~広報誌「せんたん」から~

[2015年9月号]
物質創成科学研究科 光機能素子科学研究室 太田淳教授、徳田崇准教授、野田俊彦助教、竹原宏明特任助教

太田淳教授、徳田崇准教授、野田俊彦助教、竹原宏明特任助教

人工視覚が進化した

高度情報社会で不可欠な半導体技術が、医療や生命科学の分野に進出し、生体機能の強化、解明などに夢の技術革新を実現しつつある。

太田淳教授は、人工視覚分野の代表的な研究者として知られる。光を感じる網膜内の視細胞が機能しなくなる「網膜色素変性」などの患者を対象に、半導体のLSI(大規模集積回路)の技術で残っている網膜内の細胞を電気刺激する電極を開発した。これを網膜の外側に埋め込むことで人工の視覚を生み出すのだ。画像は外部の装置で電気信号に処理し、ワイヤレスで電力とともに電極に送られる仕組みだ。すでに共同研究をしている大阪大学医学部が49個の電極による亜急性臨床研究(6 週間)を行い、視覚の機能向上を実証している。

ただ、患者さんの生活の質をより良くしていくためには課題がある。デジタルカメラの画素に相当する電極の数が多いほど刺激される網膜細胞の数が増え、鮮明に広い視野が得られる。ところが、そのためには電極からの配線の数を同じ数だけ増やす必要があり、電極を乗せた基板が大きくなりすぎて目に入らなくなることだ。

そこで画期的なアイデアが生まれた。直径約0.5 ミリの弾丸型電極(プラチナ製)にくぼみを開け、その一つ一つに半導体チップを埋め込んだ。それだと電極がいくら増えようと電源用など4 本の配線でできる。「電極が賢くなって、一斉に同じ信号を流しても個々の電極の回路が電流を流すかどうか判断するようになります」と太田教授。「電極を並べるだけの基板なので、目に優しい柔軟な素材が使えます」。

人工視覚用刺激電極アレイ(左)と電極内蔵用超小型半導体チップ
人工視覚用刺激電極アレイ(左)と電極内蔵用超小型半導体チップ

脳の機能を視る

また、脳内のさまざまな部位の生理学的な変化を光で測定し、画像化する「脳機能イメージング」も手がけている。長さ1ミリ以下の超小型で、脳の奥深くまで複数枚埋め込める高性能の素子(イメージセンサ)を作製。脳が活動すれば、その部分が蛍光を発するマウスの実験で、顕微鏡下に拘束するのではなく自由に行動させながら調べることができた。

さらに、インフルエンザウイルスなど病原体に対し、従来の測定法の検出限界を超えて感染初期の段階で測定できるイメージセンサを使った高性能の装置も開発している。

自由視点画像を用いたロボットの遠隔操作システム
自由視点画像を用いたロボットの遠隔操作システム

太田教授は「自己満足で終わるデバイスではダメで、ユーザー、研究者に評価してもらって初めて技術として成り立つ」が信条。だから、「そのためには、研究の早い段階から、バイオなどユーザーの研究者たちと話し合いながら、ものをつくり上げていくようにしています」と話す。

こうした研究の成果を踏まえ、太田教授は、本学3研究科が連携してヒトに優しい生活・社会環境の実現をめざす「ヒューマノフィリック科学技術創出研究推進事業」の「脳神経活動モニタリング技術開発グループのリーダーを務める。

光で刺激する

一方、徳田崇准教授は、脳機能イメージングに使うイメージセンサに発光ダイオード(LED)を組み合わせ、その光で脳を刺激する機能を持たせる研究を進めている。

また、化学合成で反応生成物が右手と左手の鏡面対象になり、性質が異なる光学異性体ができる。その右左の割合がどのようになっているかを反応中に偏光の照射により見分けてリアルタイムで測定できるイメージセンサも開発した。

さらに、ユニークなのは「生体埋込グルコースセンサ」。血中の糖濃度によって蛍光の発光強度が異なるゲルをイメージセンサに乗せて生体に入れ、糖尿病の病態把握に不可欠な血糖値の測定に使えるようにした。

「製品をつくる技術を持つメーカーなどがチャレンジしやすくなるために、第一歩 の技術を実証するのが大学の役目と思っています」と強調する。自転車が趣味で、駅 からNAIST までの7キロの通勤に使う。健康増進にも役立てるが、故障すれば生来の メカ好きが顔を出す。

野田俊彦助教は、人工視覚のデバイスづくりがテーマ。高効率で網膜を刺激する電極の開発に成功した。イメージセンサの設計が可能な全国有数の研究室で、部品づくりの一部は外部の工場に委託するが、追加加工や最終組み立ては自分たちでやらなければならない。「人工視覚の0.5 ミリ径の弾丸型電極に半導体チップを埋め込む作業は肉眼でもできるようになりました。学生は当初戸惑いますが、意欲があって飲み込みが早く、すぐに慣れますよ」。

ヒューマノフィリックのプロジェクト担当の竹原宏明特任助教は、LED で光刺激して脳機能イメージングするデバイスの研究だ。「小さな部品を組み合わせたデバイスなので、設計が難しい。学生たちにとっては自分で設計したものが実際に動くデバイスになるので得るものは大きいでしょう」と期待する。

健康管理を強力にサポート

研究室で学生たちと

このように研究室のテーマは幅広く、若手研究者もそれぞれの分野に思いを抱いている。

グルコースセンサを研究する博士後期課程3 年の河村敏和さんは「血糖値を測れそうなものはできています。有線で電源とつないでいるので、あとは無線化した完全埋込み型を完成したい。そして健康管理を長期間、強力にサポートできるように進めていきたい」と意欲をみせる。

タイからの留学生で、博士後期課程2年のアネック・ウタヤヴァニッチさんは、体内の生理作用に重要な役割をする一酸化窒素(NO)の測定の研究だ。「マウスなど小動物の測定ができる小さなデバイスを開発したい。本学は多くの科学者が多様なテーマで研究していることが非常に興味深い。卒業したら、かつて勤めていたタイの企業に戻って研究を続けます」と話す。

博士後期課程2年の須永圭紀さんは、脳機能イメージング用の小型埋植型デバイスの開発を行っている。「実際にデバイスを作製し、視覚の神経の反応をみる動物実験まで到達しており、あとは自由行動下で長期間計測できるように改善しています。最終的には、難病のメカニズムの解明や治療法につながればいいと思います」と夢を膨らませている。

*ヒューマノフィリック:人(human)と"友好" を意味する接尾語philic を組み合わせた造語で、「人と親和性の高い」、「人に優しい」という意味。