~広報誌「せんたん」から~

[2015年1月号]
バイオサイエンス研究科 機能ゲノム医学研究室 石田靖雅准教授

石田靖雅准教授

ノックアウトの技術を進化させた

研究者の国際的な協力でヒトの全ゲノム(遺伝情報)の解明が10年以上かけて完了したの が2003年。何しろ、ゲノムには全体で約31億個もの遺伝子暗号(塩基)がある。その中で、遺伝子は暗号がタンパク質に対応して意味を持つように書かれた配列で、その数は約2万2千個と推定される。最近では、無意味と考え られていた配列にも、直接、遺伝子の働きに関わる重要な機能があることなどがわかってきた。ゲノムという生物の設計図の読み方は 実に複雑なのだ。

こうした遺伝子や塩基配列が実際にどのような働きをしているかを見る場合、逆に、目的の遺伝子を動物の細胞(ES 細胞、胚性幹細 胞)内で壊すことにより、生体への影響をみる方法が主流だ。この方法をマウスの実験により具体化したのが「ノックアウトマウス」の 技術で、開発者はノーベル医学生理学賞を受賞した。

石田准教授らは、この手法をさらに進化させた。それまで組織に固有の重要な遺伝子であっても、実際にES細胞中で発現していない休眠状態の遺伝子は完全に壊すことができなかった。それを可能にしたのが、石田准教授らが開発した「UPAトラップ(捕捉)」という手 法だ。これであらゆる遺伝子が無作為に調べ られるようになった。欧米では、全遺伝子を壊 して調べる「ノックアウトマウス・プロジェクト」が行われ、UPAトラップはその有力なツールとして採用され、世界標準となっている。

品質管理の機構を抑える

UPAトラップ法の開発により、ほぼ全てのタンパク質コード遺伝子を、ランダムに、偏りなく破壊できるようになった
UPAトラップ法の開発により、ほぼ全てのタンパク質コード遺伝子を、ランダムに、偏りなく破壊できるようになった
タンパク質の合成が終結したあと、リボソームに会合するUpf1 という分子は、mRNA の残された部分を「たぐり寄せて」いるに違いない
タンパク質の合成が終結したあと、リボソームに会合するUpf1という分子は、mRNA の残された部分を「たぐり寄せて」いるに違いない

開発の経過をたどってみよう。一般的な遺伝子を壊す方法は、ゲノム上に短いDNA断片を無作為に挿入することで、遺伝子の機能を無くすもの。まず、石田准教授らは、挿入するDNA断片に常時発現するプロモーターという遺伝子をつけ加えるなどして、休眠中の遺伝子も捕捉できるという方法を開発した。

ところが、この方法だと機能が無くなるのは遺伝子の末端の小領域に限られ、全体を完全に破壊できないことに気づいた。原因を調べたところ、DNAの情報が正しく読み取られるように品質を管理する機構(NMD)が関わっていた。これは、DNAをコピーして情報を伝えるRNA(mRNA)が誤って読み取られた配列とわかると分解してしまう。だから、DNA断片が元の配列の途中に入ると、その位置で異常と判断され、読み取りが終了する。そこで、NMDの働きを抑え、コピーを続けさせることで成功に結びつけた。

石田准教授は「UPAトラップは、2001年に本学に着任してからの研究で、これにより世界中の研究者が全ての遺伝子について研究できるようになりました。これからは、注目されているが遺伝子トラップの手法で調べられていない、タンパク質の暗号をコードしていない遺伝子についてもできるようにしていきたい」と抱負を述べる。

また、石田准教授らは、mRNAの情報をもとに、その暗号を翻訳してアミノ酸が結合したタンパク質を作り出すリボゾームの働きについて、新たに「たぐり寄せ」モデルを提唱している。リボゾームは環状になったmRNAを端から順番に翻訳していくが、タンパク質の合成が終結するとmRNAの残った部分を綱引きのようにたぐり寄せて冒頭の端に戻り、改めて2 回目の翻訳を始めるというもの。「リボ ゾームはひと仕事終えると、mRNAをたぐり寄 せて小さな努力で開始点に飛び移り、仕事が 再開できるという効率的な仕組みです。これまで研究が余りなかったところで、100%の証明はできていませんが汎用性があると思っています」と自信を見せた。

