている。Motorcycleには代謝反応が整理されている。
(右)DietNavi (http://kanaya.naist.jp/DietNavi/top.jsp)生活習慣病の予防を目指した食材、機能成分のデー タベース:メインウインドウのDietNaviからリンクづけされている。

コンピューターで謎を読み解く

金谷研究室のメンバーの研究テーマは多彩だ。 アミン准教授は、バングラデシュ出身。マレーシアの大学院を修了後、1999年に本学の博士後期課程に入学した。コンピューター解析が専門で、遺伝子や代謝物のネットワークの中から、とくに密度の高い相互作用をする機能の単位の関係について、密度を数値化 して迅速に抽出するアルゴリズム(手順)の開発に成功した。「新しいアイデアや、そのアルゴリズムを開発するのは楽しく、生物学的 なデータに応用していきたい」と話す。

小野助教は、遺伝子の発現や変異の解析な どのデータから、コンピューター計算により 生物の代謝システムをモデル化し、再現する 研究に挑んでいる。たとえば、細胞がブドウ糖を消化し、アミノ酸などの物質を作るさいに化学反応がどのような速さで起こるか。微分方程式を立てて計算し、実験データと照ら し合わせて、正確なモデルに近づけるのだ。 微生物に有用物質を作らせるときの予測に使うなどの目的がある。一方で、数万種類ある 遺伝子の発現(働き)を調べて、どれが一番役に立っているかを統計的な解析手法でつきとめ、具体的な現象を解析する研究も行ってい る。「もともと生命の 進化に興味があり、抽象的なモデルのシミュレーションから始めて、共同研究で実際の生物の複雑さなどを知り、さらに具体化したモデルを手掛けるようになりました。現在のよう な複雑な生物がどうやって進化して来たのかを理解したいというのが、一番の動機です」 と説明する。

生命の起源や進化に迫りたい

機能の構造を明らかにする。比較的に新しい分野だけに、若い学生の意気込みも強い。 博士後期課程2年の池田俊さんのテーマは 細菌など原核生物(核がない生物)のゲノムの 組成の解析。「なぜ生物にこのような多様性があるのかということを統計的に解析するモデルが構築できたので、今後それを実験で証明したいと考えています。DNAの4種類の塩基が合成される時点で温度など環境の影響 があり、どのぐらいエネルギーを必要としているかなど条件によって塩基の組成が変わってくるということが見えてきました。生命の起源や進化の研究に貢献できればいいと思っています」と自信をみせる。大学を卒業して研究所でプロジェクトの技術員になり、その後、「勉強しなおそう」と本学に入った。「プ ログラムを組むのはつらいが、出てきた結果 を解釈するのは楽しい。バイオサイエンス研 究科の人が近くにいるので、バイオの研究会など参加しやすいという環境も良かった」という。

研究室で学生たちと

博士後期課程1年の桂樹哲雄さんは代謝ネットワークのシミュレーションを行っている。 「実験のデータがあまりないので、コンピューター内で遺伝的アルゴリズムという手法を 使ってパラメーター(制御に必要な数値)を推 定し、代謝の計算に使うというツールを開発しました。本学の研究環境は良く居心地はいいのですが、学外で研究を続けるとなった場合、温室育ちと言われないように研究費獲得など対外的な面でも実力をつけていきたい」と張り切る。

海外からの留学生も研究にまい進している。 研究員のファリットさんは、インドネシア・ボゴール農大の地の利を生かし、インド ネシア生薬データベース構築し、さまざまな アイデアのもとデータマイニングで大忙しだった。現在、ボゴール大学で研究を続け、 NAISTとの共同研究にも積極的だ。

博士前期課程2年のネルソン・キビンゲさんはケニア出身。同国に多く発生しているマラリアに関連して、原虫などの遺伝子の塩基配列を系統解析している。「ケニアで生物学 を学んでいて、バイオインフォマティクスに 興味を持ちました。ネットを見て英語版のホ ームページが充実している本学を選びました。 山奥にあって研究に集中できる一方で、大阪や京都など都会が近い環境も気に入っています」という。中国からきた研究生(今春から博士後期課程1年)の李東晗(リ・トウカン)さんは「ウコンの成分であるクルクミンを合成する代謝経路の遺伝子を解析しています。未解明の酵素を明らかにして、どの酵素が一 番重要かを調べます。中国ではコンピュータ ーのプログラミングが専門で生物のデータも扱っていました。日本で結果を出して、帰国し、大学の研究者になりたい」と抱負を語った。