光と物質の量子状態が混ざるポラリトンから次世代技術にかなう特性を探索する
常識を超える現象
地球上のあらゆる物質を構成する最小単位は原子であり、原子は陽子、中性子からなる原子核と、その周囲を運動する電子で構成されます。これらの微小な粒子の運動や性質は、古典力学では正しく記述はできず、量子力学で記述する必要があります。あらゆる物質は、粒子としての性質と波としての性質を同時に所持していて(粒子と波の二重性)、原子や電子のような微小な質量の軽い物質において、その効果はより明確に現れます。物質の波の状態は量子力学では波動関数と呼ばれ、重ね合わせによる強め合い・弱め合いの干渉など、通常の波と同様の性質を示します。また、普段私たちが波(電磁波)として認識している光も、見方を変えるとE=hνを最小エネルギー単位とする粒子(光子)の集団とみなすことができます(hはプランク定数、νは光の周波数)。
このような物質や光の量子的な状態では、複数の状態が同時に存在する「重ね合わせ」や、量子状態同士がどれだけ離れても影響し合う「量子もつれ」といった不思議な現象を示します。現代では、これらの現象を説明する理論やそれを裏付ける実験研究が飛躍的に進み、従来の科学技術の壁を切り開いて、量子コンピュータや量子情報通信など画期的な技術の登場に結びつくケースが増えています。
香月教授の研究対象は、微小な空間に閉じ込められた物質(分子)が、量子的な光子の状態と強く相互作用して混ざりあった結果生成する、物質の電子励起状態や振動状態と光の閉じ込め状態の性質を併せ持つ「励起子ポラリトン」や「振動ポラリトン」という状態です。このような量子的な状態は「準粒子」と呼ばれ、高効率のエネルギー変換、化学反応の速度の制御など次世代の光化学デバイス技術への応用が期待されています。
「もともと私は超短パルスレーザーという、100フェムト秒(10兆分の1秒)程度の非常に短い時間だけ電場が存在するようなレーザーを使って、短時間に物質の中での量子状態を制御・観測する研究を行なってきました。その研究を発展させ、より複雑な量子状態であるポラリトンに着目したのです」と説明します。
ポラリトンの動的変化を測定
ポラリトンの状態を作り出すのは、2枚のミラーを1~10μm(マイクロメートル)程度の間隔に向い合せて配置したキャビティ(光共振器)という装置です。キャビティ内部には光を繰り返し反射させて閉じ込めることが可能で、その空間に物質も入れておきます。閉じ込められた光子状態のエネルギーと物質の遷移エネルギーがほぼ等しくなると、両者は強く相互作用して混ざり、光子の状態か物質の励起状態かどちらで存在しているか区別がつかない状態になるのです。
「興味深いのは、キャビティの中では振動ポラリトンにより物質の化学反応の速度が非常に速くなったり、物質が本来持っているイオン伝導度や結晶構造が変わってきたりという実験結果が出ているのに、その理由が完全には解明されていないことです」と強調します。
そこで、香月教授は、光(光子)と励起子(半導体の電子と正孔が対になった状態)が結合した「励起子ポラリトン」、分子振動のモードが強結合する「振動ポラリトン」について、超高速分光という手法での実験研究を重ねています。これまでの研究で、さまざまな分子に対応してポラリトンを生成できる「可変長キャビティ」という装置を開発し、ポラリトンが生じた後、緩和(平衡状態)に至るまでの動的変化を測定することに成功しました。
基底状態より安定な励起状態を作り出す
こうした研究成果に基づき、香月教授は、「電子励起したポラリトンを元の基底状態より、安定な低いエネルギー状態にして、本来持たない特性を発揮させる」という次世代光デバイス開発に結びつく大きな課題に取り組んでいます。
励起子ポラリトンは、基底状態から電子励起されると、エネルギー準位が分裂して高低差が生じる「ラビ分裂」した状態になります。そのラビ分裂を励起に要したエネルギーの倍以上に大きくすることができれば、エネルギーが低い方のポラリトンは電子励起された状態の性質を保ちつつ、基底状態よりも低いエネルギー準位になることも可能なわけです。
