仮想通貨の技術でスマートな社会システムを実現する
不確実な大規模システム
コンピュータネットワーク、AIなどの飛躍的な技術の進化により、新たに高効率で有益な社会システムが登場する一方で、将来、大規模なシステム障害など何が起きるか予測困難になる「不確実性」もはらんでいます。
大規模システム管理研究室の笠原教授は「現代の社会システムは非常に大規模で、さまざまな構成要素が通信ネットワークを介して複雑に関わりあっています。だから、重大な障害が発生するなどしたときに、社会生活を脅かすぐらいの強烈なインパクトがあります。基本的には、そのような大規模システムに対して、問題点を明らかにし、安全で高性能、高効率のシステムの設計や制御の方法など最適化し、スマートな社会の実現をめざしています」と説明します。
研究対象のシステムは、ユーザが分散管理して、データの透明性、信頼性を高める仮想通貨技術の「ブロックチェーン」など多岐にわたり、数理的なアプローチで解析します。 「こうした不確実性の高い社会システムに対し、システム間の協調や連携を創発する意思決定メカニズムの解明にも取り組んでいます。われわれは、基本的には、応用数学など数理的な知見を背景に対象を見て解析することで、複雑に関連する構成要素について統一的な取り扱いが可能になり、システムの最適化を図ることができると思っています」と語ります。
人間の欲がからんでいた
笠原教授の大きな研究テーマの「ブロックチェーン」の技術は、不特定多数のユーザ自身が金融取引のデータなどを管理する分散型で、銀行など特定の管理者がすべてのユーザの取引の管理を一手に引き受ける従来の中央集中型とは異なります。
その仕組みは、取引データなどをブロックという単位でまとめ、チェーン(鎖)のようにつないで、一連の履歴を残しながら、取引を進めます。その際、データはブロックごとに、ハッシュ関数という暗号技術で連携して変換されており、変換データはすべてのユーザのコンピュータに保存されているので、データの改ざんは不可能に近く、データの透明性、安全性が保たれます。
「ブロックチェーンの技術が人間の欲や思惑といったモチベーションを組み込んで協調するシステムを作り出すことに気づき、非常に新しいアイデアだと興味を持ったのがきっかけです」と笠原教授。まずユーザの合意を得て報酬を受け取る「プルーフ・オブ・ワーク(仕事の証明)」という仕組みに着目しました。コンピュータの高度で複雑な計算の競争を行い、その勝者が代表者として承認され、新たなブロックをつなぎ、報酬を得ます。その過程にどれだけの時間がかかるかという効率化のネックになる課題を確率モデルにより分析することに成功しました。
さらに、社会応用の面では、セキュリティに脆弱性があるIoTのネットワークで、攻撃者のアクセスを制御する方法について研究。契約の履行を自動化する「スマートコントラクト」という仕組みを使い、ブロックチェーン技術と組み合わせて開発することに、世界に先駆け成功しました。
2140年問題
最近の研究テーマは、ブロックチェーン上で、ユーザが送金するときに、取引の承認を行うマイナー(採掘者)に対して支払う手数料などをめぐり、ユーザ、マイナーそれぞれの思惑により、今後のブロックチェーン技術による仮想通貨の運営にどのような影響が出るかという課題です。
マイナーに対する報酬は、取引を承認したときに新規発行される仮想通貨とユーザの手数料です。ところが、ビットコインの場合、新規仮想通貨の発行量は4年ごとに半減し、2140年にはゼロになることが設定されているので、次第に手数料が高まります。
一方、マイナー側は、高い報酬を得るため、膨大な電力消費のコストをかけて計算競争を行っているので、採算がとれずに去ってしまい、ネットワークセキュリティの脆弱性が高まる可能性があるのです。ユーザにとってもシステムに対する信頼性が薄れ、手数料も高くなり、利用し難くなります。
「2140年問題については、当事者同士の戦略的な意思決定の影響を分析するゲーム理論などを使い研究しています。セキュリティが脆弱な状況でも、それを良しとする人たちで支えられるケース、完全に信用を失って破綻するケースが考えられますが、仮想通貨を金融商品と認める動きもあり、社会情勢の変化も含めて研究を続けていきたい」と話します。
笠原教授は京都大学大学院博士課程を修了後、奈良先端大助教授、京大准教授を経て2012年に奈良先端大教授に就任しました。
それまでは情報通信の性能評価が研究テーマで、ネットワーク内で生じる混雑を統計的に分析する「待ち行列理論」に基づく数理モデルを使い、有線・無線シームレスネットワークのアプリケーション品質向上や大規模データセンターの情報処理能力の向上などの課題について研究してきました。その後、研究室に経済学部出身の学生が所属し、「ビットコインの研究をしたい」と申し出たことがブロックチェーンに目を向けるきっかけになりました。
研究に対しては「志は高く持つ」が信条。趣味はローリング・ストーンズ、レッド・ツェッペリンなどロック音楽を聴くこと。ロックバンドでサイドギターを担当したこともあります。
