~広報誌「せんたん」から~

[2020年5月号]

生命力を支える幹細胞

 植物は進化の過程で、紫外線や高温などさまざまな環境のストレスに適応して生き残り、種が繁栄するために、したたかな戦略を身に付けてきた。その中で、植物の一つ一つの細胞がもつ巧妙な機能の仕組みをDNAレベルで詳細に明らかにし、食糧の増産など応用に結びつける研究に挑んでいるのが、植物成長制御研究室だ。

 「植物の寿命の延長や植物体のサイズの増加といったテーマに取り組んでいます」と梅田教授。寿命については、さまざまな器官に変身(分化)して生命力を支える大本の「幹細胞(多能性幹細胞)」の維持機構を明らかにするとともに、強力なストレス耐性を発揮する仕組みを探る。サイズの大型化では、個々の細胞が体積を増やす「DNAの倍加」の研究を進めている。

細胞間で情報交換

 樹木は生涯にわたり成長し続け、千年を超える樹齢を経て巨木になる。梅田教授は「その限りないパワーの源は、幹細胞が永続的に増殖、再生を繰り返すことにある」とみる。そこで梅田教授を領域代表に文部科学省の新学術領域研究「植物の生命力を支える多能性幹細胞の基礎原理」が立ち上がり、全国の大学・研究機関と連携して多角的な研究を行っている。

 その中で梅田研究室の最近の成果を紹介しよう。シロイヌナズナの根の先端部では、「静止中心」という細胞に隣接して幹細胞が取り囲んでいる。その幹細胞が分裂する周期はCDKという酵素によって制御されており、CDKの活性を阻害する因子が働けば分化してしまう。そこで、1回しか分裂しないコルメラ幹細胞について調べたところ、静止中心からWOX5という因子が隣りの幹細胞にだけ移動し、CDK阻害因子の働きを止めて、幹細胞の機能を維持していることがわかった。

 梅田教授は「WOX5によって、幹細胞であり続けるかどうかの運命が決まります。植物の細胞は堅い細胞壁に包まれて組織の中で移動できません。このため、細胞間の情報交換で幹細胞を適切な場所に維持し続けるのでしょう」と説明する。

▲図1 根端におけるCDK阻害因子の蓄積の様子 
細胞間の情報交換により、CDK阻害因子(緑色)はコルメラ幹細胞で築盛しないようになっている。
赤矢尻は静止中心。

スーパーストレス耐性植物 

 また、植物はDNA損傷などのストレス対処に専念するために、積極的に細胞分裂を停止し、成長を制御してエネルギー消費を節約する。梅田教授らは、この時にストレスを感知して分裂が止まるまでの情報伝達経路を解明した。つまり、遺伝子の活性に関わる2種類の転写因子(ANAC044など)が誘導され、それが別の転写因子(MYB3R3など)を安定化することにより、分裂の進行に関わる遺伝子が抑制されるという仕組みだ。

 これらの因子は様々な環境ストレスに応答することから、逆の発想で「これらの因子を作らせないように遺伝子を抑制すれば、どんな環境ストレスがかかっても成長し続けるスーパーストレス耐性植物が誕生するでしょう」と梅田教授は予測する。実際、土壌中のストレスに対して強い耐性があるイネの品種の中には、これらの因子の遺伝子が選抜育種の過程で失われたものがあるという。

クロマチンが緩む 

 一方、植物体を大型化する研究をめぐっても新たな発見があった。細胞周期をたどると、1個の細胞内のDNAが複製されて倍量になった後、細胞分裂して元の量のDNAを持った細胞が2個できる。だから、分裂の段階を阻害してスキップすれば、細胞内のDNAが倍加され、この方法を繰り返してDNA量を増やしていくと、大きな作物ができる。しかし、ポプラなどの樹木のように倍加しない植物もあり、梅田教授は、DNAがヒストンというタンパク質に巻き付いてできるクロマチンというひも状の複合体が緩むと、DNAの倍加が起こりやすくなることを突き止めた。さらに、DNA倍加に効果がある化合物についても調べている。

 「研究の出発点は植物の細胞周期で、このテーマは地味で人気がない時期もありましたが、今になって注目され、研究者が増えています。ブームのテーマばかり追うのではなく、自分自身がわくわく感激するほど興味があるテーマを選ぶ。そこから発見やブレークスルーが生まれます」と強調する。東京大学助教授から本学教授に赴任して14年。「散歩が好きで、奈良は坂道が多く運動になります。仕事で関東方面に出かけても人混みで疲れて、早く帰りたいと思うようになりました」と話す。

▲図2 DNA倍加によるポプラの巨大化
ポプラの茎横断面の顕微鏡画像。DNA倍加を起こしたポプラ(右)は元のポプラ(左)より茎が太くなる

生と死が隣り合わせ

 高橋助教は、植物がストレス環境の下で持続的に成長できるように、根の分裂組織を維持する機構について調べている。植物の場合、DNA損傷により異常になった細胞が自らを排除する「細胞死」に至るのは幹細胞のみの現象で、その死の誘導を植物ホルモンのオーキシンが抑制する。

 さらに、幹細胞が死ぬと、ストレスに強い静止中心の細胞が分裂をはじめ、幹細胞を新生するが、その時には別の植物ホルモン(ブラシノステロイド)が関わっていることも突き止めた。幹細胞の生と死が隣り合わせの細胞で起きていたことになる。

 「細胞分裂やDNAの倍加をはじめ、細胞周期が正常に進行しているかチェックする細胞内の監視機構など海外留学の時期を含めて長くこの分野で研究してきました。今後はストレス耐性など応用に近いテーマも手掛けたい」と抱負を語る。

植物ホルモンの新機能

 安喜助教は、陸上植物の祖先である苔(タイ)類のゼニゴケにも、細胞分裂を促進する植物ホルモンのサイトカイニンが関わる情報伝達経路がすでにできており、細胞の増殖のほか、無性生殖に必要な「杯状体」などさまざまな器官への分化を調節していることを突き止めた。

 また、シロイヌナズナを使い、ゲノムの安定性に関わるクロマチンの構造変化について、植物ホルモンのオーキシンの影響を調べている。
「田園地帯で育ったので、多様な植物の変化の有様を身近に見て、植物の研究者になろうと思っていました。基礎研究に興味があり、植物はどうしてこんな生き方ができるのかなど教科書に載るような発見をしたい」と意気込む。

基礎から学べた

 真鍋はるかさん(博士前期課程2年)は、クロマチンを凝縮させる働きがあるヒストンメチル化酵素(ATXR5など)を制御する機構を調べている。「細胞周期が進む中で、この酵素が特定の段階で分解されていることがわかりました。本学では充実した研究や実験ができ、初めての分野でも基礎から学べてよかった」と振り返る。

 森夏実さん(同)は、DNA損傷に応答した細胞分裂停止機構の解明がテーマ。「この研究室で発見された転写因子(ANAC044など)のほか、未知のさまざまな因子が関わっているようで、それらを明らかにしたい。学部で行っていたマウスの実験に比べ、植物は結構大変なので、効率よく研究する方法が身に付きました」と話している。

 ※学生の学年は2020年2月取材当時のものです。