もちろん、実現にはいろいろな難題がありますが、もしそのような状態が実現できれば、レーザー発振の要因となる分子の反転分布という現象が生じる可能性があり、新たな光源を開発することができます。半導体のキャリアの移動度の増大で性能の向上も期待できます。これまで、光で励起することで得られていた物質の励起状態の特性を、キャビティに封じ光子状態と混ぜ合わせることで簡単に得られる可能性があります。香月教授は、これらの現象を室温で達成することを最終目標にしています。
100%納得してから行動する
香月教授は、京都大学大学院理学研究科博士後期課程を修了後、分子科学研究所(愛知県岡崎市)助教を経て、2012年に奈良先端大准教授として赴任。2023年に教授に就任しました。
研究については「独立不羈の精神で、独自性を大事にしたい。100%納得し自信が持てる結果が得られるまで論文は出さないようにしています」。実験も時間が許す限り、学生と一緒になって実験室で作業します。趣味は登山で、「デスクワークからリフレッシュできる貴重な機会ですが、最近は忙しくてなかなか時間が取れず、体重だけ単調増加しています」。妻も理学博士(化学)で分析系の会社で働いており、「夫婦どちらも仕事(研究)に追われています」。
MOFに挑戦したい
ステモ・ガレック助教は、光共振器に物質を入れ、振動ポラリトンの強結合状態により、新たな特性を引き出す研究を続けています。これまで、液体試料(ジフェニルリンスホロイルアジドなど)を用いてポラリトンが化学反応にどのような影響を与えるかを追跡する研究を行ってきました。新たに取り組むのは2025年のノーベル化学賞の受賞でも話題になった金属有機構造体(MOF)です。「研究に着手したばかりの段階ですが蛍光センサーの用途もあり、その発光の特性を室温でのレーザー発振にまで高めたい」と意欲をみせます。
ガレック助教は、米国のミシガン州立大学の文系学部を卒業後、日本で英語の講師をしていましたが、物理学の研究に対する思いは断ち難く、コロラド大学に入学。その後、奈良先端大に進学し、博士取得後、助教となりました。「日本で就職しながら、物理学を勉強した経験があることなどから、本学を選択しました。遠回りも不安も乗り越えて、物理学の研究者になるという夢を叶えることができました。学生にも、不確実さを恐れずに挑戦してほしいと思っています」と話します。
ステモ・ガレック助教
楽しみながら続ける
研究室の学生もさまざまな物質で、新奇なポラリトン特性の発現を目指しています。
博士後期課程1年生の植木穂香さんの研究対象は「遷移金属ダイカルコゲナイド(TMDC)」という層状の結晶構造の物質です。遷移金属の層を、硫黄(S)、セレン(Se)などカルコゲン原子と呼ばれる原子の層で挟んだサンドイッチ構造を有する物質で、特に単層状態では電子の遷移が効率よく実現し、高い発光効率が得られるなど優れた特性があり、半導体などの研究分野で注目されています。「現在はまだ実験の準備段階ですが、一日も早くTMDCでポラリトン状態を作製し、測定できるようにしたい」と意欲をみせます。「学部の時に行っていたレーザーを使った研究を発展させたく、この研究室を選びました。研究教育環境に加えて、留学生が多く国際的な感覚が身につくことがありがたいと思っています」。研究は「楽しみながら続ける」ことがモットーで、趣味は中学時代から続けている茶道。「本学でも茶道サークルに入りましたが大学のある生駒市が茶筅の里であることなどを知り、運命的な出会いを感じています」と話します。
博士後期課程3年生のアヴラム・グティエレスさんはフィリピンのアテネオ・デ・マニラ大学の出身で、本学には博士後期課程から入学しました。除草剤などに使われている「チオシアン酸アンモニウム(NH4SCN))」が振動ポラリトンの生成に都合が良いことを見出し、光共振器の共振器長や角度などの実験条件を変えた場合の、振動ポラリトンの超高速ダイナミクスを調べる研究に従事しています。「研究テーマがとても気に入っていて、できれば、博士研究員など日本の大学に残って研究を続けたい」と話します。「本学は国際的でコミュニケーションが取りやすい。独自のテーマの研究を志すなど自分の考えにマッチした研究をさせてもらえるところがとてもいいと思っています」。好きな言葉は「続けていれば、結果はついてくる」。趣味はランニングで、「奈良マラソン」では、フルマラソンのコースを婚約者とのリレーで走破しました。

植木 穂香さん

アヴラム・グティエレスさん

