ブックタイトルSENTAN せんたん MAY 2021 vol.30

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概要

SENTAN せんたん MAY 2021 vol.30

知の扉を開く乳房専用PETこれまでに北村客員教授は、がん診断に使われる「陽電子放出断層画像法(PET)」という装置の検出器の開発で大きな成果を挙げている。乳がん患者の乳房内に微小ながん病巣が散らばる様子を立体的にとらえられるほど感度や解像度を向上させたのだ。PETの仕組みは、体内に投与した放射性分子が放つ陽電子(正の電気)が、電子(負の電気)と衝突して生じるガンマ線〈γ線〉の検出を手掛かりにがん病巣を突き止める。北村客員教授のグループはγ線が検出器に対し斜めに入ると画像が不鮮明になることから、γ線を可視光に換えるシンチレータ素子を米粒大より小さくして組み合わせ、4層に積み上げた検出器をつくり、γ線の軌跡を立体的にとらえることで解像度の飛躍的な向上に成功。この検出器を乳房の形に合わせてリング状に配置した装置が、初の乳房専用PETとして製品化された。「陽電子により発生するγ線は逆方向に一対あり、両者が到達する時間差をピコ(1兆分の1)秒単位で測定してノイズを減らすことができれば、さらに感度を向上させられます。その検出器の信号をAIに学習させて処理するなど本学の情報科学領域と融合した研究も行いたい」と北村客員教授。「肉眼で見えないものを可視化する技術」に興味を持ち株式会社島津製作所に入社し、現在、研究所の先端分析ユニット長。若い学生に対しては「無理と思えるテーマに挑戦して壁を越え、成長してほしい」と励ます。登山家の一面もあり、学生時代から日本アルプスの山々を踏破した。ワンチップの分析システム一方、μTAS技術の研究は、叶井客員教授らが担当している。この装置の仕組みは、幅数センチのガラスやシリコン(Si)の基板上に、試料が移動する数ミクロン幅の流路を刻み、反応のスポット、センサーなど分析や製造の工程に必要な機能を配置する形でまとめる。研究室では、細胞の機能を解析するためのチップ(マイクロウェルデバイス)を開発した。シリコン基板上に細胞の流路と、100個まで入る直径約1ミリの培養室を設け、その上部の基板に試薬を導入するマイクロバルブと注入口を作り、これらの基板を重ねることで立体化。マイクロバルブから微量の刺激物質を注入し、その量による生体反応を瞬時に観測できる。カセットテープ型反応器また、ユニークな発想は、生化学反応を観察する「リール型バイオリアクタ」。カセット録音機の磁気テープのように巻き取る方式で、細長いシートの上に反応容器や流路をつくり、細胞など試料を入れておけば、重なったシートの裏面がフタの役割をして試料を保存できる。培養液や試薬は流路を伝って供給できる。大量の細胞を一斉に使って実験する時などに場所を取らず、活用できそうだ。叶井客員教授は「医療関係の生化学反応の分析や遺伝子解析を手のひらサイズのデバイスで容易にできるようにするのがテーマです。最近では、新型コロナウイルスのようなウイルスの感染予防、再生医療のための臓器の細胞の培養、がん細胞に対する薬の効果など視野を広げてデバイスの研究を行っています」と話す。叶井客員教授は、学生時代は応用物理学専攻だったが、「理論を世の中に役立てる実学の方が性に合っている」と分析装置の研究に入った。現在、研究所のバイオインダストリーユニット長。「教科書に載っていない事象をポイントに、理論モデルをつくり、自分の頭で考える」が持論。奈良マラソンに毎回出場するなど体力づくりも怠らない。レーザー検出装置を大幅縮小4月に赴任した古宮客員准教授(同研究所レーザー応用グループ長)は、レーザーを使う超高感度の分析装置を開発してきた。同じ原子番号の炭素(C)でも原子内の中性子数が異なる同位体は、分析の目印になり、この同位体にレーザーを照射し、吸収の状態を測定(吸収分光)して判定する。自然の状態では1兆分の1程度しか含まれていない同位体の検出は、タンデム加速器と質量分析計を組み合わせた大型の加速器質量分析装置でしかできなかったが、古宮客員准教授は、高反射率の鏡を組み合わせた共振器を作り、その中に置いた試料に光を数万回吸収させる最新の分光技術を採用したデスクトップサイズの分光装置の開発を行っている。また、300億年に1秒も狂わない「光格子時計」のプロジェクト(香取秀俊・東京大学教授)にも参加。多数の原子の振動を個別に同時測定するため、超精密制御レーザーを利用する装置の小型化に挑んでいる。古宮客員准教授は、本学博士後期課程の出身で、人工視覚の研究をしていた。「本学の連携講座では、センサを利用して微弱光を測定するなど新たにセンシングの基礎を重視した研究を行いたい」と意欲を見せる。「日々是前進」を信条にする一方で「人間万事塞翁が馬」(将来は予測できない)と柔軟だ。木工が趣味で、研究室の棚も日曜大工で作り、使っている。企業マインドに触れる学生にとって連携研究室は、企業での研究を直に体験できる場でもある。博士前期課程2年の瀬戸口直人さんは、遺伝子検査のために、血液からDNAを抽出するまでの工程をまとめたデバイスの作製がテーマ。磁気ビーズに多数のDNAを付着させる方法で、従来の3分の1の10分間で抽出できた。「企業との連携講座なので、実際の製品開発にも携われ、自分が研究すべき方向がわかります。将来的に商品化される可能性は、強いモチベーションになっています」と話す。博士前期課程2年の高橋美沙さんのテーマは、タルボ・ロー干渉計で得られた実在しない画像(偽造)を除去するために、AIの深層学習の手法を改良する研究だ。「ソフト関係の研究は初めてでしたが、偽像の除去や処理時間の短縮などを達成できました。本学キャンパスから離れて、この研究室に所属する学生同士の交流でしたが、企業の方々に助けられ、非常に落ち着いた環境で研究に打ち込めました」と振り返った。▲瀬戸口直人さん▲高橋美沙さん?物質創成科学領域感覚機能素子科学研究室https://mswebs.naist.jp/courses/list/labo_22.htmlS E NTAN08