人口減少社会が到来 大学の研究力と人材輩出力が人口減少社会の課題解決に活かされる時代に
2026年7月17日に本学で開催された講演会「先端科学技術は日本を救うか? ~人口減少社会で求められること~」では、大学によるイノベーション(技術革新)の創出や生産性の向上が、人口減少社会の課題解決に果たし得る役割に焦点を当て、教職員・学生による率直な議論が交わされました。講演者で本学客員教授の河合雅司氏(一般社団法人人口減少対策総合研究所理事長・東京財団シニア政策オフィサー)は、人口の急減が避けられない現状をデータで示し、人工知能(AI)やロボティクス(ロボット工学)が、この国難を乗り切るカギになるという期待を表明しました。本学は2024年度に「地域中核・特色ある研究大学強化促進事業」(J-PEAKS)に採択され、生産年齢人口が減少する中で国際的な視野を持つ研究開発人材を継続的に輩出するとともに、情報科学・バイオサイエンス・物質創成科学の強みを融合した研究の自動化・自律化により、我が国の研究開発力を維持・強化するミッション(使命)を担っています。参加した教職員と学生にとっては、本学の高度な研究と人材輩出力が社会課題の解決に果たす役割について考える機会となりました。
2070年には7000万人以下に 影響を受けるのは若い世代
本学で河合氏が講演を行ったのは、2025年10月23日にミレニアムホールで開催した「NAIST×J-PEAKSキックオフシンポジウム」以来です。塩﨑一裕学長は講演会の冒頭で、「シンポジウムでは河合氏に人口減少社会における科学技術・大学の役割と、本学のJ-PEAKSについて非常に有益な視点をいただいた」と、挨拶しました。「将来にわたり社会に大きな変動を起こす人口減少で最も影響を受けるのは、学生をはじめ若い世代です。理解を深め20年、30年後の社会について議論するまたとない機会としてほしい」と、強い期待を表明しました。
河合氏は作家・ジャーナリストで、少子高齢化による人口減少で我が国に起こり得る様々な問題を、分かりやすく具体的に解説したベストセラー「未来の年表」シリーズの著者です。講演会では2025年の国勢調査をもとに、死亡数が出生数を大幅に上回り、日本人の人口が毎年約90万〜100万人(人口の約1%)のペースで減少している現状について説明。特に20〜64歳の「現役世代」が毎年約65万人減少し、現在の約1億2千万の人口が、2070年には7000万を下回ると語りました。河合氏は「皆さんが思っているよりも早くこの国は小さくなり、人がいなくなる流れになっている」と、警鐘を鳴らしました。また、これからは75歳以上の人口が増え、74歳以下の高齢者(65歳以上)が減るため、高齢者の中でも高齢化が進んでいると指摘しました。高齢者サービスの担い手不足と財政力の低下から、いずれ高齢社会を支えられなくなることが予測されます。河合氏は「本来ならばテクノロジー(科学技術)の出番だが、身体と認知の機能が衰える高齢者の日常を実際に手助けできる道具(技術)がまだ現れていない。これをぜひ作ってもらいたい」と、参加者に訴えました。こうした課題の解決に向け、本学の英知を結集したイノベーションが求められています。
緊急を要するサービスの担い手不足は、医療現場で顕在化しています。医師も高齢化し、身近な診療所は廃止に追い込まれています。診療所が一つもない自治体は全国で77に上り、2040年には300を超えると予測されています。ほかにも、肉体労働のため若者に敬遠されやすい建設業では、55歳以上が4割を占めています。河合氏は「建設作業を機械やロボットで省人化・自動化する今までの発想を超え、AIとロボティクスで建てられるように変えていくことまで考えないと維持できない」と、説明しました。また農業を本業とする就業者の80%は60代以上で、傾斜地が多い果樹園では機械化が進んでいない、発想の転換が必要であるとして、変革を促しました。
深刻なのは市場縮小 地域再生によるサステナビリティーを提唱
河合氏は、人口減少がもたらす課題は、サービス提供者の人手不足よりも、むしろ市場の縮小である、と指摘しました。需要が減るので事業が成り立たなくなり、人口1万人未満の自治体では、診療所にはじまり、介護施設、食品スーパーなどが維持できなくなります。人手不足は外国人労働者やロボットで補えても、市場の縮小はカバーできません。河合氏は「人口減少問題の核心は需要不足にある。日本は人口減少と、遅れてやってくる市場縮小の二つの課題に直面している」と、問題の本質を説きました。人手不足を短期的には外国人やロボティクスで埋めながら、長期的には社会そのものを作り替える再生に取り組む必要があると述べました。サービスが受けられないことで大都市への移住が進行し、地方は消滅するおそれがあります。河合氏は持論として、周辺の小さな地域を合わせた20万人程度の規模でネットワーク化し、フィジカルAIにより人手不足を補うことで労働生産性も高め、一つの生活・商圏として成立させる「戦略的縮小」を提唱しています。地方でも一定規模の市場を確保し、生産性も改善すれば損益分岐点が下がり、大都市に集中する必要がなくなる、という考え方です。「大都市に利便性を集約する政策では地方を維持できなくなる。大学にはサステナビリティー(持続可能性)を守るためのテクノロジーを、ぜひ考えてもらいたい」と対応を求めました。