AI時代の通信を支えるネットワーク最適化
原准教授は、情報通信の分野の研究者で、数理的な側面から取り組んでいるのが、「サービスチェイニング」です。サービスチェイニングとは、IDS(不正侵入検知システム)など、専用機器が担っていた複数の機能を切り出して仮想化し、ネットワーク上で連携させる仕組みです。ユーザが望むセキュリティや最適化の方針に応じて、必要な機能を適切な順序で実行できることが特徴です。「ネットワークのソフトウェア化ともいえますが、このシステムの始点から終点まで、どのような形で実行すれば、安全で効率的なデータ転送ができるかを数理的な観点から調べています」と語ります。
さらに、原准教授は、この仕組みを応用し、AI需要の急増に伴うネットワークの混雑を防ぐための研究を続けています。注目しているのがAIの推論メカニズムのモデル分割です。一つのモデルを複数に分割して、それぞれをネットワーク上のノードに配置して、学習や推論を効率化する仕組みです。その時に分割されたモデルを実行するためには処理の順番や経路を決める必要があります。原准教授は「サービスチェイニングで、その経路をどのように設計すると、学習や推論に最適かどうか。また、障害が起こった時に、それを迂回するようなパスをどうやって構築するかといったところで研究を続けています」と語ります。
また、実践面では、IDSを高速化する研究に取り組んでいます。コンピュータは、アプリケーションが動作する「ユーザ空間」とOS(オぺレーティングシステム)が稼働している「カーネル空間」に分かれており、IDSをカーネル空間で動作させる方が高い処理性能を発揮することを突き止めています。
原准教授は、奈良工業高等専門学校卒業後、奈良先端大修士課程および博士課程を修了し、同大学の助教を経て、2024年に准教授となりました。研究に対する思いは「目の前の仕事は黙々とこなす」です。
原 崇徳准教授
ゼロ知識証明で安全確保
ウィラァアトマジャ助教は「ゼロ知識証明」など最先端の暗号技術を使い、ブロックチェーン技術の弱点であるプライバシー保護や処理速度が遅いという問題などを解決する研究に挑んでいます。
ブロックチェーンはすべてが取引台帳を持っている分散型なので、不正なアクセスでその内容が漏れ、プライバシーが侵害され易く、承認作業にも時間がかかります。そこで、ウィラァアトマジャ助教は、ゼロ知識証明によるアクセスの方法が、例えば、ユーザネーム そのものの入力ではなく、複雑な数理計算でユーザネーム を知っていることを証明するというサクシンクト(簡潔)な方式であることに着目しました。この暗号技術は、分散型のブロックチェーンだけでなく、「IoTなどで使われている中央集中型の大規模なシステムにも有効」として研究を続けています。
ウィラァアトマジャ助教は、インドネシアのペトラ・クリスチャン大学コンピュータサイエンス学科の出身で、2025年に奈良先端大博士後期課程を修了した後、助教に就任しました。
「ゼロ知識証明は、博士課程に入学してからのテーマです。それまでは大規模IoTネットワークにおけるブロックチェーンを活用したアクセス制御について研究しており、関連の研究も行っています。ブロックチェーンのセキュリティについては世界で問題になっているだけに、さらに研究を進めていきたい」と話します。趣味は料理で、「両親が母国でレストランを経営していることもあり、ユーチューブで料理番組はよく見ます」と話します。
クリストファー・ウィラァアトマジャ助教
データのセキュリティを強化
博士前期課程2年の鎌田亘佑さんは、ゼロ知識証明技術をニューラルネットワークに適用し、プライバシー保護の必要がある医療データなどの学習の安全を確保する研究に挑んでいます。「将来的には、このようなセンシティブなデータの需要が増えると見込まれると考えてのテーマです。実装段階に入っているのですが、計算にかかる膨大な電力消費コストを下げることができるかが課題になっています」と話します。文系の政治経済学部の出身ですが「社会の縮図のようなブロックチェーンに興味があり、研究をはじめました。有望なテーマなので続けていきたい」と意欲を見せます。
博士後期課程2年生の久睦竜主(くあむ・るいす)さんは、「ネットワークスライシング」という一つの通信網を性質が異なる複数の用途の仮想ネットワークに分けて、共有しながら、それぞれの機能を果たせる新しい仕組みの研究に着手しています。「このシステムのユーザは、必ずしも予測可能な行動をするわけではないので、予測できない部分はシステムで管理しながら、消費電力を抑えたり、通信の品質を維持する研究を続けています」。久睦さんも文系の経営学部出身で、地球温暖化防止のためのCO2の排出権取引の仕組みなどに興味を持ったことから、この分野に踏み込みました。「現在はコストの削減、負荷の分散、通信の品質の維持といった3つの問題を同一に扱えるモデルを作って研究を進めています」と語りました。

鎌田 亘佑さん

久睦 竜主さん

