バイオサイエンス研究科の高橋淑子教授が、第30回(2010年)猿橋賞を受賞 (2010/04/23)

受賞 2010/04/26

本学バイオサイエンス研究科の高橋淑子教授が、第30回(2010年)猿橋賞を受賞することが決定しました。
猿橋賞は、自然科学の分野で顕著な研究業績をあげた女性科学者に贈られる賞で、受賞対象となった研究テーマは「動物の発生における形作りの研究」です。
なお、贈呈式は5月22日に東京都内で行われる予定です。


【受賞についてのコメント】

この度は身に余る賞をいただき、光栄です。
私は大学の学部や大学院時代、海外留学時代、そして帰国後に立ち上げた研究室や学会において、常にすばらしい指導者と仲間に恵まれました。この賞は、私の研究人生でご縁があったすべての方々のご支援のおかげで受賞できたのだと思います。心から感謝いたします。
猿橋賞は、50歳未満の女性研究者に贈られる賞です。猿橋勝子先生は生前、「賞をもらったからといって安心するのではなく、これからさらによい研究をしなさい、そして若い研究者の育成に努力しなさい」という強いメッセージを残されたときいております。猿橋賞の名に恥じることなく、研究者として生き物に謙虚に向き合い、また生き物の美しさを知ることの喜びを後輩達に伝えていきたいと思います。

【猿橋賞とは】

猿橋勝子博士(1920-2007)によって1980年に創立された「女性科学者に明るい未来の会」を母体として、毎年1名、自然科学分野において優れた研究をおさめた女性研究者に贈られる賞。

【猿橋勝子博士とは】
地球化学者として世界的業績を残した研究者。海水中に含まれる微量物質の検出と分析に関して、卓越した技術と解析力を発揮した。1954年、ビキニ環礁沖で行われた米国水爆実験の犠牲となった第五福竜丸事件にあたっては、海水の汚染濃度を正確に分析し、米国の圧力に屈することなく被爆と汚染の実体を明らかにした。猿橋氏は自身の研究のみならず、我が国における女性研究者の地位向上に多大な貢献をした。「女性科学者に明るい未来の会」は、猿橋博士が私財を投入するとともに、本会の趣旨に賛同した友人の寄付などによって創立された。

【研究業績要旨】

第30回 猿橋賞受賞者 高橋淑子氏の研究業績要旨
受賞研究題目 「動物の発生における形作りの研究」
Studies on organogenesis during vertebrate development

高橋淑子博士は、動物の個体発生にみられる形作り(形態形成や組織形成)のしくみを、細胞の挙動や遺伝子制御の観点から理解する研究を行ってきた。特に高橋氏が注目したのは、隣り合う細胞あるいは組織の間に働く相互作用の実体とその役割である。これらの相互作用がうまく機能するような 細胞--組織--個体 のつながりを、それを制御する遺伝プログラムの視点から理解しようとする研究では、従来型のアプローチでは限界があり、独自の解析法を考案する必要がある。以下、高橋氏の研究成果の代表例を概説する。

<細胞変化と組織作りを結びつける「司令塔」の発見>
胚内で新たに3次元的な組織がつくられるとき、しばしば細胞の形態変化を伴う。しかしこれら2種類のイベントが独立に進行するのか、あるいはなんらかの共通シグナルの元で統合的に制御されているのかについてはほとんど知られていなかった。これらの問題を解くために、高橋氏は初期胚における体節分節を新しい解析モデルとして確立した。
体節は骨や筋肉の前駆体であるが、初期体節の形成過程では、もとは一続きであった組織の中に次々と「切れ目」が生じ、その結果として多くの小組織が生み出される。このとき、切れ目部分の細胞の形態も劇的に変化する(間充織--上皮転換)。高橋氏はまず、トリ胚の移植操作を利用して、切れ目付近の細胞が、「はさみ能力」をもつことを見いだした。次に、はさみ能力の分子実体がエフリンであることを明らかにした。エフリンは隣接する細胞間で働く「反発分子」として知られる膜タンパク質である。エフリンさえ働けば、体節にハサミが入って切れ目ができるのである。この証明のために用いた解析は、ニワトリ胚の移植操作と、高橋氏が独自に考案した体節への遺伝子導入法とを組み合わせたものである。
さらに、エフリンが働くとその細胞は形を変えて上皮細胞になることを見いだした。このようなエフリンの「ダブル技」によって、切れ目が作られると同時にその付近の細胞が上皮構造をとることを示した。このように組織構築(細胞集団)と細胞の形態変化(一つの細胞)を同時にコントロールする「司令塔」の存在の報告は世界でもほとんど例がなく、先駆的な研究と評価されている。

<連続した組織形成には同じ遺伝子が繰り返し使われる> 
高橋氏は、体節の切れ目付近に存在していた細胞が移動して背側大動脈まで辿り着き、そこで血管内皮細胞をつくるという、全く予期せぬ現象を見いだした。血管をつくる前駆細胞が「遠方」から移動する例として世界で最初の報告となり、ハサミ分子として働いたエフリンが、そのまま血管細胞の移動と分化に「転用(或はリサイクル)」されるという新規概念を創出した。

<生体内のさまざまな出来事を俯瞰する研究>
胚内において、さまざまな組織が絶え間なく、かつスムーズに進行するしくみは、いまだ多く謎に包まれている。「切れ目」と「血管形成」は、胚内では連続的に起こる現象であるが、両者を結びつける遺伝プログラムの仕掛けは、明らかではなかった。高橋氏のこれらの研究は、発生生物学及び生命科学の分野で独創性の高い研究として高く評価されている。

【高橋 淑子(たかはし よしこ)氏の略歴】

現職:奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科 教授
住所:〒630-0192 奈良県生駒市高山町8916-5

1960年6月生まれ(広島県広島市出身)

1979年 ノートルダム清心高等学校卒業
1983年 広島大学理学部生物学科卒業
1985年 京都大学大学院理学研究科生物物理学専攻修士課程修了(理学修士)
    指導教官 京都大学理学研究科 岡田節人教授
1988年 京都大学大学院理学研究科生物物理学専攻博士課程修了(理学博士)

    指導教官 京都大学理学研究科 竹市雅俊教授
    博士論文題目 「δクリスタリン遺伝子の組織特異的な発現制御」
1988年 CNRS(フランス)発生生物学研究所客員研究員
1991年 オレゴン大学(アメリカ)客員研究員
1994年 コロンビア大学(アメリカ)客員研究員
1994年 北里大学理学部生物科学科専任講師
1997年 北里大学理学部生物科学科助教授
1998年 奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科助教授
2001年 理化学研究所 発生再生科学総合研究センター チームリーダー
2005年 奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科教授

学会・社会活動(抜粋)
・内閣府・総合科学技術会議専門委員
・文部科学省 科学技術・学術審議会専門委員
・世界トップレベル研究拠点(WPI)プログラム委員会作業部会委員
・学術誌「Science(米国)」のBoard of Reviewing Editors
・日本発生生物学会運営委員
・日本細胞生物学会評議員

・独立行政法人日本学術振興会学術システム研究センター専門研究員

NEWS & TOPICS一覧に戻る