INTERVIEW

数学者、日本で生きる

アルベール ロドリゲス
ムレー(北海道大学修了生)

株式会社東芝 総合研究所 AIデジタルR&Dセンター
アナリティクスAI研究部

母国で修士課程まで修了後、日本への憧れと数学への情熱を原動力に来日し、北海道大学で博士号を取得。漢字検定準一級合格。北海道大学大学院理学院数学専攻 博士後期課程修了(令和元年度)

片垣 麻理子(聞き手)

北海道大学 教育イノベーション機構
キャリアデザインセンター博士人材育成ユニット 特任助教

民間企業や北海道大学事務職員を経て、2019年から現職。大学院生のキャリア支援のための英語プログラムの企画実施を担当。外国人博士人材の日本でのキャリアについて研究も行っている。

来日と日本企業就職の選択

片垣
片垣

アルベールさんが日本にいらっしゃったのは博士からでしたよね。博士を北大でとろうと思ったのはどんな理由ですか。

アルベール
アルベール

日本の技術への憧れがあって、小さい頃にロボットのニュースを見て「未来だな」と思ったのがきっかけです。学部と修士はバルセロナの大学で学びましたが、博士号は日本で取りたいという気持ちがありました。偏微分方程式に興味があって、北大にその分野に強い先生方がいると知っていたので応募しました。日本には憧れ、関心、研究の強みが揃っており、日本一択でしたね。

片垣
片垣

日本語も来日前から勉強されたのでしょうか。

アルベール
アルベール

JLPTのN1を来日前に取得しました。日本語を覚えようと思った直接のきっかけは、ゲームですね。当時ゲームは日本で発売されて、次にアメリカ、その後ヨーロッパの順でした。日本版の発売日で遊びたくて、14~15歳頃から独学を始めましたが、当時は生成AIもなく、わからないことを解決する手段がなくて挫折しました。その後、入学した大学の隣に言語学校があり、日本語クラスで勉強しました。

片垣
片垣

研究は大学院時代からずっと日本語でやってこられたんですよね。N1を取っても専門用語までは習いませんよね?来日して困ったことはありませんでしたか。

アルベール
アルベール

初日からセミナーは全部日本語で、専門用語は先生と確認しながらやっていました。「これは日本語で何と言いますか」「英語ではこう書きますが、自然な日本語ではどう書きますか」と聞いて。そうして議論もできるようになりました。
日常会話は、最初は本当に困りました。日本に来る前からアニメを字幕なしで見ていましたが、声優さんは声のプロで滑舌が良くて聞き取りやすいんです。生の日本人は違いました…。何を言ってるのか全く分からなくて。同じ院生室に興味の合いそうな方がいたんですが、最初は言ってることの20%くらいしか理解できませんでした。その方のおかげで鍛えられた面もあります。

片垣
片垣

「日本で働こう」という思いは、いつ頃芽生えたのでしょうか。

アルベール
アルベール

博士2年生の後半です。来日当初は、日本に来ること自体が夢だったので先のことは考えていませんでした。あるとき研究室に先輩がスーツで来て、「就活中だから」と。「シューカツって何?卒業は一年後なのにもう始めるの?」と感動しました。地元では卒業直前・直後に始まるので。その時から「自分も将来を真面目に考えなきゃな」という時期に入りました。
当時は母国の新卒の失業率が高かった背景もあって、キャリアの安定性を意識していたことに加え、日本での生活が自分に合っているという実感もあり、日本で働く選択が自然なものになりました。そこでアカデミアに残るか、企業に行くかの両方の意見を聞いて、自分は企業に行きたいかもと思うようになりました。

片垣
片垣

日本一択で来日したアルベールさんでも、日本での就職に意識が向くまでには時間がかかったんですね。企業のどんなところに惹かれましたか。

アルベール
アルベール

私の専門は100%純粋数学です。数学の研究自体は本当に楽しかったのですが、かなり抽象的なので、その知見をもう少し現実に近い形で、よりスピーディーに社会につなげたいという思いが出てきて、企業に興味がわきました。
あともう一つの理由として、あくまで当時の個人的な見解ですが、大学の方が企業より、裁量がある反面、長時間労働のイメージがありました。自分はプライベートの時間も欲しいと思っていて、その観点でも進路を考えました。実際、今はプライベートの時間も確保できています。

専門性と企業研究者の視点

片垣
片垣

最高のマッチングでしたね。東芝とはどのように出会いましたか?

アルベール
アルベール

北大の「赤い糸会*」がきっかけで、とても感謝しています。カジュアルに企業の人と話せる場で、東芝の研究者が来ていました。企業の方と話して分かったのは、やはり社会の課題を直接解決しようとしているところでした。東芝を選んだ決め手は「数学者として見てもらえる」という感覚があったことです。選考においてジョブマッチング制度を採用しているところも印象的でした。ジョブマッチング制度は、自分が希望する複数の部門と直接面談をして技術的な特性のマッチングをとる制度のことで、自分の専門性を生かせる部門に配属する仕組みが安心感につながりました。

片垣
片垣

数学の分野は「就職が難しい」とも言われがちですが、「自分は企業でやっていける」と思えたのはどういう理由があったのでしょうか。

アルベール
アルベール

最初は数学者としてどこで活躍できるか全く分かりませんでした。運よく、就活の頃にAIの理論解析が流行り始めていたんです。機械学習は、「それがなぜうまくいくのか」の解析が非常に難しいです。網羅的に実験して「うまくいきました」だけでは論文として弱く見えることがあります。そこに数学的な保証があれば強くなります。企業も理論解析に興味を持ち始めて、数学者を採用する動きが出てきた時期で、その流れに乗りました。

