〔プレスリリース〕酵母が環境に合わせて発酵力を変える仕組みを解明 自在に能力を高める「発酵デザイン技術」の確立へ ~清酒酵母の高発酵力の原因も明らかに~

研究成果 2018/10/22

 奈良先端科学技術大学院大学(学長:横矢直和)先端科学技術研究科バイオサイエンス領域ストレス微生物科学研究室の渡辺大輔助教、高木博史教授の研究グループらは、酒づくりの過程で酵母が発酵する際に、糖など環境中の栄養状態を感知し、そのシグナル(情報)を伝達して発酵力を変えるという重要な仕組みを初めて解明しました。さらに、日本特有の清酒酵母が本来持っている高発酵力を生み出すメカニズムとして、発酵の初期の段階で、発酵のブレーキ役の酵素の働きが抑制され、エンジン役となる酵素の複合体が活性化されていることも明らかにしました。これで、酒やパンなどの発酵技術で酵母の発酵力を自在に改変する「発酵デザイン技術」に結びつくことが期待できます。

 酵母は、アルコール発酵によって糖類からエタノールと二酸化炭素を生成し、酒類、パン、バイオエタノールなどの製造に不可欠な微生物です。ところが、酵母の発酵力を人為的に改変することは容易ではなく、発酵産業において解決が望まれていました。一方、発酵産業において用いられる実用酵母菌株には、高い発酵力を有するものが多数存在しますが、その原因についてもほとんど明らかにされていませんでした。そこで、本研究では、我が国独自の微生物資源であり、実用酵母菌株の中でも高い発酵力を有する清酒酵母に着目することで、酵母が発酵力を調節するメカニズムの理解を目指しました。

 酵母は、環境中の栄養源に応答して発酵力を変化させることが知られています。このことから、真核生物(核を持つ生物)に広く保存された、栄養状態を感知し伝達する調節システムの主役として知られるプロテインキナーゼ(タンパク質リン酸化酵素)の複合体(TORC1)に着目しました。その結果、TORC1を活性化させると発酵の立ち上がりの勢いが強くなる現象を見出しました。さらに、TORC1に続いて働く発酵のブレーキ役のGreatwall(グレイトウォール)というプロテインキナーゼと、エンジン役のプロテインフォスファターゼ(タンパク質加水分解酵素)の複合体(PP2AB55δ)も発酵力の調節に必須であることを明らかにしました。清酒酵母でこのシグナル伝達経路を解析したところ、発酵初期においてTORC1活性が高く、Greatwallの機能が欠損していたことから、PP2AB55δが強化されている可能性が示唆されました。実際に、清酒酵母においてPP2AB55δを欠損させると発酵力が顕著に低下したことから、PP2AB55δが清酒酵母の高い発酵力を生み出す原因であることが証明されました。

 本研究で得られた知見を応用することで、実用酵母菌株の発酵力を自在に改変することが可能となり、発酵産業にとって有用な「発酵デザイン技術」の確立が期待されます。また、TORC1、Greatwall、PP2AB55δは、いずれも真核生物に高度に保存されていることから、より高等な生物における炭素代謝調節メカニズムの解明にも貢献できると考えられます。

 この研究成果は、米国微生物学会の学会誌であるApplied and Environmental Microbiology誌オンラインサイトに平成30年10月19日付で掲載されました。

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