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概要

SENTAN SEP2019 vol.28

知の扉を開くこうした一連の成果の中で、柳教授、水野助教らは有機材料では初の重要な発見をした。10兆分の1秒という超短時間のレーザー照射で励起し、時間の経過に伴う変化を追うと、中程度のエネルギーでは発光まで通常より▲TPCO結晶を用いた最大約100億分の3秒遅れ有機レーザーる「遅延発光」が起きた。その遅れは「物質中の電子の波が互いに干渉して波の位相を揃え、あたかも一つの発光体のようにふるまう。その同期にかかる時間でした」と柳教授。「量子コヒーレンス(干渉)」という現象で、強い光を発する超放射だけでなく、量子コンピュータの制御技術とも関連する可能性がある。柳教授は「今後は光励起型の有機レーザーに加えて、未だ実現していない電流励起型も視野に入れ、研究を進めたい」と抱負を語る。量子コンピューターの基礎技術また、香月准教授は、超短時間の光の照射により結晶中の量子の波を制御して、操作する「量子コヒーレンスの制御」の研究に挑み、千兆分の1秒以下の時間精度で量子状態を制御して、読み出すことに成功している。この技術を量子コンピューターに使えば、波の「重ね合わせ」などを利用し、多数の情報を同時並列に処理できる可能性がある。さらに、有機材料を用いて室温で光と分子の励起状態が混合した「ポラリトン」という特殊な状態を利用できれば、「室温かつ実験室のテーブルの上」という扱いやすい条件で量子コヒーレンス制御の技術を応用する道が拓けることも考えられる。さらに香月准教授は、分子の振動運動と光が混合した「振動ポラリトン」という状態の▲量子コヒーレンスの制御研究も手掛けている。この状態を利用することで、従来の化学反応ではありえなかった反応経路の実現や、選択的な生成物の制御などが実現される可能性がある。香月准教授は「ポラリトンはとても興味深い現象なので、量子情報処理の基盤技術開発、また光を触媒として用いた新たな化学反応の開拓などを念頭にテーマを広げていきたい」と意欲を見せる。な展開をもたらすでしょう」と柳教授は期待する。学生に対しては「研究を通じてサイエンスは面白いと感じてもらうのが一番の喜び。実験など手を動かす研究が主ですが、そこで変な結果が出たときの方が興味深い」と打ち明ける。実は遅延発光の発見も「おかしなところに発光のピークが出る。間違いでは」と水野助教らと再検討したのが発端だった。香月准教授は「研究では、実験装置の設計から、結果を解析するまですべての手順に関わります。学生も、その経験が人生の糧になるし、自信にもつながります」と言う。その点、「本学は小回りがきき、研究のサポートも手厚いところが非常にいい」と評価する。登山や庭での野菜づくりが好きで「現実と離れた世界に浸ると、考えがまとまることもありますよ」と話す。一方、水野助教は「TPCO結晶からのレーザー発振は、比較的低い励起エネルギーで遅延発光するなど特異な現象を示すため、情報を一時的に記録するデバイスといった付加価値の高い応用が期待できます」と自信を見せる。「常に探究心を持って取り組む」「継続は力なり」を信条に励む。ときには温泉巡りに出かけることが研究のアイデア練るのにちょうどいいという。電流で励起する次世代を担う博士後期課程の学生も独自のテーマを持って研究を深めてきた。椋橋奈穂さん(同1年生)は、有機薄膜太陽電池の材料である「有機金属ハライドペロブスカイト」を使って電流励起型有機レーザーの実現をめざしている。「光励起でのレーザー発振はできました。ペロブスカイトを用いれば、柔らかい有機材料と効率の良い無機材料の性質を兼ね備えたレーザーを作ることができ、医療用など幅広く応用できると思います」と意気込む。趣味の一つが壁を上るボルダリングで、「どのコースをたどるか、考える時間が楽しい」と話す。矢野敬祐さん(同3年生)は、「ルブレン」という有機半導体材料を使い、結晶内で生じている分子内振動と分子間振動それぞれについて、レーザー照射により、波の干渉を起こし制御する研究だ。「分子内の振動については、特定の振動を大きくするなど制御には成功しており、分子間については、実験の準備をしています」と話す。この振動は太陽電池などデバイスの性能にも関連するとされており、レーザー照射の仕方によって、より電気が流れやすい状態を作るなどの方法を考えているという。研究については「失敗しても多角的に視点を変えて再挑戦する」がモットー。中学高校と卓球の選手だったが、最近、はまっているのは、ボルダリングと洋楽鑑賞で「何かに熱中することが生きがいです」と話す。変なピークから発見「脳は、刺激を受けて、神経細胞同士が量子的な干渉により、同時並列に素早く情報処理しています。光を100%利用する植物の光合成でも、エネルギーを吸収した葉緑素の分子は、量子の波によって、集合体である葉緑素の分子全体に伝えます。このような室温で量子を活用できる有機化合物は、研究に新た▲椋橋奈穂さん▲矢野敬祐さん?物質創成科学領域量子物性科学研究室https://mswebs.naist.jp/LABs/optics/index-j.htmlS E NTAN08