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2024.5.8 髙木 博史特任教授と西村 明特任准教授は、京都府精華町のテンフィールズファクトリー株式会社(代表:市川 裕)との共同研究により、ビール醸造に適した酵母の単離に成功しました。また、この新しい酵母を用いたクラフトビールの商品化も実現しました。



 研究推進機構 発酵科学研究室の髙木 博史特任教授と西村 明特任准教授は、京都府精華町のテンフィールズファクトリー株式会社(代表:市川 裕、以下「TFF社」)との共同研究により、ビール醸造に適した酵母の単離に成功しました。また、この新しい酵母を用いて健康イメージをアピールできるクラフトビールの商品化が実現しました(2024年5月上旬に販売開始予定)。(http://www.naist.jp/pressrelease/240508.pdf)。


【研究背景】
 日本国内には700ヶ所を超えるビールの醸造所があり、多種多様なクラフトビールが販売されてます。その中で、味や風味の点で差別化できるビールの開発が注目されています。ビールの主要な味・風味成分や有用物質は醸造過程において、酵母※1のアミノ酸代謝によって生成されるものが多いため、ビールの品質向上や酒質の差別化には、アミノ酸の組成や生成量に特徴を有する酵母の開発が極めて重要です。今回は、独自の地域から単離した野生酵母を活用したビールのブランド化を目指しました。
 共同研究先のTFF社は多数の事業を展開しており、それらを組み合わせた「マイクロブリュワリー併設型レストランのトータルコンサルティング」の開始を検討しています。その中で、ライセンスフリーの独自性が高い酵母の提供ビジネスを模索しています。今回は、NAISTキャンパス内で単離した野生酵母からビール醸造が可能な酵母(NAIST酵母)を取得し、特徴的なクラフトビールの共同研究・開発を行いました。


【研究内容】
 ビール醸造が可能な野生酵母(NAIST酵母)の単離を試みました。野生酵母を単離する場所として、NAIST内の池エリア(図1)に焦点を当てました。まず、池エリアに生息する植物から採取した複数の試料をマルトース資化性※2によって選抜しました。その結果、マルトース資化性を示す酵母が約100株得られました。その後、コロニーの色や出芽タイプの細胞を指標に酵母を選抜したところ、20株の候補株を取得しました。さらにDNA配列解析※3から、S. cerevisiaeを1株単離することに成功しました(ADH837株と命名)(図2)。



 続いて、ADH837株がビール醸造に適しているかを検討するために、マルトースを含有する培地における発酵試験を行いました(図3)。その結果、ADH837株は市販のエールビール酵母と同程度の発酵力を有することが判明しました。

 最後に、TFF社が経営するレストラン「ビールと羊」に併設するマイクロブリュアリーにおいて、ケルシュ(Kolsch)様式のエールビールを試作しました。対照として、一般的な市販エールビール酵母(Wyeast社の2575-PC株)を使用しました。完成したエールビールについて、香気成分の分析を行ったところ、市販エールビールに比べて、フーゼル油臭のl-プロパノール、接着剤臭のイソアミルアルコール、リンゴ香のカプロン酸エチルの含量がそれぞれ半分程度に減少しました。一方で、バナナ香の酢酸イソアミルの含量が約1.7倍に増加したことから、オフフレーバーが減少し、フレーバーが増加していると考えられました。また、実際の官能評価でも、バナナ香を含むフルーティーさが指摘されました。
 さらに、エールビール中のアミノ酸含量を測定したところ、必須アミノ酸のリジンと分岐鎖アミノ酸(BCAA; バリン・ロイシン・イソロイシン)、旨味を呈するアスパラギン酸、健康機能性(リラックス効果、血圧降下作用、睡眠の質向上など)を有するγ-アミノ酪酸(GABA)がそれぞれ多く含まれていました(リジン:8.3倍、BCAA:1.5~2.0倍、アスパラギン酸:4.3倍、GABA:3.3倍)(表1)。

 以上の結果から、ADH837株は特徴的かつ健康イメージを付与したクラフトビールを醸造できることが判明しました。本クラフトビールは、TFF社が大阪府内限定で販売している「オオサカビール」の新たなラインナップとして醸造を開始し、2024年5月9日から販売を開始しました。オオサカビール醸造所がある「ビールと羊」(https://beer-lamb.com/)をはじめ、オオサカビール取扱店にて順次発売を開始いたします。

【用語解説】
※1:酵母
自然界には 1,500 種以上の酵母と呼ばれる単細胞の微生物が存在しているが、今回、選抜された酵母はサッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)に属しており、ビールや日本酒などの酒類やパン類の製造に使用される。
※2:マルトース資化性
 ビールの原料である麦汁にはマルトース(麦芽糖)と呼ばれる糖類が多く含まれており、ビール醸造時に酵母はマルトースを取り込み、分解することでアルコールを産生する。取り込み、分解することを「資化」と呼ぶ。
※3:DNA配列解析
 生物種ごとに独自のDNA配列が存在するため、DNA配列を調べることでサッカロマイセス・セレビシエを選抜できる。

製品については、テンフィールズファクトリー株式会社クラフトビール事業部のWEBページにてご確認ください。

クラフトビール事業部:https://beer-craft.com/osaka/
テンフィールズファクトリー株式会社:https://10-ff.com
「めっちゃGABA」製品紹介:https://beer-craft.com/osaka/lineup/meccha-gaba/