システインが酸化ストレスを効率よく防御するメカニズムを発見 ~システインの発酵生産への応用や美白効果の解明にも期待~

2010/05/31

【概要】
 システインはタンパク質の構成成分として立体構造を維持するとともに、酸化還元反応による生体成分の代謝を進めるなど生理的に重要なア ミノ酸である。また、抗酸化能があることから、食品、化粧品、医薬品などの工業原料としても広く用いられている。現在、システインの製造は主に毛髪や羽毛 の加水分解により行なわれているが、加水分解に使う濃塩酸が環境に影響を及ぼす可能性があることから、微生物による発酵生産が望まれている。奈良先端科学 技術大学院大学(学長:磯貝彰)バイオサイエンス研究科の高木博史教授、大津厳生助教らのグループは、大腸菌によるシステインの発酵生産を目的とする研究 を進めており、その過程で、システインが細胞内で発生する有害な過酸化水素を消去し、細胞を酸化ストレスから防御していることを明らかにした。
  システインは大腸菌の細胞内でほとんど検出されないが、細胞膜には細胞質から細胞表層空間(ペリプラズム)にシステインを輸送するタンパク質(トランス ポーター)が複数存在しており、その生理的役割に興味が持たれていた。高木教授と大津助教らは、トランスポーターの一つYdeDを壊した大腸菌は過酸化水 素に弱くなると同時に、YdeDを細胞膜に多数存在させると過酸化水素に耐性を示すことを見出した。また、システインはペリプラズムで過酸化水素を水に還 元し、その際自身は酸化されてシスチンというアミノ酸に変わった後、別の細胞膜タンパク質FliYによって細胞質に再び取り込まれること、およびFliY を壊した大腸菌も過酸化水素に弱くなることがわかった。
 以上の結果は、システインとシスチンがYdeDとFliYの働きによって細胞質とペリプラズムの間を循環しながら過酸化水素を水に変えて消去することを示しており、ユニークな酸化ストレス防御メカニズムとして「システイン/シスチンのシャトルシステム」を提唱した。
  本研究の成果により、システインの新たな生理機能、およびシステイントランスポーターの生理的意義が明らかになった。今後、トランスポーターの機能を強化 することで、細胞内で合成させたシステインを効率良く細胞外に排出させ、発酵生産性の向上した大腸菌を育種することが可能になる。また、同様の機構は高等 生物にも存在すると考えられ、システインの美白効果の解明にも貢献できると期待される。この成果は、ジャーナル オブ バイオロジカル ケミストリー誌 (American Society for Biochemistry and Molecular Biology社、アメリカ) の平成22年6月4日付けの電子ジャーナル版に掲載される。 

【解説】
[研究の背景]
  システインはタンパク質の構成成分として生理的に重要なアミノ酸であり、また食品、化粧品、医薬品などの工業原料に広く用いられている。現在、システイン は主に毛髪や羽毛からの酸加水分解抽出法により製造されており、加水分解に用いる濃塩酸による環境への影響が問題となっている。高木教授らは、この問題を 解決する製造方法として微生物によるグルコースからの直接発酵法に着目し、システイン高生産株の育種に取り組んでいる。具体的には、大腸菌を用いてシステ インの代謝調節機構を解析し、①生合成系の強化、②分解系の弱化、③排出系の強化などを行っている。特に、システイン生産性の向上には、細胞内システイン の細胞外への積極的な排出が必要であると考えられる。

[研究結果]
 大腸菌の細胞質にはシステインがほとんど検出されないにも関 わらず、細胞膜には細胞質から細胞表層空間(ペリプラズム)へシステインを輸送するタンパク質(トランスポーター)が複数存在しており、その生理的意義に 興味が持たれていた。今回、高木教授らは、試験管内の実験でシステインは過酸化水素を還元し、水に変換できることから、トランスポーターによってペリプラ ズムに排出されたシステインが過酸化水素を消去する可能性に着目した。まず、トランスポーターの一つYdeDを壊した大腸菌は過酸化水素に弱くなると同時 に、YdeDを細胞膜に多数存在させると過酸化水素に耐性を示すことを発見した。また、システインはペリプラズムで過酸化水素を水に還元し、自身はシスチ ンに酸化された後、別の細胞膜タンパク質FliYによって細胞質に再び取り込まれること、およびFliYを壊した大腸菌も過酸化水素に弱くなることを見出 した。さらに、過酸化水素に応答してYdeDとFliYの存在量が増えることから、YdeDとFliYの働きによって、システインとシスチンが細胞質とペ リプラズムの間を循環し、細胞内の過酸化水素を消去していることを世界に先駆けて明らかにし、ユニークな酸化ストレス防御メカニズムとして「システイン/ シスチンのシャトルシステム」を提唱した。