在留外国人は国勢調査の推計で300万人を超え、そのうち260万人が労働者です。外国人労働者数は年間30万人ずつ増えていますが、年間65万人にのぼる現役世代の減少をカバーできません。外国人労働者だけで問題を解決するのは難しいと、河合氏は指摘します。あわせて、世界では外国人が人口の10%前後を占めると社会の軋轢(あつれき)が強まり、政治問題になるケースがあることを指摘しました。我が国では、日本人の人口減少に伴って外国人の比率がますます上がることから、将来的に新たな受け入れが難しくなる可能性があるとの見方を示しました。日本で外国人の割合が10%に達するのは20年後と予測されています。河合氏は「外国人労働者に来てもらいやすい環境を整えながらも、何らかの形で社会の仕組みそのものを変えていくアプローチをとらざるをえない」と、見解を示しました。
止まった外国人受け入れ拡大論議 フィジカルAIで人手不足克服
政府においても、外国人をどんどん受け入れようとする論議が止まったと説明しました。これは、外国人を含めた就業者が2022年に6700万人だったのに対し、2040年には6300万人で足りるようになる、という2026年1月に公表された経済産業省の推計によるものです。AIとフィジカルAI(AIをロボットや自動運転車などのハードウェアと統合する技術)が急速に進化することで、人手不足が想定よりも早く緩和するというのが、この推計の論拠です。河合氏は「AIがタイミングよく進化し、人口減少をそれほど恐れる必要はなくなるかも知れない。2040年までに残された年数でフィジカルAIを装備した機械や車が現れ、家事の自動化も進めば日本はまだ何とかなる」と展望します。こうした展望を示した上で、「奈良先端大は日本屈指のAI研究者が集まっています」と期待を表明しました。日本を代表するメーカーはフィジカルAIを開発するため最先端のAI半導体メーカーと提携したり、フィジカルAIによる自動車の量産計画を発表するなど体制を整えようとしています。本格的な人口減少が押し寄せるまでに残された年数は少なく、これらの対応を急ピッチで進めざるをえません。ただ、日本社会固有の課題を解決するには、海外で開発されたAIではなく、日本の企業や大学などが一手間二手間かけたものでないと実際には使えない、と強調しました。例えば、自動運転の車でサービスを省力化する仕組み、小売りであれば実店舗でなくトレーラーハウスが消費者の方へ出向くような仕組みづくりでも科学技術が必要になると主張しました。「地域を豊かにする仕組みと技術、それを実現する方法が必要であり、奈良先端大にはそれを本当に期待している」と、奮起を促しました。
大学では自由な研究と社会実装が必要 欠かせない研究者支援
河合氏と聴講者の対話では、率直な意見が交わされました。学生からは「日本に1億人も住んでいるのが逆に多いと思う。少ない人口で社会を回そうとする考え方は優れており、大学がそれを知ることは大切だが、一般社会の認識はどうなのか」と問いました。河合氏はこれに対し、1億人の規模で豊かさを享受してきた政治や産業が現状を維持したいため、少子化対策への過剰な投資や外国人労働者の必要性を声高に主張しているのではないかと述べました。この質問は重要な指摘で、日本が高コストな政策を続けることで企業は国際競争でさらに淘汰され衰退する、と危機感を募らせました。植物を研究する教員は「自分は、科学は最終的に社会に貢献しなくてはいけないが、植物の生体の非常にミクロな部分を解明している。その研究と、人口減少という大きな社会的課題の間のギャップを埋められない」と吐露しました。河合氏は、自然を解明する科学を尊重しながら、社会に役立てる要請もかつてなく強まっていると指摘。科学と社会をつなげる領域の調整役が研究者の負担を減らせるよう、政策担当者に伝えたいと応えました。若手教員からは「これから役職を上がっていくために知識の蓄積や論文の執筆で非常に忙しいが、それが評価されるので非常にモチベーションになる。科学の社会実装は理解できるが受け身になりやすく、今後のキャリアを考えると自分の研究の比重を大きくせざるをえない」と打ち明けました。河合氏は「人知れぬ努力に対する社会の評価基準は存在しないが、その努力の大きな集まりで社会は成り立っている。日本は社会が崩れていくような道筋を、もう歩み始めている。個々人の立場は当然異なるが、社会の変化とぜひ折り合いを付けることも考えていただきたい」と要請しました。
塩﨑学長は講演会の終わりに「大学が自由な発想で研究するのは重要なミッションだが、それだけでは難しくなり、欧米や中国などでも、大学の研究を経済発展につなげるための予算を国が付ける方向に進んでいる。一方で大学が自由に研究して発展できるようにするのも政策であり、大学をいかにうまく使っていくか、発展させていくかが、新しい技術や文化を育てる上で重要になってくる」と語りました。

