日本語習得と多様性
フェレイラダローサ ペドロパウロ(北海道大学修了生)
住友化学株式会社
ICT&モビリティソリューション研究所
来日し1年間大阪大学で日本語を学んだ後、北海道大学に進学。学部から博士課程まで同大学で過ごす。在学中は、北海道大学の博士人材と企業の交流会「赤い糸会」および「CAREER LINK MEETUP(英語版赤い糸会)」に参加。北海道大学大学院総合化学院総合化学専攻 博士後期課程修了(令和3年度)
片垣 麻理子(聞き手)
北海道大学 教育イノベーション機構
キャリアデザインセンター博士人材育成ユニット 特任助教
民間企業や北海道大学事務職員を経て、2019年から現職。大学院生のキャリア支援のための英語プログラムの企画実施を担当。外国人博士人材の日本でのキャリアについて研究も行っている。
吉原 拓也(聞き手)
北海道大学 教育イノベーション機構
キャリアデザインセンター センター長・教授
北海道大学大学院原子工学専攻を修了後、NEC基礎研究所に入社。次世代半導体製造装置の研究、知的財産戦略の立案を担当。2015年より北海道大学において博士人材育成および博士人材育成コンソーシアムのコーディネーターに従事。NEC在職中に大阪大学基礎工学部で博士(工学)を取得。
日本語とキャリア形成
フェレイラさんは、在学中から日本語レベルは非常に高く、赤い糸会への参加をはじめ、日本人学生と同様の就職活動をされましたよね。現在、お仕事ではどのような言語を使っていますか?
顧客向けのレポートは英語の場合もありますが、社内の資料や手続き、議論はすべて日本語です。
外国籍博士人材の日本での活躍という観点では、日本企業の英語化を進めるか、留学生が日本語を学ぶべきかという議論がありますが、これについてどのように考えますか。
個人的な意見ですが、私は「外国人が日本語を勉強すべき」だと思います。深い議論になればなるほど、最終的にその国の言語になるからです。研究においても、慣れていない言語では深い議論ができず、結果に繋がりにくくなってしまうと思います。
フェレイラさんが流暢な日本語を話すと、相手の反応も変わりませんか?
はい。日本人は、日本語や日本文化を理解しようとする外国人に対してすごく優しいし、信頼してくれます。日本語ができると分かった瞬間に相手の顔が「日本語が話せるんだ、よかった」みたいに変わるんです(笑)。
信用されるというのは、仕事をする上でも大きなアドバンテージですよね。
とてもやりやすいですね。顔を覚えてもらいやすいですし、上司やその上の方々もすぐに私を認識してくれるようになりました。
ご自身は、日本に来てから日本語を勉強されたんですよね。
国費留学生だったので、来日後の1年間は、日本語学習に集中する環境でした。午前中は日本語、午後は科目の授業ですが、それも日本語で受けていました。高校レベルの数学や物理なども日本語で学びました。
大学院から日本に来る留学生も多いですが、日本でのキャリア形成の観点からはどう見ていますか。
個人的な意見ですが、可能であれば早くから来た方が良いと思います。日本の就職活動は動き出しが早いので、例えばM1で来日してすぐに就職活動をするというのは、留学生には普通はまず無理です。
大学側が「日本の就職活動は早いですよ」と情報提供したとしても、留学生の理解が追いつかないということですね。
追いつかないですね。私も学部2年生の頃までは就職活動のイメージは全く頭にありませんでした。
日本語を習得する時間も必要ですしね。
そうです。ですから私の個人的な意見としては、学部から外国人を受け入れるプログラムを強化すべきだと考えています。研究室配属前の学部生であれば比較的時間に余裕があるので、日本語の勉強もできますし、周囲の日本人学生の動きを見て自然に日本の就職活動の仕組みを理解できるようになると思います。
大学側としては、日本の就職について留学生にあまり厳しいことを言うと心が折れてしまうのでは……と心配することもあります。
