せんたん Jan.2013 Vol.21

せんたん Jan.2013 Vol.21 page 5/28

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ベル賞受賞山中伸弥Shinya Yamanaka栄誉教授学問研究を育んだ奈良先端大の体制ノーベル生理学・医学賞を受賞した本学栄誉教授の山中伸弥京都大学iPS細胞研究所長は、出発点となる研究を本学でスタートし、成功への軌....

ベル賞受賞山中伸弥Shinya Yamanaka栄誉教授学問研究を育んだ奈良先端大の体制ノーベル生理学・医学賞を受賞した本学栄誉教授の山中伸弥京都大学iPS細胞研究所長は、出発点となる研究を本学でスタートし、成功への軌道に乗せた。その内容は体細胞を遺伝子の導入により初期化したiPS細胞(人工多能性幹細胞)をつくり、それをどんな臓器にもなる万能細胞として再生医療に使うというもの。このような大胆なアイデアを掲げて研究に取り組めた原動力は、山中氏の並外れた独創性と臨機応変な研究力、若手研究者と一丸になっての指導力であり、そして当時創立10年に満たない若々しい大学院大学の環境と、それを維持する柔軟な体制であった。若手でも独立した研究室がもてる山中氏は、神戸大学医学部卒業。大阪市立大学大学院に入り、博士号を取得したあと、米国グラッドストーン研究所に公募の博士研究員として留学した。帰国して大阪市立大に助手として戻ったが、基礎研究ができる環境を得たいとの思いは捨てきれず、偶然に知った本学の教員公募に「採用の可能性は薄いが、研究職を諦めるきっかけにしよう」と応じたところ採用された、という。その時の様子は教員の採用を担当したバイオサイエンス研究科の河野憲二教授(動物細胞工学)によると、20人以上の応募があり、選考委員会では、発表論文などによる書類審査のあと、応募者が行うセミナーと面接で審査した。臨床系の研究者だったので審査委員のだれも直接の面識がなかったものの「人柄の良さと学生の教育に対するパッション(熱意)が人一倍あった。セミナーでもプレゼンテーションが非常に上手で学生でもわかりやすい内容だった」と振り返る。学内共同利用施設をもつ遺伝子教育研究センター所属の教員なので、実験用マウスの飼育など動物舎の管理運営という手のかかる仕事もあったが、それにも積極的に携わる姿勢を見せた。こうして1999年に助教授として着任し、その後ベテラン研究者も驚くほどのスピードで研究成果を上げ、2004年には教授に昇任した。その背景には、研究者にとって、当時の大学では考えられない体制が本学にはあった。助教授(准教授)のポストで独立した研究室を持てるのだ。しかも助手(助教)を採用できるうえ、学生が所属し、実験動物を飼育する技官らの育成にもタッチできる。「そのような環境を最大限に利用したから、ノーベル賞に値する研究ができた。教授の研究テーマを引き継ぐこともなく、全く新しいテーマで目標を設定し、一丸となってゴールに向かっていけるのですから」と河野教授は断言する。研究室間の垣根が低いもう一つの本学の大きな特徴は、歴史が浅く小規模で、融合研究を積極的に進めやすかった、という状況がある。たとえば、バイオサイエンス研究科の中で「動物」「植物」「微生物」と対象の分野が異なってもほとんど研究室の壁がない。大規模な総合大学ではあまりみられない環境で、実験に必要な材料の提供、新たな研究方法の紹介と情報交換はひんぱんに行われている。なにしろ、分子生物学、細胞生物学を基盤に研究している人が多く、共通の言語があるのだから。遺伝子教育研究センターには、河野教授、森浩禎教授(システム生物学)ら4つの研究室があった。中でも年齢が近い森教授と山中氏はひんぱんに話し合った。森教授の研究対象は大腸菌の遺伝子データベースなどで、分野は違うが研究の夢などさまざまに語り合った。「当初、扱っていたES細胞(胚性幹細胞)と通常の細胞の遺伝子発現の違いや、整備されたばかりの公共のES細胞の遺伝子データベースなどさまざまな問いかけやプレゼンがありました。分野を問わず基礎科学の最新の知識を真摯に吸収し、アイデアを練ろうとされていたのでしょう」と森教授。「新しい生物学を始めるときは、これまでの『できるはずがない』という常識に縛られず自由な発想で研究することが大切です。山中さんは、自分の研究室を持つことで既成の壁を取り払い、恐れることなく挑戦できたことがよかったと思います」と話す。若手を育てる柔軟な組織中島欽一教授(分子神経分化制御)は米国ソーク研究所で研究していたころ、山中氏と出会い、その後、教授として赴任し、同じ幹細胞の研究だったこともあり、交流を深めた。「本学は若い研究者でも独立すべきテーマを持っているとすぐにサポートしてくれるところがよく、このような人事や体制はこれからも続けていった方がいい」と強調する。また、本学の教育・研究システムについては「各研究室に学生が必ず配属されることや、学生が自分の研究を説明し、オーガナイズする能力をつけるという教育も研究の活性化に役立つと思います」。さらに「何か新しいことをやろうと提案すると、研究科自体がまとまりやすいのですぐに実現する。院生だけの大学院なので、教育や研究の時間も十分に取れます」と評価する。本学に院生として入学し、山中氏の研究室に入りiPS細胞研究の主要メンバーとなった高橋和利・京大講師は「工学部出身でも山中研究室に入れていただいた。先生は厳しいけれど一から教えてくださり面倒見がよく、人生がエキサイティングになった。周囲にアミューズメントがなく孤立した環境も研究に集中できプラスになりました」と打ち明ける。河野教授は「本学の院生は全員異なる大学や学部から入ってくるので、知識や考え方がミックスされ、異分野の研究者とのコミュニケーションの取り方を学んでいくこともいい研究環境をつくっている要因ではないでしょうか」と語る。山中氏の業績は最初の偉大な一歩を踏み出し研究を軌道に乗せた本学の研究教育環境をもクローズアップし、若手研究者を大いに勇気づけている。SENTAN04