クルクミン&PGV-1
クルクミンはインドネシア料理やインドのアーユルヴェーダ医療で用いられるスパイスのターメリックの主成分で様々な効能があり、抗がん作用も動物実験等で確認されている。クルクミンの抗がん作用は副作用が極めて少ないため有望視されているが、抗がん剤として作用するには大量投与が必要なため実用には不向きと考えられ、抗がん作用に直結した薬効標的分子や、生化学的がん抑制経路についても不明な点が多いことが開発のネックとなっている。我々は、ヒトがん細胞を用いてクルクミンの抗がん作用を再検証し、クルクミンが活性酸素(ROS)依存的に細胞老化と細胞死を誘導すること、標的として、ROS代謝に関わる酵素10種のうち7種がクルクミンにより阻害されることを見出した。さらに、クルクミンの関連化合物の中から極めて優れた抗がん作用を持つ化合物(PGV-1)を発見し詳細に解析した。この結果、PGV-1はクルクミンと比べて60倍以上の増殖抑制効果を示し、細胞周期停止、細胞老化誘導、細胞死誘導など優れた抗がん作用を発揮した。一方で正常細胞には影響しなかった。また、マウスを用いた動物実験では、クルクミンでは効果が乏しい経口投与でも高い腫瘍抑制能を示し、この際、マウス個体には副作用の兆候は全く見られなかった。当初は、クルクミンの関連化合物として解析されたPGV-1であったが、クルクミンの60倍の抗がん作用を示すこと、細胞周期の特定の時期に作用することなどから、クルクミンとは異なった作用機序を有するものとして注目されている。従って、PGV-1に特異的な標的分子やがん抑制経路を解明する研究を進めることで、副作用のない飲み薬の抗がん剤を開発することが期待できる。
COP9シグナロソーム
がん細胞の特徴の一つである異常増殖は、細胞周期制御機構に変異が生じて起こる。我々は、1999年に、細胞周期を負に制御するがん抑制遺伝子産物CDKインヒビターp27Kip1を抑制する因子としてJab1(後にCSN5と改名)を単離した。その後、Jab1は、細胞周期制御などに関わる様々な因子の発現を調節するCOP9シグナロソーム(CSN)複合体の第5サブユニットであるCSN5と同一であることが、発見された。CSN5は多くのヒトがんで過剰発現しており、CSN5を過剰発現させたマウスは前白血病症状を示し、また、CSN5の発現抑制、あるいは、活性抑制は、がん細胞の増殖阻害を引き起こすことから、CSN5はがん遺伝子であり、がん抑制の標的分子として有望視されている。
がん代謝(Lipid Metabolism)
がんは複数の遺伝子が順次変異を起こすことで悪性化が進行すると考えられ、細胞周期・分化制御に関わる複数因子の段階的な変異が報告されている。がんの増殖抑制・分化促進の誘導を行う現在の抗がん治療は、がん患者の5年生存率を飛躍的に向上させるものの、その後の再発率が高く完治には至らない。そこで、細胞がん化の制御因子として、増殖, 分化に続く第三の因子”代謝”が注目を集めている。がん細胞は、低酸素・低栄養環境下でも急速な細胞増殖を可能とする独自の代謝機構を備えている。本研究では、がん研究を先導してきた白血病モデルを使用し、がん代謝の中でも最先端の研究分野である脂肪酸代謝に焦点を当て、がん細胞が増殖に必須となる特異的代謝機構を獲得する機序解明ならびに細胞がん化と代謝異常の相関性を解明する。この成果をもとに、増殖抑制・分化促進だけでは抑えきれない”がん”に対して、“がん細胞の兵糧攻め”の観点から、がん特異的代謝異常因子を新たな治療標的とした、画期的ながん治療法開発する。
細胞周期制御と発がん
がん細胞の特徴の一つに異常増殖があることから、がん細胞では細胞周期を調節する機構に変異が生じていることがわかる。細胞周期のG1期は細胞周期進行のGO/NOT GOを決定する重要な時期であり、がん細胞ではG1期制御因子に変異が生じている場合が多い。Retinoblastoma(Rb)タンパク質は細胞周期をG1期に停止させる活性を持ち、Cyclin D-CDK4・CDK6キナーゼ複合体によりリン酸化されることで不活化され、細胞はS期へと進行する。CDK4・6阻害剤はCyclin D-CDK4・CDK6キナーゼの抑制によりRbタンパク質を活性化しがん細胞の増殖を停止させることから、抗がん剤として有望であり、当初はATPアナログの研究から始まったが、後に特異性の高い化合物として完成され、乳がんの治療に用いられている。