ライブ・イメージングで被子植物の生存戦略を解明
植物研究が盛んな奈良先端大で挑戦
花を咲かせて種子を作る被子植物は一体どのような生存戦略で、いのちを受け継いでいるのでしょうか。植物生殖デザイン研究室は花粉の発生から卵細胞との受精に至る生殖の過程を連続的に変化する画像で解き明かし、その謎に迫ろうとしています。研究をリードする水多陽子特任准教授は、被子植物の生殖を生きたまま顕微鏡で観察する「ライブ・イメージング」技術の第一人者。画像化するため細胞を微細に処理したり蛍光で発色させたりする手法を編み出し、世界でも類を見ないライブ・イメージングを確立してきました。水多特任准教授は「生殖のデザイン(仕組み)を解明できれば、私たちが遺伝子操作でデザインする生殖工学が可能になります。そうすれば、社会に有用な植物を人工的にデザインできます」と、研究室が挑戦する三つのデザインを説明します。温暖化による自然環境の激変や紛争、人口増などで植物の生産と確保は難しさを増しているのが現状です。研究室のチャレンジは植物生殖の神秘をだれにでも分かりやすく可視化するとともに、社会の困難な課題を解決するカギも握ります。
植物生殖デザイン研究室は2026年4月、水多特任准教授が着任して開設したばかりの研究室です。水多特任准教授、修士課程1年の学生2人ら計4人からなる小所帯ですが、これから始まる研究の冒険へ向けて活気に満ちています。水多特任准教授自身、指導する学生がいる組織で研究室を率いるのは初めて。「奈良先端大は植物研究が非常に盛んで、私が大学生のころから有名でした。新しい環境で研究者として幅を広げたいと思い、教員の公募にチャレンジしました」と経緯を説明します。
ライブ・イメージングで受精の過程を可視化
被子植物は陸上植物の約80%を占め、繁栄を可能とした重要な進化が花粉による有性生殖です。乾燥した陸上で確実に子孫を残すため、メスの配偶子は母体組織の深くに包まれ、オスの配偶子は硬い殻の細胞に包まれています。このオスの細胞が花粉です。その発生から受精までの過程を明らかにするのは、生命の基本的な原理や進化の意義を理解することであり、農業の発展と食料の安定的な確保、環境保全にも重要です。植物生殖デザイン研究室はこの花粉に着目し、種子ができるまでの仕組みを解明し、社会課題の解決に寄与することを目標とします。
被子植物の生殖は花の奥深くで起きるため、観察や解析が高いハードルとなります。そこで研究に欠かせないのが、ライブ・イメージング。死んだ細胞や1枚だけの写真を撮影するイメージングとは異なり、生きている細胞を顕微鏡で観察して時間が経つごとに変化する様子を映像化します。植物生殖デザイン研究室のウェブサイトには、おしべから発生した花粉がめしべに付いて受粉し、花粉の先からパイプ状の細胞(花粉管)が伸びて、花粉の中にある精細胞を胚珠へ送り届ける受精の過程などのカラフルな写真が数多く公開されています。特に、シロイヌナズナの花柱の切断面から花火のようにいくつも多方面へ広がっていく花粉管などが圧巻です。映像を補足して、生殖の仕組みなどを分かりやすくビジュアルに描いたイラストも秀逸。水多特任准教授が自ら専用ソフトで描いています。絵を描くのが好きで、大学の進学では芸術系の学部を選ぶか、実際に進んだ農学部を選ぶか悩んだほどでした。知り合いからイラストを依頼され手伝い、後に自分の作品の掲載を目にすることもあります。海外の研究者から「映像もイラストもファンタスティックだ!」と、賞賛されたことがあります。
植物細胞の内部をのぞく前例ない研究に挑戦
水多特任准教授は「ライブ・イメージングには細胞の変化を追跡するため色付けする蛍光タンパク質の発現や、撮影対象ごとに変える特殊な顕微鏡操作などの技術が必要です。微細な花粉を正確にめしべに付けたり、めしべを断面に切ったりする技能も不可欠です」と説きます。細胞壁を透明にする試薬も、夫の栗原大輔名古屋大学特任准教授(トランスフォーマティブ生命分子研究所)と共同開発したのです。ビジュアルで美しく楽しみながら研究できるからと、ライブ・イメージング技術を学び始めたのは前職の名古屋大学からでした。この技術で有名な教員のもとで研鑽を積み、細胞壁に包まれ顕微鏡で観察するのが難しい植物細胞の内部をのぞいてみるという前例のない研究に挑戦してきました。どのような波長の光を当てればよいのか、何色の蛍光タンパク質がよいのかなど、手探りだったと振り返ります。
こうして難問を乗り越え、独創的なライブ・イメージング技術を確立。撮影ではスマートフォンも活用するなど、被子植物の花の奥深く中で起きている受精のドラマを可視化することに成功し、謎の一端を次々と解明してきました。例えば、花粉は減数分裂後に小胞子と呼ばれる一つの細胞が非対称に分裂し、大きい栄養細胞と小さな雄原細胞に分化します。様々なストレスを受けて対称分裂してしまうと、どちらも栄養細胞となり受精できなくなります。ライブ・イメージングで細胞周期と細胞骨格の動態を解析したところ、アクチン繊維が分裂前の核の極性移動と分裂後の栄養細胞の分化を制御していることが明らかになりました。ほかに、胚珠にはそれぞれ花粉管を1本しか誘引しない一対一誘引(他の花粉管を拒否する多精拒否)の現象があり、少ない花粉でより多くの種子を作れる生殖の戦略があります。二光子励起顕微鏡とめしべ深部を透明化する方法、そしてライブ・イメージングでこの現象を調べました。すると、一対一誘引では母体の体細胞と雌性配偶体の細胞膜上のタンパク質、花粉管の数と位置が重要であり、多段階にわたり時空間的に花粉管を制御する仕組みが分かったのです。
