合成途上のタンパク質が一時停止、そのわけは? ~リボソームトンネル内での構造をクライオ電顕により明らかに~

研究成果 2019/07/18

合成途上のタンパク質が一時停止、そのわけは?
~リボソームトンネル内での構造をクライオ電顕により明らかに~

【概要】

 ミュンヘン大学のRoland Beckmann(ローランド・ベックマン)博士、ストックホルム大学のGunnar von Heijne(ギュナー・フォン・ハイネ)博士、奈良先端科学技術大学院大学(学長:横矢直和)研究推進機構の河野憲二特任教授らを中心とした共同研究グループは、小胞体ストレス応答(UPR)に重要な役割を演じるヒトXBP1uタンパク質が、合成途上のリボソーム内で一時停止する原因を、最新のクライオ電子顕微鏡を用いた立体構造解析により初めて明らかにしました。

 生物のタンパク質合成は、リボソームというタンパク質合成マシーン上で、アミノ酸が次々と効率よく付加され合成されていきます。この合成されたタンパク質により生命は維持されているといっても過言ではありません。従ってこの過程がスムーズに進まずタンパク質の合成が抑えられるような状況が生じると、生物が生きていくことは極めて難しくなってしまいます。しかしながら、高等動物由来のXBP1u (X-box binding protein 1, unspliced form)タンパク質は、驚くべきことに合成途上で翻訳が一時停止することがその生理機能にとって必須であることが分かっている、非常にユニークな性質を持ったタンパク質です(柳谷ら, Science, 2011)。

 今回、翻訳停止を起こした合成途上のXBP1uタンパク質とリボソームの複合体をクライオ電子顕微鏡(低温電子顕微鏡)技術を用いて観察したところ、翻訳停止に必要な25アミノ酸残基の一部がリボソームトンネル内でターン構造を生じリボソーム分子と相互作用した結果、ペプチド鎖を転移する部位(PTC: peptidyl transferase center)に歪みを生じ、次のアミノアシルtRNAがA部位に入るのを妨害しているために起きていることが明らかとなりました。

 本研究は、翻訳の一時停止が生理的に機能を持つ、高等動物細胞で現在分かっている唯一のタンパク質であるXBP1uが、どのような原因で翻訳停止を起こすのかを原子レベルで明らかにした初めての報告です。また、この翻訳停止が(完璧でなく)一時的なレベルで起きるようにするため、停止が中途半端な強さになるようアミノ酸配列を進化的に保存していることも明らかになりました。

 この一時停止を利用して、小胞体ストレスの情報を小胞体から核に効率良く伝えていることは、私達は既に報告しています。このことから、生物がいろいろなストレスに対応して生存していくために、実に巧妙な進化を遂げていることが示唆されました。

 本研究成果は、2019年7月12日(日本時間)に英国の生命科学系学術誌 eLife に掲載されました。

 また、本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業の補助を受けて行われた研究です。

【背景と目的】

 一般にゲノムに書き込まれた遺伝子情報はメッセンジャーRNA(mRNA)にコピーされます。そして、タンパク質合成マシナリーであるリボソームがmRNAにコードされた情報を翻訳することで、タンパク質を合成します。このタンパク質合成反応を翻訳といい、その反応が停止する現象を翻訳停止といいます。

 翻訳停止という現象は、タンパク質を作るうえでは当然マイナスであり、通常生物にとって良いことではありません。実際タンパク質合成が停止すると、作りかけのタンパク質などは分解・除去されることが知られています(リボソームによる品質管理:RQC)。しかし近年、翻訳停止が生理的に意味をもつ場合があることが大腸菌を用いた研究などで明らかとなってきました。

 一方、哺乳動物において生理的に意味のある翻訳停止をすると確認されているタンパク質は、現在のところ私達が明らかにしたXBP1uタンパク質だけです。XBP1uは小胞体ストレスの情報を小胞体から核に効率良く伝える重要な役割をしています。細胞小器官の小胞体はタンパク質の製造工場として重要な役割を担っていますが、種々のストレスにより小胞体に構造異常タンパク質が蓄積することが分かっており、この状態は小胞体の機能を阻害するため、小胞体ストレスと呼んでいます。細胞にはこの異常を解消するための小胞体ストレス応答機構UPR (Unfolded Protein Response)が備わっており、XBP1(X-box binding protein 1)遺伝子は小胞体ストレス応答の中心的な役割をする因子です。もし小胞体ストレス応答が機能しないと、細胞死が誘導され、個体レベルでは病気(糖尿病、大腸炎、神経変性疾患など)の要因となることも報告されています。

 当研究室は、先行研究においてXBP1uというタンパク質が翻訳停止配列を持ち、この翻訳停止を利用して疎水性領域がシグナル識別粒子(SRP)に認識され、小胞体膜上にXBP1u mRNAを効率よく運んでくることを明らかにしてきました。しかし、XBP1uタンパク質が、どのようなメカニズムで翻訳一時停止を起こすのかについては構造レベルでは全く分かっていませんでした。