偶然や幸運を引き寄せる強い意思

名古屋大学医学部出身の石田准教授は、京 都大学の大学院では免疫学研究の権威で2013年に文化勲章を受章した本庶佑・同客員教授 (現在)の研究室に入った。そこでリンパ球の一種で病原菌などを退治する「T細胞」を研究。1992 年にT細胞が抗原などで刺激されたさいに発現して元の状態に沈静化する細胞表面の受容体分子を発見し、「PD-1」と名付けた。その後、PD-1 の働きをがん細胞が悪用して、T 細胞からの攻撃を避けていることがわかった ことから、この分子の作用を阻害する抗体を投与する形での免疫療法が開発され、日米で 承認されている。石田准教授らは、2014年9月に日本癌学会から、がん医療の発展に貢献した、として「JCA-CHAAO賞」を授与された。

「医学部に入り、臓器移植の現場を見る機会がありました。そこで免疫による拒絶反応が あるので治療がうまくいかない状況など目の 当たりにしたことが免疫やゲノムの研究に入るきっかけです」と振り返る。

米ハーバード大など国内外の大学、研究機関を経験し、本学では2014 年5 月から、独立 した研究室を持っている。「本学はピラミッド 型の講座制ではないので、自分の思ったようにできるところがいい」と評価する。研究者としての信念は「偶然や幸運はひとりでにやって来るものではなく、引き寄せる強い意思が 必要だと学生にも言っています。PD-1 発見の ときも偶然ではなく、あらゆる情報や技術を集めて検討し、考え抜いたうえで、ひとつだけ取れた遺伝子でした」。研究に邁進する一方 で趣味はエレクトリックギター。アイバニーズなど一流メーカーのギターを集め、「毎日、触っています」。学生時代はロックバンドでエレキベース担当だった。「中高生のころは音楽家をめざしていた」という。

やろうと思えばできる

研究室の仲間と

研究室の若手も遺伝子トラップ研究のさま ざまな場面で重要な役割を果たしている。

博士後期課程2年の田畑海渡さんは、タン パク質に翻訳されないロングノンコーディン グ(非コード)RNA を標的にした遺伝子トラップ法を開発している。UPA トラップ法とは別の新しい方法で、トラップを妨げるNMDを抑 制する。「完成に近づいていて、もう少し精度 を上げ、信ぴょう性を高める実験をしていま す」と説明する。「この非コードRNA 自体に機能や種類など未知の部分が多い。がんやうつ病などの原因遺伝子になっていることがわかりはじめているので、病気の治療にもつなげる研究をしたい」と胸を膨らませる。

本学でiPS 細胞の研究を始めた山中伸弥・ 京都大学iPS 細胞研究所長に興味を持っていて入学した。「多少、悪い結果が出ても改善の 道を考えて、諦めずとにかく手を動かすこと が大事と思っています」。趣味はシャボン玉と ユニークだ。「休日に学校の池の周囲で飛ばすことが多く、大きさや強さ、飛び方などさまざまに変化するのがとても癒しになります」という。「レトロの写真機で景色や人物を撮影するのも好き。フィルムの質感がデジカメと全然違うことや、アナログ操作なので条件を考えながら撮ってみて、現像するまで出来栄えが分からないところも、とても面白いとこ ろです」。

研究生の白潔(ハクケツ)さんは、中国からの留学生で2013年3 月に博士後期課程を認定退学した。テーマは、マウスのES細胞内の非 発現遺伝子のみを対象とした遺伝子トラップ法の開発。「ES 細胞内の非発現遺伝子は約 50% を占めていて全てを破壊するのが大変ですが、ジフテリア毒素の細胞殺傷能力を利用した研究室独自の方法を開発しています。結構、うまく行っていて、あとは最後の確認実 験をするところです」と張り切る。

信州大学時代から日本に留学していて、友人に本学を勧められた。「設備が整っていて、思い通りの研究ができる。研究者を続けたい、と思っていて、心構えは、成功より失敗の方が多いので、思い悩まずとりあえずできることから始める。よい成果が出れば、つらさも忘れます」と話す。気分転換は、自分の子供と遊ぶことで、ドライブで東京まで行くことも。中国に住む夫と離れての生活で、出産直 前まで研究していた。「研究で忙しくても、結 婚も出産も同時進行でできる。やろうと思え ばできます。私生活を大事にして、女性としての価値を意識していた方がいい」と女性研究者らに呼びかけた。