観測・解剖しても死なない非モデル植物を発見
ライブ・イメージングがこれまで困難だったのは、イネやシロイヌナズナなど生殖の研究にこれまで使われていたモデル植物が、観測や解剖をすると途中で死んでしまうことも要因となっていました。水多特任准教授はこの難題について、観測と解剖に耐え1週間ほど生き延びるベンサミアナタバコというタバコ属の植物を見出しました。ほかの研究では使われていましたが、生殖目的では使われていなかったのです。水多特任准教授はモデル植物以外から、使いやすそうでゲノムも研究されている植物を候補に絞り、葉が研究に良く使われるベンサミアナタバコで試してみました。長年研究してきた勘も働きましたが、偶然にも発見できたのです。被子植物の生殖には普遍性があるため、モデル植物でない植物による生殖の観測・解析にも領域が広がりました。
植物生殖工学技術の確立目指す
植物生殖デザイン研究室は、花粉がオスのゲノムを運ぶいわば「ベクター」細胞としての役割を生かし、目的とする形質を次世代に付与する方法の開発にも取り組んでいます。花粉は取り出しやすいため、雌性配偶体に比べ操作の容易性に優れているのです。これまでに、ゲノム編集酵素である「CRISPR-Cas9」を花粉へ一時的に導入し、オスゲノムを迅速に編集する技術を開発しました。高効率なゲノム編集酵素の開発や導入法の確立、導入花粉のみを近赤外レーザーで一つずつ選抜し、受粉に用いる方法を開発しています。これらの技術を融合することで花粉の発生を制御し、目的の植物をデザインする植物生殖工学技術の確立を目指しています。ベンサミアナタバコは生殖細胞を含む様々な細胞のゲノム編集が可能であり、同じタバコ属にはトマトやナス、ピーマンなどが含まれるので、食品メーカーが関心を示し共同研究に発展しました。
水多特任准教授にとっては奈良先端大が、教育者としても初仕事になります。「学生が研究室のテーマを面白いと思ってくれるのはすごくうれしいですが、それに収まらなくてもまったく問題ありません。私が指導できる範囲であればどんなテーマもウェルカムです」と、自主性を尊重する考えを示します。実際、研究室に迎えた学生2人のテーマは、自身から学生に提案した複数のテーマから一つと、学生と話し合って新たに決めたものになりました。自分自身も研究者として興味が移り変わってきたほか、まだまだ世界にはたくさん研究のタネがあるからだといいます。「自ら興味を持ってやりたいと思うテーマをぜひ見つけてほしい。できるだけ私と違う研究者に育って、私をワクワクさせてくれるような存在になってほしい」と望んでいます。家庭では一人息子の母親。ゼロ歳のころから学会に連れて行き、今では両親の研究をかなり理解しているそうです。好奇心旺盛な息子とおしゃべりするのがとても楽しいといいます。
夢は食品メーカーや種苗会社で活躍
研究室の博士前期課程1年生 垣内美羽さんは、大学生時代に生物理工学部で、剪定(せんてい)したマンゴーの葉に含まれ、人間の老化を抑制するとされる成分などを調べ、利用価値について研究していました。奈良先端大ではどの研究室を選ぶか思案しましたが、植物生殖デザイン研究室を見学して水多特任准教授の優しい人柄にひかれ、決めました。研究テーマは被子植物の異質倍数化です。倍数化はゲノム数が通常より多くなる現象で、異質倍数化は異種間の交雑により生じます。タバコ属で異質倍数化の植物を育てており、新たな機能を備えた品種の開発を試みています。今のところは博士前期課程を修了後、自分の研究を生かせる食品メーカーに就職を希望しています。推理ゲームが好きで、研究の息抜きに楽しんでいます。
一方、博士前期課程1年生の岸田直子さんは、農学部の大学生として、植物が自然や研究室などの異なる環境下で、遺伝子の発現がどのように変わるのかを研究していました。奈良先端大の入学者説明会で一番新しく面白い研究だと思ったのが、植物生殖デザイン研究室でした。岸田さんは早くも大役を担い、日本メンデル学会と国際細胞学会が発行する細胞学のジャーナル誌の表紙写真の撮影を引き受けました。水多特任准教授から手ほどきを受け、ライブ・イメージング技術で細胞を撮影したのです。初めてのことでうまく撮れるか、どの写真を選ぶか迷いましたが、楽しい経験だったといいます。研究室では花粉やライブ・イメージングなどを学び、観察で分かる生殖の変化など新たな発見を楽しんでいます。博士前期課程を修了後は、農業生産の基本を支える種苗会社へ就職したいと願っています。音楽が大好きで、2カ月に1回はライブや音楽フェスへ出かけます。小学生からピアノを学んだほか、ブラスバンド部にも入部していたので、ユーフォニアムを演奏できるそうです。

垣内 美羽さん

岸田 直子さん