 今回、翻訳停止を起こした合成途上のXBP1uタンパク質とリボソームの複合体を最新のクライオ電子顕微鏡(低温電子顕微鏡)技術を用いて観察した結果、翻訳停止しているXBP1uタンパク質の高次構造が原子レベルで明らかとなりました。図1に見られるように、249番目から256番目のトリプトファン(Trp)までのアミノ酸8残基がターン構造をとり、そのうち5アミノ酸がrRNAと相互作用し、251番目のアルギニン(Arg)は257番目のリジン(Lys)と水素結合し安定なターン構造を支えていることが分かりました。さらに259番目のロイシン(Leu)がrRNAのC4398と相互作用し、Aサイトに入ってくるA-tRNA (Asn261-tRNA)のためのスペースを狭くしており、Asn-tRNAがAサイトに入りにくい状況を作っていることが分かりました(図1の右側拡大図参照)。

 つまり、翻訳停止に必要な25アミノ酸残基の一部がリボソームトンネル内でrRNAと相互作用した結果安定なターン構造を形成し、結果としてペプチド鎖を転移する活性部位(PTC: peptidyl transferase center)に歪みを生じ、次のAsn-tRNAがA部位に入りにくくなっているために翻訳の一時停止が引き起こされていることが明らかになりました。

 この他にも、(1)XBP1uがSRPやSec61分子と結合した時の立体構造、(2)この翻訳停止が完璧な停止を引き起こすのではなく一時的なレベルで起きるようにするため、停止が中途半端な強さになるようなアミノ酸配列を進化的に保存していることなども明らかになりました。これらの事実から、生物はいろいろなストレスに対応して生存していくために、実に巧妙な進化を遂げてきていることが示唆されました。

図1

【図1】 リボソームトンネル内でXBP1uが翻訳停止をした時の停止ペプチドの模式図。
 アミノ酸に記入された数字は、XBP1uアミノ末端からの残基数。260番目のメチオニン(Met)がPサイトで停止している。青色から赤色への変化は、そのアミノ酸が翻訳停止にどれほど大きく貢献しているかを強から弱の順で表している。薄い青色で示したアミノ酸8残基がターン構造を形成している。

 右側の拡大図はA-tRNAがAサイトに入りにくくなっていることを示している図(本文参照)。

uL4, uL22:リボソームトンネルの狭窄部位を形成するリボソームタンパク質

A-tRNA:アミノアシルtRNA

P-tRNA:ペプチジルtRNA

PTC:ペプチジル転移活性部位

【今後の展開】

 XBP1uの停止ペプチドはリボソームトンネル内で特殊なターン構造を作り、それが要因となり一時停止をしていることが分かりました。翻訳停止ペプチドに関しては、大腸菌のSecMなどで研究されていますが、このようなターン構造を取ることにより一時停止を起こしているのは初めての例になります。

 XBP1uは一時停止を起こすだけでなく、SRP経路を利用しているにも関わらず小胞体膜通過をしにくいこと、また、XBP1 mRNAは細胞質で唯一の特殊スプライシングを受けるmRNAであり、その1つのmRNAに2つの異なる機能を持つタンパク質をコードしていることなど、大変ユニークな性質を持つタンパク質です。このような一風変わったタンパク質が線虫からヒトに到るまで高度に保存されているような例は、今のところ見つかっていません。

 今後は、XBP1のような多機能遺伝子がなぜ進化的に必要とされ、またどのように作られてきたのかについてさらに追求していきたいと思っています。

【掲載誌】

総合科学誌:eLife, 8, e46267 (2019), DOI: 10.7554/eife.46267, PMID: 31246176
論文タイトル:Structural and mutational analysis of the ribosome-arresting human XBP1u.

【本研究の研究助成金(日本分)】
日本学術振興会 科学研究費助成事業
新学術領域研究「新生鎖の生物学」JP26116006
計画研究代表者:河野憲二(奈良先端科学技術大学院大学)

【用語解説】

  1. 小胞体:
    細胞の中に張り巡らされた膜で覆われた小器官で、細胞の外で働く分泌タンパク質や細胞膜のタンパク質はここで折り畳まれて、目的地に輸送される。
  2. メッセンジャーRNA:
    タンパク質を作るためのアミノ酸配列が書き込まれている。細胞の核内にある遺伝物質DNAからコピーされて作られる一本鎖のリボ核酸。通常mRNAと書き表す。
  3. リボソーム:
    mRNAに書き込まれているアミノ酸配列情報に従って、アミノ酸を一つずつ付加してタンパク質を作る翻訳マシーンである。
  4. 翻訳停止:
    合成途上のペプチドの状態で次のアミノ酸が付加されずに止まってしまうこと。
  5. 異常タンパク質:
    リボソーム上で合成されたタンパク質は、合成直後は一本のヒモであり、これが正しく折り畳まれ正しい立体構造をとって初めて生理機能をもつタンパク質となる。異常タンパク質とはこの折り畳みに失敗したタンパク質のことで、正常な機能を失っているだけでなくタンパク質同士が凝集を起こすと細胞に障害を与えることになる。
  6. クライオ電子顕微鏡:
    低温電子顕微鏡とも言われ、試料を液体窒素などにより低温固定し透過型電子顕微鏡により観察する方法。観察により得られたマスデータを統計学的に処理し、結晶化の困難な試料も近原子分解能での解析が可能で、近年ウィルス、リボソーム、膜タンパク質などの構造解析に多用されている。

【お問い合わせ先】

奈良先端科学技術大学院大学 研究推進機構 河野特任研究プロジェクト 河野憲二
TEL:0743-72-6230 FAX:0743-72-5615 E-mail:kkouno@bs.naist.jp

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