もちろん言い方は大切ですが、私は正直に伝えていいと思います。「英語でも大丈夫だよ」と簡単に言うのではなく、日本語を学ぶことで広がるチャンスやキャリアパスも一緒に伝えてあげることが大切かなと思います。 「こういうキャリアパスがありますよ」と、うまくいっている事例をセットで紹介してあげる。今回のインタビューもその目的もあるのかなと思っていますが。ゴールが見えていれば、大変な道でも頑張れるケースは多いはずです。
日本企業で働くということ
日本で働く魅力はどこにあると感じていますか。
まず、雇用の安定性があると思います。私の会社の話でいえば、研究面でも会社としての「粘り強さ」を感じる場面が多いですね。コスト意識はもちろん必要ですが、粘り強く研究を続ける姿勢があると感じます。
そして、今の会社を選んだ理由は、自分の専門分野とのマッチングと、研究活動を活発に行っている会社であること、そして製品化までの研究開発ができる会社であるという点に魅力を感じたからです。
日本企業は「雇用を守る」という意識が強いですよね。時にはそれが「グローバルスタンダードではない」と非難されることもありますが。
そこは逆に日本の大きな強みであり、アピールポイントになると思います。
AIの台頭で仕事がなくなるという不安についてはどうですか?
海外では特に理系の分野では「人を減らすためにAIを導入する」という話を聞きますが、日本はむしろ「人を維持しながらAIを仕事にどう生かすかを考える」という意向を感じます。
多様性と日本語習得のバランス
日本では、「イノベーションを起こすために文化的背景の異なる外国籍の博士人材の活躍を」と、外国籍の方に「異質であること」を期待する傾向があるのですが、日本語を早く覚えて、日本社会に定着しようとすればするほど、思考が「日本人化」していきませんか?
私自身、もうそうなっちゃっていますね(笑)。上司からも「外国人に見えない」と言われますし、外国人だからと期待されることも特になく、一人の開発者としてのスキルで見られていると感じています。
そうなると、日本語習得に力を入れることで、むしろ“異質さ”が薄れ、イノベーションの源泉が弱まる可能性もある。でも、それは個人の幸せとは無関係なことなんですよね。幸せですか?
はい、幸せです。
言語と文化はつながっていますし、人間は環境に合わせるものですから、混ざってしまうのは自然なことだと思います。そこはトレードオフなのかもしれませんね。
そうだとしたら、ダイバーシティを実現するためには、日本人が海外に行ってショックを受けて帰ってきたほうがいいかもしれない。
そうですね。その方が効率がいいと思います。日本人が外に行くと、カルチャーショックを受けて変わっていく人もいたりしますし、外国人がどこで苦労しているのか分かってくるので。外国人に対する理解も深まるように思います。
今のところ、今後も日本に住み続けたいというお気持ちを伺いましたが、その気持ちはどのように形成されたのでしょうか。
日本の研究環境に慣れていてさまざまなプロセスを理解しているということと、プライベートな理由があります。日本で出会った妻も外国人ですが、私とは別の国の出身なので、お互いの母国に帰ると相手にとっては外国になります。それなら日本でこれからもがんばっていこうと二人で話し合いました。子どもの教育や生活の環境も気に入っています。
最後に、後輩の博士課程留学生へメッセージをお願いします。
博士課程まで進むと専門性が鋭くなりますが、企業ではそれに加えて「総合力」が求められます。製品開発では、さまざまな材料を組み合わせたり、複数の分野と関わりながら進めていく必要があります。さらに、単に作るだけでなく、安定して再現できるところまで含めて考えなければなりません。そうした意味で、総合的に物事を捉える力が重要だと思います。自分の専門性という軸を持ちつつ、幅広く学んでほしいですね。そして、日本語は早めに準備すること。言葉の壁を越えれば、日本には多くのチャンスがあります。