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コラム
タイトル:ワーク・ライフバランス雑感
著者:情報科学研究科 生命機能計測学  湊小太郎 教授

 私は昭和22年生まれで評判の悪い団塊世代ですが、私より数歳年上のいわゆる安保世代は、教科書を墨で黒く塗りつぶした、戦後アメリカ民主主義の申し子です。知り合いのご夫婦は安保世代で、彼らが新築した家は、一階は居間と食堂、二階には寝室と書斎があります。寝室と書斎は夫婦がそれぞれ別々に全く対称な間取りに配置されていて、お互いの部屋を行き来するためには、必ず共有スペースの階段ホールを経由して、扉を二枚くぐる必要があります。別の友達はD.H.ローレンスの研究者ですが、ひとまわり年下の男性と結婚し、彼を一人前の研究者に育ててから離婚して、70歳の今も元気に飛び回っています。この世代の人々には、男と女は全く同じでなければならないという信念があるように思います。
 団塊世代には、旧来の日本的風習の揺り戻しがあるようです。先日50年ぶりに小学校の同窓会をしました。物故者は圧倒的に男性が多く、出席者は11人対23人と女性が圧倒的でした。私が大学を出た頃は、4年制大学を卒業した学士女性にいわゆる就職先はほとんど無い時代で、女性が就職するなら短大でないといけないと言われていました。小学生時代の記憶では、教室を支配していたのは頭のよい何人かの女の子で、男の子は、勉強でも口数でも管理能力でも、たぶん体力でもほとんど太刀打ちできず、いつも彼女たちの指示に従っていたように覚えています。その刷り込みは還暦を過ぎても消えず、同窓会会場はおばさんの熱気に包まれていました。半数は孫の話、半数は30歳を超えた息子や娘のはなし。比較的多数の女性が専業主婦風の生き方をしためずらしい世代かもしれません。
 私の息子や娘、研究室の男女の学生をみていると、女性は男性よりずっと広い視野で社会的可能性を意識しているように思います。たとえば、私の息子が、「小説家になりたい」とか「ミュージシャンで食いたい」とか言ったとすると、たぶん私の最初の反応は、「いったい何を考えているのか、そんなことではとても生きていけないよ」ということになります。逆に娘が、「ピアノで身を立てたい」といっても、「まあ、好きならやれるところまでやってみたら」と答えるでしょうし、「工学部に行って原子力発電所を造る」とか「弁護士になる」とか希望すれば、受験予備校の授業料を喜んで出すでしょう。実際は二人とも広い意味でのSEとして就職していますが、社会に出てからの生き方には、男性より女性の方が広い選択の自由があります。もちろん成功するか失敗するかは別問題です。
 つまり私は、このような暗黙の男女の役割分担概念のしがらみの中にいます。現在は女性の方がステレオタイプにとらわれにくくなっていて、他方男性が、しかも若い男性が旧来の「男らしさ」の概念に縛られて動きがとれないように見えます。よい大学を出て世間に知られた企業に勤めて、周りに認められるようにがんばらねばならないと教えられています。すべての息子は、実はマザコンです。「男らしさ」の要求は母親としての女性の息子に対する期待に由来しています。旧弊の鉄格子にとらわれた男を解放するための「男性学」が注目される所以です。かわいそうな若い男性にこそ、男女共同参画の扉を開いてやってください。
 少子化と高齢化は別々の課題です。子育ては夫婦の全く私的な問題で、政府がとやかく言う必要はないと私は思います。しかし、今後20年の人口構成高齢化にともなう就業人口の急減は日本社会の大問題で、少しでも就業人口の減少をマイルドにするために、男女とも就業して収入と消費を増やし、経済活動を支える必要があります。この点で、男女共同参画社会の実現は重要だと認識しています。安保世代も団塊世代も、女性はしたたかにワークとライフのバランスをとって生きてきました。男性も、世間の「男らしさ」圧力に押されながら、相方との間合いを横目で図りつつ、それなりにバランスをとっていたと思います。いつの間にかジェンダーの柵を抜け出て元気になった若い女性を見習って、若い男性にも自由を取り戻してもらいたいと考えているこの頃です。

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