技術職員への道のり
小さい頃は天文学に関心がありました。普通科の高校に入学し、2年進級時に理系に進みました。将来は宇宙に少しでも携われる仕事をしたいと考えていましたが、宇宙工学を専攻したとしてその後のキャリアを思い描けなかったことや、当時化学が面白いと思っていたこともあって、大学は理工学部化学科に進学しました。化学の知識はどの分野でも役に立つし、就職するときにきっと困らないだろうとも考えていました。私の母はずっと働いていた人なのですが、私には「女は手に職をつけなさい」「男の人に頼らないようにしなさい」とよく言っていて、私自身、結婚はしたいと思っていましたが、誰かに食べさせてもらうのではなく自分で食べていけるようになりたいと思っていました。周囲からは、看護師になれ、薬剤師がよいなどと言われましたが、あまりに言われすぎてあえて違う道を選びました。自分で選んだ化学の勉強はとても楽しかったです。
就職活動ではテストで第一段階を突破できる公務員が有利かなと考え、大学で開講されていた公務員講座を受け、化学の技術職公務員を目指しました。ただ行政職の募集はたくさんあるけれど技術職は少ない。私は奈良出身なので、奈良県の募集を見ていましたが化学の募集は全然なくて、京都府地方公務員試験と国家公務員二種試験を受験しました。一次試験は受かったものの、就職氷河期のうえに採用枠は非常にわずかで、最終合格まで難航しました。神戸税関、大阪税関なども受験しましたが、最終的に近畿地区の国立大学に技術職員として就職しました。ところが研究室の会計管理などの庶務が主な仕事内容で、希望していた技術的な仕事がほとんどできなかったため、2年目には人事院に異動の希望を出しました。技術職員の異動はなかなかないのですが、本学の物質技術職員室で公募があり、2000年5月に着任しました。

科学技術分野の文部科学大臣表彰 研究支援賞受賞の経緯
他大学の技術職員と質量分析についての勉強や交流をする研究会があるのですが、そこで文部科学大臣表彰 研究支援賞を知りました。過去にどんな人が受賞しているのかを調べたら、私の知っている他大学の技術職員が受賞していました。もし賞が取れたら技術職員への評価が可視化されるし、それによって予算がマテリアル研究プラットフォームセンター(CMP)に回ってきて新しい質量分析装置を買ってもらえるかもしれないと考え、挑戦しようと思いました。最初に出そうと思った年は応募書類の準備が間に合わなかったのですが、CMPセンター長の浦岡先生とARIM事業実施責任者の河合先生、技術室物質区長の小池さんに「こんな賞があるから取りたい」という話はしました。準備すべきことがおおよそつかめたので、そのあと1年をかけて、共著論文、謝辞に私の名前が入っている論文や、今まで発表した研究会、学会の口頭発表などの実績も整理して、年度が変わる頃には出すぞと決めました。浦岡先生と河合先生、小池さんに改めて出したいと言うと、申請書の丁寧な添削をしていただき、学長と面会する段取りもしてくださり、大学の推薦をいただいて提出することができました。一年目で取れるとは思っていませんでしたが、2月には受賞の連絡を受けて大変うれしく思いました。

