遺伝子が生命の全体像を浮き彫りに
情報科学研究科 システム細胞学分野
     教授 小笠原  直毅
生命の謎を解く重要なモデル生物に位置付けられている細菌がある。 稲わらなど植物について有機物を分解する「枯草菌」で、日本人にはなじみが深い納豆菌の仲間だ。単細胞で生理機能の仕組みが他の生物に比べ簡単なうえ、培養しやすいことなどから、分子生物学の研究に使われてきたが、一九九七年に枯草菌の設計図といえる全ゲノム(遺伝情報)が解読されて、一層研究が進んだ。当時は微生物の全ゲノム解読は少なく、その快挙を成し遂げた日欧の国際共同研究プロジェクトチームのリーダーが小笠原教授だった。 「枯草菌のゲノムの基礎データが得られたので、それをもとに遺伝子の機能をチェックし、それぞれがどのようなネットワークを組んで生命活動を営んでいるか調べる研究に取り組んでいます」と小笠原教授は研究の目的を説明する。
枯草菌が持つ基本セット
遺伝子はDNA分子に含まれる四種類の物質(塩基)を文字のように使い、塩基の並び順で機能を表す。ゲノムはこれらの遺伝子などが列車のように長く連なっているので、その塩基の順番を解読し、どの配列が遺伝子かつきとめておけば、小笠原教授そのデータをもとに遺伝的な設計図の全体像が浮かび上がるのだ。 枯草菌のゲノムに含まれる遺伝子の数は約四千百で、進化の頂点にあるヒトの遺伝子(二~三万)よりぐんと少なかった。つまり、枯草菌のゲノムには、進化の過程で付け加わった遺伝子がもともと省かれていることになり、全ての生物に共通する生命維持のうえで不可欠な遺伝子の基本セットをつきとめるにはうってつけなのだ。 全ゲノム解読のあとは、個々の遺伝子の機能解析という膨大な作業が待っていた。 「四千百の遺伝子それぞれについて、その遺伝子を欠いた突然変異を作り、どのような変化が起こるか調べることで、機能をチェックしました。生命維持の基本的な遺伝子は三分の一ぐらいで最小限千ぐらいに絞れるのではないか。他の三分の一は未解明で新たな機能を持っている可能性があります」と小笠原教授は予測する。
増殖に関わる遺伝子は二百七十一
遺伝子の機能を探る作業も一通りではない。ひとつの機能にひとつの遺伝子が対応しているケースは少なく、たいてい複数の遺伝子が共同作業をして関わっている。それぞれの遺伝子の役割分担をつきとめなければならないのだ。ここで小笠原教授らは重要な発見をした。細胞の増殖という生命の基本的な機能に必要な遺伝子が二百七十一であることをつきとめた。細胞の一つの機能に関わる遺伝子のセットを解明したのは世界で初めて。そのうち、どのように関わっているか未解明なのが二十で、その役割分担の解析を進めている。 さらに、遺伝子が作り出すタンパク質についても、他の微生物でも共通に生産されながら機能がわからなかった六種類について増殖に関わっていることを明らかにした。生命のシステムの全貌が徐々に鮮明になっていく。 また、センサーのように環境の変化を感じ、タンパク質づくりのための遺伝子のコピー(転写)をはじめる転写制御ネットワークに関わる遺伝子群の機能解析も行っている。温度など環境により、微生物の生産能力を左右することも期待できる研究にも取り組んでいる。シンプルな機能からより複雑な機能へと研究のターゲットは着々と膨らんでいるのだ。小笠原教授は、文部科学省科学研究費特定領域研究「ゲノム生物学」の代表などを務め、盛んに共同研究を行っている。「ゲノムの研究は、有用な作物づくりなど幅広い応用に結びつきやすい。そのためにも基礎的な研究を深めることが大切です。生命の基本単位である細胞の機能をシステムとして明らかにすることは、生物の進化、多様性など自然に対する理解を進めることにも繋がります」と話している
  細菌ゲノムの研究

  細菌は、生物の最小単位である単細胞で、遺伝子の数が少ないながらも基本的な生物の機能を持っていることなどから、モデル生物として幅広く研究に使われてきた。  代表的な細菌は大腸菌、枯草菌で、一九八〇年代からゲノムの解析がはじまり。九〇年代半ばから、相次いで全ゲノム解読が果たされた。これまでに解読された数は百五十種類にのぼる。  ゲノムの解読によって、特定の遺伝子を壊して機能を調べたり、遺伝子が作りだすタンパク質から生理的な機能をつきとめたりできる。多細胞生物と比較して進化の足跡を探るなど、さまざまな研究が展開されている。  応用面では、遺伝子組み換えで有用な物質を生産させる方法の開発や、病原性がある微生物の予防の研究や感染ルートのチェックなどに役立っている。
■システム細胞学分野

私たちは、枯草菌Bacillus subtilisについて、遺伝子の機能的ネットワークを明らかにして、枯草菌の細胞機能をシステム として理解することを目指す研究を進めています。そのため、DNAアレーを用いた全遺伝子の発現動態の解析、質量分析計を用いた微量蛋白質の解析、蛍光顕微鏡を用いた蛋白質の細胞内での局在の解析など、新しい研究方法の導入を進めています。

教授 小笠原直毅
助教授 守家成紀
助手 小林和夫
助手 石川周
助手 大島拓
  >>システム細胞学分野
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