NAISTに入るまでと株式会社GRowの起業
山口県の下関市出身で、水産業が身近だったので、水産系を学べる大学に進学しようと考えていましたが、結果として立命館大学生命科学部に進学しました。当時一番人気のある研究室が土壌微生物を専門としており、その研究室に入るために、学内に畑を作るなどの活動をしているうちに興味が水産学から土壌に移りました。
研究室には学部4年生にならないと入れないのですが、何かを始めたい、研究室の外でも何かできると考え、自主学習団体をつくり土壌微生物の研究室の教授に顧問になってもらいました。1年生の秋にキャンパス内に土地を借り、2年生のときに開墾しました。20人程度のこの団体の代表を務めました。
研究室に所属してからは、土壌微生物の総体量が多ければ多いほど、農作物にとって良い環境であるという前提から、土壌の質が農作物に与える影響を可視化する研究に取り組みました。しかし、研究を進めていくうちに土壌微生物の総体量だけが農作物へ影響を与えているわけではないと実感し、もっと微生物と植物との応答を見ていきたいと考え、修士課程ではイネの共生菌の研究をしている植物免疫学研究室(以下、西條研)に進学しました。

いっぽうで学部生の頃から起業に関心がありました。立命館大学には本学の文部科学省補助金事業GEIOTと同じ事業のEDGE+Rがあり、立命館大学でEDGE+Rを受講していたことから、学部時代からGEIOTを知っていました。むしろGEIOT を通して本学を知ったと思います。本学に進学後はGEIOTに参加し、2年生のときに株式会社GRowを設立しました。GRowは後継者不足や耕作放棄地の増加、土壌劣化といった課題に取り組んでおり、貸農園の運営や農業体験イベントの企画等をしています。現在は奈良県吉野郡に2か所の拠点があります。
修士課程終了後は、元NTTコミュニケーションズ株式会社に新卒入社し、2年10ヶ月間、東京で働きました。観光アプリの活用に携わりながら、社内ベンチャー制度を使って農業系の事業を起こそうと1年目から頑張りましたが、なかなかうまくいきませんでした。そんな中、GRowの活動をしているときに、大学や大学院で土壌微生物や共生菌の研究をしていたというと、農家さんからもっと詳しく教えてとよく尋ねられました。今の私の知識量では農家さんに正しくお伝えすることが難しいと考えたため、大学院に戻ろうと考え、現在に至ります。

現在の研究内容と研究生活
博士後期課程進学後は、イネの共生菌資材の開発をテーマに研究をしています。西條研が共生菌の調査を行っている水田は、70年以上肥料も農薬も使わずに(以下、無施肥圃場)、肥料と農薬を使う圃場(以下、有施肥圃場)の約6-7割の収量を保持しています。修士課程在学時は無施肥圃場では有施肥圃場と異なる共生菌が活躍していると予想して、どう違うのかを解析し、共生を成立させるのにイネの中でどんな経路が使われているかなどを調べました。その後、私が社会人をしていた期間中に、西條研では、作物の成長を促進する菌を多数、収集していました。現在は、それらの菌を他の地域の農家も使えるように、特性の異なる菌を混ぜ合わせた菌資材を作っています。GRowで関わりのある農家さんの圃場にこの共生菌を植え付けた苗を栽培させてもらっていて、応用研究の実践の場として活用させてもらってもいます。
この応用研究の目指すところは三つで、一つは、新しい資材によって農家の収量が上がれば収入も上がるということ、二つに、温暖化で環境が変わってきていて産地が北上しているため、育てるもの自体も強くなければならない、しかも組換え体ではなくて自然にある力を使って強くしようということがあります。三つに、新規に就農する人が勘に頼った農業を行っていると収量が安定するまで何年もかかるところをこの資材を使うことで安定化までの期間を短縮したいということがあります。
私はずっと農業に関わって生きていこうと思っています。農業と関わるといったときに、農家になるというのもひとつですが、私は実家が農家であるわけではなく、土地も持っていません。農家の子どものほうが就農しやすいし、地域によっては農家の子ではないなら3年間修行しないと就農させないと決めていたりもします。だから私が農家になるよりも農家になれる環境にある人がなったほうが早い。では私は何ができるかというと、学部生の時から研究はできて、かつ、農家には理系の人材があまりいない。私のできることとして、研究を通して農業に還元したいと考えています。
私は幼い頃から、地球温暖化あるいは環境破壊が深刻化している原因は、人間が地球を痛めつけているからだと考えていました。私も人間なので、私と自然は共存できないのかもしれないと思っていたのですが、学部生のときに畑を作って、そこで有機農業を行ったことで、環境のことも配慮しながら、自分たちの食べる食べ物ができた。その時に、農業は自然と共存するための手段だったのかと思いました。それが19歳のときでした。畑を作って、トマトやとうもろこしなどの夏野菜を収穫できたときに「ちゃんと育つやん」と思った。そのときの「えっ、トマトできた」という感動が、今のところ、人生で一番感動しているので、これからも農業に関わりながら生きていこうと思っています。

基本的に月曜から金曜は寮から研究室に通って実験をし、夜は資料作成、土日は会社の活動かGEIOTのリサーチアシスタントをしています。会社では交流イベントなどを拠点ですることが多いのですが、人と交流するのが楽しいこともあり、遊びと仕事が混ざっている感覚があります。
今後は、今の会社を続けながらずっと奈良にいたいと考えています。現在取り組んでいる資材を農業現場に実装化し、3年後にはビジネスにしたいです。 一人旅などで47都道府県を巡り終わっていて、これまでに引っ越しも6回くらいしたのですが、奈良はアーティスト、ゲストハウスのオーナー、拠点を二つもっているなどいろんな生き方をしている人が一番多い場所だと感じています。彼らに出会うまでは、大学を卒業したら会社員になってずっと働くと思っていました。でもそういう生き方を選ばない人もたくさんいると知りました。奈良の人から奈良の悪口をあまり聞かないし、奈良を一度出た人も戻ってきたり、みんな奈良を大好きなのだと感じます。故郷を好きで、いろんな生き方をしていて、私もそうありたいので、奈良は居やすい場所だと思っています。
研究環境の課題
本学は強みが多いと感じていますが、難点を言うとすればアクセスでしょうか。車を持っていればなんとかなりますが、買い物は不便で最寄駅からも遠いです。修士課程在学時は、車を持っている友達に買い物に行く特についでに乗せてもらっていました。博士後期課程に戻ってくるときに「NAISTに行くなら車が必要」とわかっていたので車を購入しました。
一番の強みは、格安の寮があることではないでしょうか。不便さはあるかもしれませんが、相場的には完璧です。私は博士学生のためのフェローシップNAIST Graniteに採択されているので、生活費も学費もほとんどかかっていません。
また、教職員の数が多くケアが手厚いと思います。学部生も含めて、学生が多く在籍している場合は指導が大変になるのではと感じますが、大学院大学ゆえそれもなく、研究に集中できる感覚があります。実際に、学部時代は学生数が多いため、自分から進んで行動を起こす人は逆に放っておかれる傾向がありました。私はふと気づくと、誤った路線にいってしまっていたこともあったので、ちゃんと指導をしてほしい、方針決めを一緒にやってほしいと思っていました。その点、ここはいつでも質問のできる環境があります。私は修士課程入学当初から起業に関心があったわけですが、西條先生は当時からそれに合わせて接してくださり、相談がしやすく、信頼関係を築けると感じています。本学は学生一人ひとりを見る余裕があるところだと思います。