日々の業務と、仕事と生活のバランス
一日の流れはとくに定まっていませんが、メイン業務は学内外からの依頼分析です。依頼分析は、指示通りの測定で終わらせる時もありますし、うまくいかなかった場合は他の方法を検討することもあります。教員から依頼をするように言われてきた学生さんの中にはどうして依頼をしているのか理解が怪しそうな方も居られます。そのため、測定の意図を確認するためにも「あなたのチームはこれまでこういう装置でこういう測定をしてきているけれどあなたもそれで大丈夫ですか」とか、「以前はこういう方法だったけれど今回この方法を選んだのはどうしてですか」など打合せを行うことが多いです。こういった事前打ち合わせは重要だと考えています。
教員からは、論文投稿の際に必要な精密質量測定や、検出が困難なサンプルがあるときに依頼を受けることが多いと思います。検出が困難なサンプルであれば、先のような事前打ち合わせで物質の物性などを確認し、それに合わせたイオン化法、導入法、調整法を試します。 その他、学生向けの共通機器講習や、月一回のCMPセンター会議での報告資料作成、質量分析技術者研究会・機器・分析技術研究会などの研究会や質量分析学会の発表準備などをしています。
平日のお昼休みは、12時から40分くらいかけて物質領域の女性教員と大学の周りを歩いています。夕方に残業はせず、自宅に帰ったら子どもの世話をして、22時半には就寝します。本学に着任して5年目に一人目を出産し、この子は今大学生で一人暮らしをしています。下の子はまだ中学生なので、食事の準備や習い事の送り迎えなどを夕方にしています。ラグビーをしているので、土日は試合について行ったり、趣味の写真を撮ったりしています。
本学は両立がとてもしやすくて素晴らしいと思います。子どもたちが小さい頃は、早出勤務、看護休暇、昼休みを15分削って早めに帰る制度など、すべての制度を最大限に使いました。技術職は個人で引き受ける仕事ですから、発表資料作成、依頼分析、講習などは、基本的には自分で予定を立てていきます。技術職員はみなそれぞれ自分の仕事をしているので、私が休むことに対して嫌な顔は全くされなくて、それはやりやすいですね。ただ、一人目の出産当時は代替職員の仕組みはなく常勤職員がカバーするかたちでした。育休の1年間は同僚の片尾さんが自分の担当装置に加えて、私の担当装置である質量分析装置を担当してくれましたが、おそらく大変であったと思います。二人目の時は、当時技術職員室を取りまとめしてくださっていた河合先生が「女性は出産で休む可能性があるから補佐員をつけるべき」とおっしゃって、私の二人目出産の数年前から技術補佐員が配置され、準備しておいていただいたおかげで、二度目の育児休暇期間中は、全ての依頼分析を代替職員の技術補佐員さんに任せることができました。

本学の研究環境と課題
このインタビューシリーズもこれまで研究者のみが対象でしたよね。そこに表れていると思うのですが、大学は教員と事務官だけで運営されていると思っている方が多いのではないかと思います。もっと技術職員の意見を聞いてくれたらいいのに。学長オフィスアワーにも二度ほど行ってその話をしました。年度初めの所信表明の「今年の本学はこういうビジョンで、センターの長、事務、理事はこんな方々です」という紹介にどうして技術職員は一人もいないのかと思っています。最近は、技術職員へも意見を聞かれる機会が増えてきたとは思いますが、もっと機会が増えればよいなと思います。本学を一緒によくしていきたいと私は思っているし、技術室の人たちも絶対思っているから、蚊帳の外に置かないで、もっと私たちの力を使ってくれてもいいのにと思います。
また、教員、事務官、URAともっと意見交換できたらいいのにと思います。産官学連携と技術室の仕事は重なる部分も多いはずですし、他大学では技術職員が事務局にURAとして出向しているパターンもあるようです。事務局の動きを分かった若手が技術室に戻ってきたら、きっと活性化する。なぜなら大学をさらに理解できるようになるから。それは技術職員の仕事をしているだけではなかなかわからないと思います
私自身が女性であることで困っていることは全くないです。技術室は男性が多いですが、パワハラやセクハラ的なふるまいをする人は一人もいなくて、彼らは本当に素晴らしいと思います。また、物質領域の大部分の教員が私たち技術職員に敬意を持って対応してくださいます。それは元理事であり、初期の物質技術職員採用に尽力いただいた垣内先生のおかげで、物質技術職員室が独立した部署であるからだと思います。
ハード面で言えば、ATMがないことが不便ですね。昔は隣の先端大支援財団に銀行も郵便局もあったのに、どちらもなくなったでしょう。だからお金を下ろすのが大変です。国立大学に郵便局もないなんてどういうことなの?と思っています。
