平成19年度 学位記授与式を3/24挙行

イベント報告 2008/04/09

3月24日(月)、ミレニアムホールにおいて学位記授与式を行い、先端科学技術の将来を担う411名の修了者を送り出しました。
授与式では、安田学長より学位記が手渡され、式辞が述べられた後、金森順次郎(財)国際高等研究所長及び福森 孝司 本学支援財団専務理事(田代 和 本学支援財団理事長代理)より祝辞が述べられました。
また、本学支援財団が優秀な学生を表彰するNAIST最優秀学生賞の表彰を行い、13名の受賞者に同支援財団から賞状及び賞金が贈られました。

【修了者数】()内は短期修了者数。
○ 博士前期課程分
・情報科学研究科 154名(6名)
・バイオサイエンス研究科 107名
・物質創成科学研究科 90名
計 351名(6名)

○ 博士後期課程分
・情報科学研究科 24名(4名)
・バイオサイエンス研究科 18名(1名)
・物質創成科学研究科 16名(2名)
計 58名(7名)

○ 論文博士分
・情報科学研究科 2名
計 2名
総計 411名(13名)

【安田学長式辞】
本日、奈良先端科学技術大学院大学の修士、博士の学位を取得されました皆さん、おめでとうございます。ご来賓の方々、本学の教職員や学生諸君一同とともに、心よりお祝い申し上げます。ご家族やご友人、指導教員の皆様にも、様々なご支援に対し感謝申し上げるとともに、心よりお祝い申し上げます。
本日学位を授与された皆さんは、自身の努力と勉学の成果に対し、自信と誇りを持って輝かしい人生を切り開いていただきたいと思います。しかし、皆さんの今日があるのは、周囲の皆さんの暖かいご支援の賜であり、感謝の気持ち忘れないでいただきたいと思います。
平成十八年から昨年半ばまでの大学の研究に関する新聞ニュースは悲惨なものでした。論文の捏造問題と研究費の不正使用問題でした。クローン技術を使ったヒトの胚性幹細胞の作成に成功したというニュースが、病気に悩む人々にとって再生医療の切り札になる朗報として新聞やテレビで大きな話題になったのが、平成十六年です。しかしその後、この実験結果が再現できない、実験に用いた材料がなくなっているなど、研究成果を巡る捏造疑惑や不正について報道されました。最終的に審査委員会が設けられ、一連の研究結果が捏造であることが発表され、この事件に決着がつきました。研究成果の疑惑報道に関しては、韓国だけでなく日本でも、東京大学、大阪大学の研究成果などが新聞の一面をにぎわしました。
しかし、昨年から今年にかけては、科学の世界や本学にとってもうれしいニュースがほぼ連日報道されています。京都大学の山中伸弥教授のiPS細胞が新聞やテレビニュースでノーベル賞に値する日本の研究成果として日々報道されていますので、ご存知だと思います。
山中教授は、平成十一年に本学の遺伝子教育研究センターの助教授として赴任され、本学で新しい研究に挑戦されました。ES細胞がなぜ様々な細胞に分化できるかという謎を遺伝子レベルで解き明かそうという挑戦でした。本学における一連の研究成果が、iPS細胞に関わる研究に実を結んだのです。皆さんの先輩に当たる学生諸君が、これら一連の研究の推進役となり、現在も日本と米国の山中教授の研究室で活躍しています。
生物の中には、体の一部から器官や個体を作る現象が昔から知られています。再生という生物が持っている能力です。例えば、イモリは足を失っても、元と同じ足を再生できます。眼の水晶体を失っても再生できます。トカゲは敵に襲われたとき、尻尾を切って逃げますが、きちんともどおりに尻尾ができます。クラゲは数個の細胞から個体を再生できます。しかし、私たち人は、切り傷を治す程度の能力は保持していますが、このような組織や器官を再生する能力を持っていません。私達の体を構成する全ての細胞は、次世代に受け継がれる卵子や精子という生殖細胞と一代限りの心臓や脳などの体細胞からできています。体細胞も受精卵と同じDNA情報を持っているのですが、受精卵のように多分化能を発揮できません。人でも受精卵では、体を作るすべての情報が読まれますが、体細胞では、個々の組織や器官を作るのに必要な一部の情報しか読まれないようになっています。なぜでしょうか。
この問題に最初に挑戦したのは、イギリスの研究者ガードン博士で、カエル卵の核を除去して、表皮の細胞の核を核移植して、カエルを造ることに一九六四年に成功しました。すなわち、体細胞の核も体全体を作るように情報が読まれたことを意味しています。この時から、「核の初期化」の問題として発生学では大問題でした。この問題は、哺乳類に引き継がれました。マウスや羊のドリーの誕生で一躍有名になり、先ほど述べましたヒトクローン胚の作成につながります。ヒトクローン胚の場合には、他人の卵子を用いるという倫理的に大問題を抱えていましたが、山中教授のiPS細胞は、本人の体細胞を用いるので、この宗教にも関わる大問題をクリアできます。
