バイオサイエンス領域
蛋白質デザイン工学研究室
准教授
チェク・ミンフェイ Chek Min Fey
生分解性プラスチックを生成する酵素の構造を解明
カネカと共同研究、SPring-8で解析
石油から造られるプラスチックは軽く、形や柔らかさなども自由に加工でき、とても便利な材料です。包装や容器の身近な製品から自動車・家電など工業製品の部材まで大量に使われ、プラスチックなしで日常生活は成り立ちません。しかし化学分解が難しく、廃棄による環境汚染と人体への悪影響が深刻になっています。石油由来のため、資源の枯渇も社会的な課題です。バイオサイエンス領域・蛋白質デザイン工学研究室のチェク・ミンフェイ准教授は、自然分解する生分解性プラスチックの植物由来原料「ポリヒドロキシアルカン酸(PHA)」を合成する最重要な酵素の全体構造を世界で初めて解明しました。PHAは飲食店チェーンのストローなどで実用化され始めた有望な材料で、解明は新たな機能開発やコスト競争力の改善につながる成果として大きな期待が寄せられます。チェク准教授は「再生可能でサステナブル(持続可能)なプラスチック代替材料として用途を増やしたい」と、意欲を高めています。
チェク准教授は2025年5月に本学の箱嶋敏雄名誉教授らと、カネカとの共同研究でPHA合成酵素の立体的な全体構造をX線結晶構造解析により解き明かしました。X線結晶構造解析は光の回折現象を応用し、X線を結晶に照射し得られる回折のパターンから、結晶中の分子の立体配置を解明する方法です。研究チームは組成が部分的に不安定で困難だった合成酵素の結晶化に成功し、SPring-8(スプリングエイト)などのシンクロトロン光発生加速器による放射X線で結晶の微細構造の解析を試みてきました。
飲食店チェーンがストロー材料に採用
その結果、PHA合成酵素が化学反応を活性化する部位と触媒の活性化を担う箇所からなることや、PHAの素材となる基質分子を取り込む経路や生成されるPHAの排出経路が初めて可視化されたのです。酵素活性を高めると知られていた変異部位が、生成物排出経路の出口付近に位置することなども分かりました。PHA合成酵素は3-ヒドロキシ酪酸CoAなどのモノマーを重合し、高分子ポリエステルを合成しますが、基質の選別や重合反応、生成物排出の詳細な仕組みは十分に解明されていませんでした。構造の解明は分子レベルで理解する重要な手がかりとなります。特に、酵素が活性化する仕組みと触媒反応の全体像が明確となり、高分子量で高性能なPHAの高効率生産や、分解速度と物性を自在に調整し用途に合わせた生分解性プラスチックの実現が見込まれます。カネカはPHAを合成する酵素を有用な微生物から見出してPHAの開発・工業生産に成功し、飲食店チェーンが環境負荷の低い材料としてストローに採用しています。ほかに包装材や農業用フィルム、医療機器など多様な分野での応用も期待されています。
石油由来のプラスチックは分解されず自然界に蓄積され、海洋では5ミリメートル以下に微粒子化したマイクロプラスチックが魚介の食物連鎖を経由して人体に取り込まれる危険性が指摘されています。これに対しPHAは微生物がいわば保存食として細胞内で合成・蓄積する天然由来のポリエステルで、土壌や海、川、池に存在する微生物により自然に分解されます。工業生産では再生可能な植物油などを原料に、微生物による発酵で造られます。チェク准教授は「PHA合成酵素の構造が分かれば、必要な機能を得るための変異を起こす人工的な改良が可能になる」と、優位性を説きます。例えば熱に対し安定する機能を付加できれば、製造工程で冷却するエネルギーが少なくてすみ、石油由来のプラスチックに比べ高いコストを減らせます。柔らかさを変えるなど、用途に合わせた機能開発も見込めます。
同じ研究をしている大学は見当たらず
生分解性プラスチックの実用化ではポリ乳酸が工業生産と用途開発で先行していますが、分解が進むには高温状態にするコンポスト(堆肥)などの環境設備が必要です。この点も、自然分解するPHAは優位性があります。ただ残留プラスチックの問題解決では、ポリエチレンテレフタレート(PET)を栄養源として分解する微生物の探索をはじめ、分解技術の研究が盛んになっている現状があります。20世紀前半に発見され工業生産も比較的早かったPHAは、かつて米国や韓国など世界の大学で人気の研究でした。しかしPHA合成酵素の構造解析が難しく、目にみえる成果は減ってきています。チェク准教授は「この研究を続けているのはおそらく私ぐらいしかいないでしょう」と、自負します。特に合成酵素の結晶を造るのが困難で、チェク准教授はそれに数年を要しました。PHAに再び脚光が当たり始めたのは、プラスチックの廃棄が避けられない社会問題となり、カネカなどが事業に参入した2000年代からです。
チェク准教授は4月に助教から昇進して蛋白質デザイン工学研究室を立ち上げたばかりですが、母国のマレーシア科学大学で学んでいたころから生分解性プラスチックの研究を一貫して続けてきたプロフェッショナルです。スキューバダイビングやトライアスロンなどマリンスポーツが得意なチェク准教授は、プラスチックによる海洋汚染に心を痛め、生分解性プラスチックの研究を志しました。学生時代には大学で食堂の食べ物を持ち帰るプラスチック容器の廃止キャンペーンを主導し、成し遂げたエピソードもある信念と行動力の持ち主です。その後、マレーシア科学大学との学術交流協定を結ぶ本学へ2013年に国費留学し、蛋白質工学研究室(箱嶋研究室)と環境微生物学(吉田研究室)でさらに知見を深め、PHA合成酵素の構造解明に至ったのです。
「閉じた状態」の解明が次の研究チャレンジに
本学では試料の研究設備が整い、同じ関西地域にあるSPring-8を直接訪れ高度な解析ができる地の利にも恵まれました。チェク准教授は2025年度、バイオサイエンス領域の優れた若手教員を顕彰する「梅園賞」を受賞しました。日本の生分解性プラスチック研究を代表する土肥義治先生(SPring-8の運営機関である高輝度光科学研究センターの前理事長)からは、研究成果を称える短歌が個人的に贈られました。PHA合成酵素は全長が開くオープンと閉じるクローズの状態があり、構造を解明したのはクローズの状態です。オープンの状態は不安定のため、チェク准教授は「解析はまだかなり難しい」と明かします。オープンとクローズでは構造や働きがかなり変わると予測し、オープンの解明が次の研究チャレンジになるといいます。PETを分解する微生物Ideonella Sakaiensis(I. Sakaiensis)の研究で有名な吉田研究室で取り組んだ、石油由来のプラスチックの分解酵素の構造研究を継続しています。チェク准教授は「石油由来のプラスチックで分解の解明が進むのは、I. Sakaiensisぐらいしかないでしょう」と、重要性を指摘します。
蛋白質デザイン工学研究室は学生5人でスタートしました。出身国は日本のほか中国、インドネシア、マレーシア、タイと国際色豊かです。チェク准教授は日本語、英語、中国語(北京語と広東語)、マレー語を操るマルチリンガル。研究室では英語を中心にコミュニケーションし、日常生活で大切になる日本語も織り交ぜています。本学では附属デジタルグリーンイノベーションセンター(CDG)国際連携部門長などの役職も兼務。東南アジアをはじめ海外で培ってきた人的ネットワークに強みがあるため、留学生の獲得などで頼りにされています。2児の父親で、家庭でも多忙です。