[研究の意義]
 細胞内のシステインは合成と分解が厳密にバランスよく制御されてお り、過剰に蓄積することはない。高木教授らはこれまでに、生育が速く、ゲノム情報や実験材料も整備されている大腸菌を用い、システイン代謝制御の完全解除 を目的とした生産菌の育種に取り組んできたが、合成系の強化と分解系の弱化の組合せには限界があった。そこで、従来の発想を転換した育種法としてシステイ ン排出系の強化に着目し、システイントランスポーターを幾つか同定している。今回の成果は、2種類のシステイントランスポーター(TolC, YdeD)の強化によって、より短時間で多くのシステインが培地中に分泌されることを見出した研究の過程で生まれた。今後、このようなトランスポーターの 機能を一段と強化することによって、システインの発酵生産に直結する成果が得られるであろう。
 また、様々な環境に曝される生物の細胞内は過酸化 水素などの活性酸素が発生することで、酸化ストレス状態になりやすい。大腸菌や酵母は有用物質の発酵生産に用いられるが、発酵生産の過程で酸素呼吸に伴っ て活性酸素が発生し、機能が制限される。植物では高温、乾燥、強光などが原因で活性酸素が発生し、光合成能や成長速度に支障をきたす。動物ではミトコンド リアからのチトクロームcの放出に伴って活性酸素が発生し、細胞死が誘導される。このように、細胞内の活性酸素レベルの制御は生物にとって重要な生存戦略 である。また、微生物や植物の酸化ストレス耐性を強化することやガン細胞特異的に細胞死を誘導することは、食品・環境・医薬などのバイオテクノロジーにお いて有用な技術である。今回提唱したシステインによる酸化ストレス防御機構は、美白効果などの機能性が注目され、様々な商品に添加されているシステインの 生理機能の解明に役立つものとして意義深い。

【用語解説】
・システイン・シスチン
アミノ酸の一種、システインはメラニン 産生抑制や抗酸化作用による美白効果、二日酔い防止対策として注目されており、機能性を付与した食品・サプリメント・化粧品などが商品化されている。側鎖 にチオール基(-SH)を持っているため相手を還元し、自身はシスチンに酸化される。シスチンは2分子のシステインがチオール基の酸化によって生成するジ スルフィド結合を介して連結したアミノ酸である。

・活性酸素・酸化ストレス
活性酸素は安定な酸素分子よりも活性化された状態にあ り、反応性に富んでいる。スーパーオキシド、過酸化水素、ヒドロキシラジカルなどの活性酸素は、様々な原因(放射線、紫外線、酸素呼吸、酸化剤、抗ガン 剤、重金属など)により細胞内に生成する。通常の細胞には、活性酸素を消去する抗酸化酵素(スーパーオキシドディスムターゼ、カタラーゼなど)や抗酸化物 質(グルタチオン、チオレドキシンなど)が存在する。しかし、活性酸素がこれらの酵素や物質で十分処理されず、重要な生体高分子(DNA、タンパク質、脂 質など)に損傷を与え、組織障害や細胞死を引き起こす状態を酸化ストレスと称する。

・ペリプラズム
大腸菌などグラム陰性細菌に存在する細胞表層空間である。グラム陰性細菌は、細胞膜(内膜)の外側に外膜を持っており、ペリプラズムは内膜と外膜に挟まれた領域を指す。

・トランスポーター
生体膜を貫通し、膜を通して物質の輸送を行なうタンパク質の総称である。大腸菌においては、システインのトランスポーターとして、内膜にはYdeD, YfiK, Bcrなどが、外膜にはTolCが存在している。

【下図の解説】
システイン/シスチンのシャトルによる酸化ストレス防御メカニズム:
大 腸菌の細胞内では、内膜の呼吸鎖によって生じた活性酸素の一種、スーパーオキシド(・O2-)が別の活性酸素である過酸化水素(H2O2)に変換される。 細胞質の過酸化水素はカタラーゼなどによって解毒されるが、ペリプラズムの過酸化水素は細胞質からYdeDタンパク質が排出するシステインによって水に還 元された後、酸化型システインであるシスチンがFliYタンパク質などによって細胞質に取り込まれ、システインに再還元され、リサイクルされる。

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