山中教授は、最低四種類の遺伝子を細胞に導入すれば、少なくとも全能性に近い多能姓を持った細胞、iPS細胞作成が可能であることを実験で証明しました。多数の遺伝子の中から、四種類の遺伝子で十分であることを証明するためには、アイデアは勿論、忍耐強い努力と新しい技術を導入することが必要です。努力に対しては女神も舞い降り、幸運をもたらします。平成十八年の九月の終了式で、山中先生の研究を紹介した際、「近い将来、全能性を持つヒトクローン胚が可能となり、夢の再生医療が現実のものとなりそうです。」と感想を述べました。この時点では、マウスの話でしたが、この論文発表に伴い、世界の研究者がiPS細胞作成に関する研究に一斉に参加し、熾烈な競争が始まり、その後、予想以上に研究が進展しまた。昨年には、山中教授と同時に米国の研究者が、ヒトの皮膚の細胞に四種類の遺伝子を導入し、心臓、筋肉や神経細胞に分化できる細胞、iPS細胞を作れることを発表しました。また、iPS細胞を用いてマウスの病気を治療する試みが成功しています。
山中教授のiPS細胞は、この体細胞を受精卵と同じように個体を作れる全能性を持つ細胞に変える夢の技術開発です。免疫拒否の問題や他人の卵子の使用という倫理的な大問題を排除できるからです。しかし、実際に人への応用までにはまだまだ解決しなければならない問題をたくさん抱えています。現在、国を挙げて、山中教授のiPS細胞を実際の治療に役立てる支援体制が発足しましたので、再生医療に応用できる日もそう遠くはないことでしょう。
 皆さんは、今日まで学位を取得するという皆さんの人生の一つの目標を達成するために、本学で情報、バイオ、物質という最先端の科学技術の分野で研究課題に取り組み、研究にまい進して、論文として発表されました。その間、電子ジャーナルやネットワークなどの様々な手段を用いて世界の情報を日々追う生活を送られたことと思います。最新情報の大海の中で情報に追われ、大切で本質的な情報を認識することは容易ではありません。
長い人生の中で学位取得は、新たな目標に向かっての出発点です。この際、多少人生について考える余裕の時間を積極的に持っていただきたいと思います。先人が残した古典をじっくりと時間をかけて読み解く読書もその一つです。「温故知新(おんこちしん)」という言葉をお聞きになったことがあると思います。今から約二千五百年前の孔子の言行や問答を集録した書物「論語」にある言葉です。私の高校生時代には「ふるきをたずねてあたらしきをしる」と習いましたが、「ふるきをあたためてあたらしきをしる」という読み方も昔からあるようです。過去と現在では、社会的な条件はまったく異なっています。政治、経済の体制、食べ物から衣服、交通手段などの生活環境もちろんのこと、情報技術などは問題外です。しかし、人間関係や人生観など、人が生きていくうえで本質的なことは、現在のように複雑な社会条件に影響を受けない昔の社会の方がむしろ人生の本質を見抜くには良い時代であったと思います。現在のように無数の情報の海の中にいると、自分の位置を見失うのではないでしょうか。自分の立ち位置を見極め、自己を確立するためにも、日本や海外の古典を今一度の手に取り、じっくりと読書に浸る時間をぜひ持ってください。皆さんの挑戦を待っている解決されていない問題が、情報、バイオ、物質の分野に限らず、研究課題も古典といわれる本や論文の中にまだまだ埋もれています。
皆さんは、今後それぞれ国際的に競争の激しい最先端の分野で研究や様々な業務に携わることになると思います。学位取得までに皆さんが直面した問題とは異なる問題に直面するでしょう。しかし、皆さんが本学で経験した、様々な苦労や体験がそれらの問題解決に大いに役立つと確信しています。一つの研究課題を達成する過程で、皆さんには様々な問題が降りかかったことだと思います。実験結果が予想に反したこと、実験に失敗したこと、実験が再現できないこと、実験アイデアが浮かばないなど、さまざまな困難に直面し、経験を積まれたことと思います。また、国内外の学会や研究会に参加し、最先端の研究成果を発表し、他の研究者から賞賛を得る、また時には先を越されるという一喜一憂の経験をされたことと思います。しかし、皆さんはこのような困難を克服されて今日を迎えました。自信を持って、これからの人生を送って頂きたいと思います。
しかし、悩むこともあると思います。その時には、本学で培った人脈が大いに役立つことと思います。是非、本学の教職員や先輩、同僚などの本学での人脈を活用していただきたいと思います。そのために、本学は修了生終身メールアドレスを与え、NAISTネットを介して、修了生諸君、また本学との間に人脈を築くシステムを構築しました。「温故知新」の対象として、本学があってよいと思います。また、博士前期課程修了生の皆様は、日本の各界で活躍されることになりますが、今後益々先端科学技術の知識体系が要求されると思います。社会で活躍しながら、同時に本学の博士後期課程に在籍し、人生を過ごす時間を持つこともお願いしたいと思います。
皆さんがグローバル化しつつある世界の舞台で、本学出身であることに誇りを持って、大いに活躍されることを期待して私のお祝いの言葉といたします。

平成20年3月24日
奈良先端科学技術大学院大学
学長 安田 國雄

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