ホーム  > メッセージ  > 研究者インタビュー  > 研究者紹介 vol.18

18muto_img01.png

京都大学大学院理学研究科生物科学専攻博士課程修了。博士(理学)。2014年より奈良先端科学技術大学院大学助教。専門はバイオインフォマティクス・システム生物学。現在の研究テーマは、大腸菌の網羅的遺伝的相互作用解析による代謝ネットワークモデルの構築。

なぜ研究者に?

情報学の手法を使って生命現象の解明を目指す『バイオインフォマティクス』を専門にしています。高校生の時には化学が好きで、生物も化学反応の集合なのだから、化学の観点で生物のことも解明できる、と考えていました。当時は、1996年にクローン羊ドリーが生まれ、1998年に、遺伝子操作によって優秀な遺伝子を持たせた「デザイナーベビー」を題材にした近未来映画『ガタカ』が公開されたりと、生命倫理が非常に話題になった頃でした。科学が人の倫理に反することを可能にしてしまうことを、当初批判的に見ていたのですが、授業でこの問題についてディスカッションをしたときに、友人が「人が科学によって過ちを犯してしまうのであれば、それは人が科学によって解決しなければいけないのではないか」と言ってくれたんです。それが心に刺さって、生物の研究者になりたいと思ったんですね、そこがスタートでした。

18muto_img09.jpg

大学では工学部で化学を専攻して、3年次編入で理学部に入り、生物を専攻しました。純物質を扱うことの多い化学分野で学んできた身からすると、生物の系はあまりに複雑で、膨大な数の代謝反応が共存する系である細胞の中で「何が起こっているのか」を解明する面白さにのめり込んでいきました。同時に、生物が化学反応から成り立っていることは事実ですが、その知識を集めただけでは生物を理解したことにはならないということに気づかされました。これを理解するには情報学の手法を使えないといけないと考え、大学院ではバイオインフォマティクスの研究室に進学しました。

18muto_img06.jpg

大学院で博士号を取得するまでの間に、当時の指導教官のご厚意で、アメリカのボストン大学の職を紹介していただき、研究員として1年間勤務しました。そこでアメリカでの研究だけでなく、研究者のライフプランにも触れることができました。日本では研究者の女性比率が低く、キャリアと両立するにはどういったライフプランを想定したらいいのか、ひじょうに不安があったんですね。ところがアメリカでは、女性研究者はすごくたくさんいるし、論文でも子育てでもすごくプロダクティブなんです。アメリカで女性研究者がこれだけ活躍しているのに、どうして日本でできないの?と思いました。研究面でも大きな経験でしたが、それ以外でも自分のビジョンを拡げてもらえた経験になりました。

帰国後、学位を取得してまもなく本学に助教として着任しました。学部のときに大腸菌の研究をしていて実験の経験があったことと、バイオインフォマティクス分野で代謝ネットワークを研究してきたことから、代謝系をターゲットにした研究で、自分で解析だけでなくデータの実証実験をしていくことが私の強みになると考えました。現在所属している森研究室は、大腸菌を使った網羅的な解析を行っている実験系のラボです。バイオインフォマティクスは幅広いデータを扱えるところが強みなのですが、たいていの研究室にはサーバーとオフィスしかなく、データを使って何かを発見したとしても、実証実験を行うことができません。それが森研でならできる。生物は大腸菌に限定されるのですが、大腸菌の全遺伝子を扱えて、またデータ解析の後に実験に戻ることができるので、やりたい研究ができる環境として非常に恵まれていると思います。

18muto_img08.jpg

一日のスケジュール

朝6時半に起きて、夫が朝食を準備している間に子どもと自分の準備をして、7時半に家を出ます。電車で子どもを保育所に連れて行ったあと、9時ごろ大学に出勤します。実験がある日は一日実験漬けになりますが、ない日もメール対応や事務処理、学生の指導をしていたらあっという間に大学を出る17時になってしまうので、自分の解析作業に充てる時間の確保に苦労しています。18時に保育所にお迎えに行き、夫と合流して、買い物をして帰宅します。私が夕食を作って、夫が子どもをお風呂に入れている間に片づけをして、だいたい21時頃に子どもが寝るので、そのあとにやり残した解析等をしています。基本的に育児の時間にワンオペになることはほぼないですね。子どもをみながら何かをするというのは効率が悪いので、片方が子どもをみて、片方が家事をすることで効率的にできるようにしています。実家の母も急なヘルプ要請に駆けつけてくれますし、夫のご両親にもよく子どもを預かってもらっています。

18muto_img02.jpg

実験がある日は機器の遅れだとか、細胞が増えないとかで必ず遅れがでるのと、実験を始めてから1週間くらいは休めなくなるので、夫や実家の母のスケジュールをおさえてから実験の予定を入れます。実験計画は夫のスケジュールをおさえられない限り遅れていきますし、毎日の解析作業もある程度の時間を充てないと進められないですから、出産後、研究の進みが遅くなったということは強く感じます。周りのサポートはかなり得られている方だと思いますが、それでも出産というイベントが、研究なりキャリアなりをストップさせるというのは避けられていないなと思います。

18muto_img07.jpg

研究環境整備に関する課題について

任期制であることによって研究期間が決まっていて、その期間がライフイベントによって伸びないということが、厳しいと思います。任期があってもどこかで継続的に雇用が続くならいいじゃないかということも言われるんですが、例えば5年で環境がすべて変わって、次のポジションも得られるかわからないとなると、短期集中型で出せる成果に今後のキャリアが依存することになります。この仕組みは出産や育児というライフイベントと相性が悪いですよね。私は出産後、育休を取得せず産休後すぐに復帰しましたが、出産前には復帰できる保証は全くありませんでした。待機児童問題は改善はしているもののまだ深刻ですし、家から徒歩圏内で0歳児保育を実施している保育園は10か所あったのですが、6ヶ月未満の子を受け入れている保育園は1か所だけでした。幸運にも電車で通園できる範囲内に受け入れてくれる保育園が見つかったため復帰できましたが、そうでなければ1~2年のブランクができていたと思います。ブランクが生じるリスクを避けるために、出産を先延ばししている女性研究者は少なくないのではないかと思いますが、不妊治療の成功率に年齢が大きく影響することを考えると、難しい選択を迫られている状況だと思います。出産育児期間中の任期を延ばせるなど、研究者のライフプランを考慮した人事制度になってほしいと考えています。

18muto_img04.jpg

ライフイベントはそんなに頻繁にあるものでもないので、ひとつの研究室のなかにスタッフが複数いれば、ライフイベントが重なることはあまりないと思います。男女問わず若手にはライフイベントが起こることを想定して、研究室の仕事をお互いに補い合うことができれば、だいぶ楽になるのではないでしょうか。助教がひとりしかいない研究室は出産をするのが難しい環境だと思いますので、複数スタッフのいる研究室構成のほうが良いのではないかと思います。

18muto_img05.jpg

(令和2年3月)

interview content