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研究者紹介Vol.04 バイオサイエンス研究科 分子医学細胞生物学(末次研) 塙 京子 助教

2002年3月博士課程修了。博士(農学)。専門は生化学・構造生物学。研究テーマは細胞膜形態形成機構の解明。2006年から2007年まで育休を取得。

なぜ研究者になったのか

今思い返せば、高校2年生の生物の授業で取り組んだ自由研究が、研究者への道を歩み始めたきっかけでした。私は心臓をテーマに選んで他の学生と3人グループで取り組みました。グループのひとりのお母様が医師であり、私たちの研究のイニシアティブをとってくれました。正式な許可をとって豚の心臓と肺を含む内臓の上部をまるごと用意してくださり、心臓と肺がいかに入り組んでいるのかを説明しながら、解剖してくれました。日曜日には病院に呼んでもらい、病理の先生に病理切片の作り方を見学させていただき、人の細胞も見せてもらうことができました。その時「人体は、なんてすごい機能美を持っているんだ。」と、心底感銘を受けました。同時に、私の祖父が癌にかかったこともあり、癌に関連する研究をしたいと強く思いました。そして実際に今、癌の浸潤・転移に関わる研究をするに至っています。

研究と子育て

大学では、低分子RNAをテーマに研究し、学位を取得しました。博士号を取得してすぐに理化学研究所のゲノム科学総合研究センター(当時)で働く機会を得ました。私が参加したプロジェクトに携わった人達の7割近くが女性であり、私の直属の上司のチームリーダーやグループリーダーは、みな女性でした。女性研究者として、ロールモデルがいるかどうか尋ねられることがありますが、理化学研究所のこれらの女性研究者は、子育て中の人もいれば、独身の方もおり、全員がそれぞれまったく違う生き方をしていたので、特にこの人がロールモデルだとか考えたことはありませんでした。当時の上司は42歳くらいで3人目を出産されていましたよ。

私は理研に勤めている時に長子を出産しました。産後は子どもの体調の悪い状態が長く続いてしまいました。子どもが一歳になる頃、保育園に入園可能な状態にまで落ち着きましたが、当時の状況を総合的に考えると退職せざるを得ないと、上司に申しました。すると上司が「何を言っているんだ。今のこの御時世に、子育てを理由に辞めるなんて、馬鹿な話は聞いた事がない。あなたが復帰するのは当たり前。」と言われたのです。そして多大な配慮をいただきカムバックが出来ました。しかし当時、自宅から職場まで片道2時間の道のりでした。そのため、職場の理解はもちろんの事、義母から多くの手助けをいただき、夫が、保育園へお迎えに行き、子どもに夕飯を食べさせ、そこに私が帰ってきてバトンタッチし、夫はまた仕事に戻り夜中に帰ってくるという生活をした時期もありました。
私はこれだけの理解をいただき復帰をさせてもらったのだから、絶対に結果を出し論文を書き、プロジェクトを終了させると決意していましたが、当時はまだ、入退院を繰り返す子どもを抱えて、実際には思うようにならないことも多く、何度も心が折れそうになりました。しかしその度に、夫や恩師に「今は、絶対に辞めるな。」と言われ、そんな時には悩みを横に置いておいて、目の前の仕事をこなすことだけを考えていた時期もあったと思います。
そして東日本大震災に遭いました。自宅から遠い勤務先のままでは、夫の出張中にもし次の大きな地震が起きたら、子どもはどうなるのだろうと、停電で真っ暗な街中を何時間も歩いて帰る時に思い、自分のキャリアについて見直すきっかけになりました。このようにいろいろとありましたが、おかげさまで無事に論文も出すことができ、自宅に近い東京大学で助教として働く機会を得ました。2年間東京大学で勤めた後、本学に着任しました。

研究活動と育児・家事の両立

私は、朝起きたら、まず朝御飯を作ります。今では健康優良児となった小学3年生になる子どもと夫の3人で朝食を食べながら、子どもの予定を中心に、その日の家族の予定を皆で確認し合い、子どもを送り出します。子どもは塾に行く日が多く、その際は夕食のお弁当を持たせなければなりません。そこで私は、その日の家族のスケジュールに合わせて、子どものお弁当や夕飯の下準備をした後、出勤します。
塾のある日は、子どもを学童保育に迎えに行ってから塾に送り出し、私はまたすぐに研究室に戻り、塾が終わる時間まで仕事してから、塾に迎えに行きます。帰宅したら子どもの話を聞きながら、私は夕飯を食べます。仕事や子どもの事だけでなく、小学校での早朝読み聞かせボランティアや、輪番的に回ってくる小学校のPTA活動や地域の子ども会の仕事なども行っています。お互いのスケジュールを把握し、協力し合って日々を乗り切っています。

研究者を目指す学生に伝えたいこと

本学を訪れる高校生によく話すのは「学校で習う事、教科書に載っていることは全て大事」ということです。受験科目だから勉強するのではなくて、全ての教科をできる限り勉強しなさいと言います。それは、より良い人生を生きるためには、知識が多い方が可能性が大きく広がると考えるからです。
もちろん個人差はあることですが、何かに対して面白いと思うというのは、知っているから、知っていることによって興味を持つことに始まることが多いと思います。知識や興味がなければ、たとえ目の前にあっても気づかずに過ぎてしまって、楽しいとか、面白いということすら感じることができないこともあると思います。だからより楽しく、面白いと感じられる人生を送りたいと思うのであれば、まずは勉強しようと言いたいです。人生がもっと楽しくなるよと。

でも、もちろん勉強は楽しいものですが、勉強とは『強いて勉める』と書くくらいですので、しんどいことも多いと思います。でも時として、無知は恐怖や不幸を生むものです。例えば、今、怖ないない病気はたくさんありますが、それは治ることを知っているからです。そういう意味でも、勉強するしかないですよね。たとえ大変でも、勉強はそれだけの価値があるものです。このことは男女の区別なく、学生さんたちに伝えたいですね。
女性という身体を持つから不利に扱われたと感じた経験はないかと聞かれれば、私自身は、そのようなことを深く考えさせられるようなこともなく、ここまできたように思います。というのも、少なくても、私が身を置くサイエンスの世界は、論文の著者にミスターもミセスも書いていないし、出身国も年齢も、教授とか大学院生の区別もありません。そういう意味では研究者というのは、他の職業よりは遥かにリベラルだと思います。私たちのまわりの科学者も、できる人であればあるほど、男だとか女だとかは口にしません。実際にこれまで私の周りには、非常に多くの優秀な女性研究者がリーダーとして働いていましたが、どの方も、男女という枠など関係なく、明らかに非常に優秀で尊敬できる方達でした。仕事がよくできる科学者は、男でも女でも無く、ただ科学者なのです。

(平成29年3月)

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