片垣
片垣

就活の中では、外国籍由来で何か困ったことはありましたか。

アルベール
アルベール

特に困ったことはエピソードがないです。東芝も外国籍の応募者は英語での面談も対応いただけるようでしたが、自分は日本語で面談しました。入社後も日本人の同期と同じ研修を受け、メンターも自分を日本語ネイティブのように接してきました。一方、日本語があまり得意でない外国籍の同僚であっても、普段のミーティングは英語でOKです。

片垣
片垣

大学時代と企業の研究は、だいぶ違いますか。

アルベール
アルベール

学生時代は自分自身の研究テーマに集中できる環境で、時間の使い方も比較的自分の裁量に任されていました。一方、企業では研究そのものに加え、事業との関わりを意識した活動や社内外の関係者との連携、各種手続きなども含めて業務の一部になります。研究者として求められる視野や責任の範囲が広がった点が、大きな違いだと感じています。
また、学生時代はほとんど意識していませんでしたが、企業ではやはり「利益」、つまりビジネスの視点や社会実装を意識しながら研究が進められています。自分の研究テーマも、最終的にどのような形で価値として社会に届けるのか、何らかの出口につなげる必要があります。勘違いしていたのは、社会人の先輩はビジネスビジョンが完璧で、自分も入社したらすぐに同じようにできるようになると思っていたのですが、案外そんなに単純ではないんです。新規ビジネスにつなげるための研究テーマを立ち上げるためには、技術だけではなく様々な社会課題に対して深い理解が必要なことが分かってきました。

日本定着の適性と場合分け

片垣
片垣

これからも日本で暮らそうと考えていますか?

アルベール
アルベール

ずっと日本にいようと思っています。自分の趣味は日本でしかできないものばかりですし、日本食も好きですし、性格的にも自分に合っていると思っています。日本は人との距離が適度にあって、そのために最初友達ができるまでに時間がかかって大変でしたが、慣れると心地よいです。もう全く帰ろうとは思っていないです。
ちなみに、私は母国から文部科学省の奨学金を通じて来日したのですが、同じ時期に来た留学生の中には帰国した方も一定数います。帰国理由はさまざまだと思いますが、印象的だったのは、日本語ができても、日本人との距離感に馴染めずに帰った方がいることです。一方で、日本語にあまり依存せずに活動している方もいましたね。

片垣
片垣

日本語さえできれば日本で働けるということでもないんですね。英語で学位が取得できる英語コースの大学院留学生は、日本就職を希望しても日本語ができなくて就活に苦労するパターンがよくあります。

アルベール
アルベール

英語コースを提供している理由によりますね。国際的な学生が欲しいというだけなら、当然の結果だと思います。言語の習得は、その国や文化に興味があったとしても難しくて、時間がかかりますし、興味がなければなおさら大変です。研究との両立はさらに難しいです。日常会話と研究議論は別世界ですから、「研究しながら日本語も勉強する」というモチベーションがないと。あと、反対に日本で全部を英語でとなると、日本人が全員英語力を上げないと成り立たないですが、オランダなどのように多くの人が英語をできる国とは事情が違います。私は各国のユニークさを守りたい派なので日本はそれでよいと思っています。
日本では、すべて英語だけで働ける企業は少ないです。そのため、英語しか使えない方の日本企業への就職はハードルが高いのが現状です。日本語がまだできないし、ずっと日本に住みたいか悩んでいるけど能力の高い留学生はいるので、そういう人に日本企業で活躍してもらうために、英語を共通言語とするプロジェクトへの採用制度があってもよいかと思います。例えば、しばらく日本に滞在し数年後に母国に帰る希望があっても一定期間のプロジェクトへの参画を前提とした有期雇用制度も留学生にとって魅力的に見えるかもしれません。

片垣
片垣

場合分けして考えることが大事というとても重要な示唆ですね。留学生の日本就職支援の話は、「留学生全員が日本語を勉強すべき」か「日本企業が英語採用を導入すべき」かの両極端に振れがちですが、目指すところが定着なのか、短期間でもよいのか、分けて議論することが必要ですね。ありがとうございます。
最後に、後輩の博士留学生に伝えておきたいことはありますか。

アルベール
アルベール

日本語は単なるスキルというより、環境の一部だと思います。日本語が使えるようになると、仕事の選択肢が広がるのはもちろん、日本人との交流もしやすくなり、より受け入れてもらいやすくなると感じています。そうした意味で、仕事も日常生活も充実しやすくなると思います。
その上で、日本語ができる場合には、自分がどのようなキャリアを築いていきたいのかも考えておくことも大事だと思います。無理に最初から決める必要はありませんが、自分の専門性や興味と照らし合わせながら、何をやりたいか、何をやりたくないか、それを長くやり続けたいかを考えることで、キャリアのイメージがしやすいかもしれません。仕事以外の生活も含めて、自分が充実できる道を探してほしいですね。

*「赤い糸会」:北海道大学が実施する、博士人材と企業担当者が直接情報交換するプログラム。企業のショートトーク、博士人材のポスター発表、企業ブースセッションを通じて双方向のマッチングを重視している。2006年度から継続実施、2025年度に20周年を迎えた。2019年度からは赤い糸会の英語版「CAREER LINK MEETUP」も開催している。

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