次世代のナノテクの基本材料をかご状タンパク質内部で作製に成功 ~円偏光を発光する量子ドット 鮮やかな3D画面の光源、量子暗号通信に期待~

2010/08/27

【概要】
国立大学法人奈良先端科学技術大学院大学(学長:磯貝彰)と独立行政法人科学技術振興機構(理事長:北澤宏一、以下JST)は、かごのよ うに金属を包み込む球殻状タンパク質(フェリチン)内部で、化合物半導体(CdS)の微粒子である量子ドットを合成、ナノテク分野の重要な特性である光の 振動方向が円を描くように変化する「円偏光発光性」を持たせることに成功した。また、レーザー光を使って円偏光する光の波長を制御する方法も確立した。次 世代のナノテクの基幹材料として、輝度が高い液晶ディスプレイの光源の開発や量子情報通信への応用などが期待される。この研究成果は、本学の内藤昌信助教 (研究責任者・さきがけ研究者)、岩堀健治 さきがけ専任研究者らの共同研究によって得られた。平成22年8月25日付けでドイツ化学会誌Angewandte Chemie International Edition電子版に掲載された。

化合物半導体量子ドットはナノ(10億分の1)メートルサイズの微粒子 で、輝度が高く、耐光性に優れ、粒子径によって発光波長を自在に制御できるという理想的な発光特性を持つことから、ナノエレクトロニクスの基幹材料として 注目されている。また、水溶化した量子ドットは、生物体内の光る標識として可視化する「バイオイメージング」や免疫反応を利用して解析する「イムノアッセ イ」などバイオテクノロジーへの応用も盛んに行われている。
一方、円偏光の発光(円偏光発光)は、高輝度液晶ディスプレイ用の偏光光源をはじめとし、3次元ディスプレイ、記憶材料、光通信、量子情報通信など高度な光情報技術への応用が期待されている。そのため、円偏光発光性を示す化合物半導体量子ドットの開発が求められてきた。

本 研究では、本来は生体内の鉄イオンの貯蔵・制御を担っている球殻状タンパク質フェリチンの内部で、化合物半導体の一種である硫化カドミニウム(CdS)の ナノ粒子を合成した。フェリチンの内壁を構成するαヘリックス性(右巻きらせん構造)を持つタンパク質の分子構造を足場としてCdSの結晶成長が進む際 に、タンパク質が持つ分子の右巻きの立体構造がCdS単結晶ナノ粒子に転写されることで、青色の円偏光発光性を示す量子ドットが得られた。また、フェリチ ン内に合成したCdS量子ドットにレーザー光を直接照射し、量子ドットの粒子表面を改変する光エッチングという方法により光の波長を制御することで、円偏 光の発光色を青から赤色に変化させることに成功した。

本来、生物が鉱物を取り込み、生体反応により金属化合物などを産みだす作用である 「バイオミネラリゼーション」という方法を量子ドットの作製に応用することで、円偏光発光性を持つ新たな機能性光ナノ材料の創出が可能となった。特に、円 偏光発光量子ドットと、レーザー光照射による粒子径制御というトップダウンプロセスを応用した発光波長制御法は、高密度高輝度液晶ディスプレイ用の偏光光 源、三次元ディスプレイ、光追記型量子ドットメモリ、量子暗号通信用の単一粒子円偏光光源など高度な光情報プロセッシングへの応用が期待できる。

本 研究成果は、NAIST重点戦略研究およびJST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「ナノシステムと機能創発」領域(研究総括:長田 義仁、理化学研究所基幹研究所 副所長)における研究課題「NanoからMicroへの精密自己組織化で拓く円偏光有機レーザーの創製」(研究代表者:内藤昌信)と「温度制御自己組織化 システムの設計とナノ粒子高次構造による機能発現」(研究代表者:岩堀健治)による共同研究の一環として得られた。

【解説】
高輝 度、光により劣化しない耐光性、量子サイズ効果に基づく波長制御など優れた発光・材料特性を備えた化合物半導体量子ドットは、レーザーや光検出器、光メモ リなどの光学材料のみならず、携帯電話などへの搭載が期待されている高効率なCIGS太陽電池といった環境フォトニクス材料としても期待が集まっている。 一方、高輝度液晶ディスプレイや3次元ディスプレイの偏光光源などの次世代光源として円偏光発光が注目されている。とりわけ、発光波長を自在に調節し、発 光色を変えることができる量子ドットに円偏光発光特性を付与できればマルチカラーの円偏光発光材料となり、セキュリティー用のペイントや医療診断等のライ フ・イノベーションへの応用も期待されている。そのため、これまでに光学活性な配位子(金属と結合する化合物)を用いて調製した量子ドットからの円偏光発 光特性が検討されてきたが、いずれも円偏光発光不活性であった。

一方、生物が鉱物を作る作用であるバイオミネラリゼーションは、トップダ ウン加工では困難な微細かつ均一なナノ構造を、低環境負荷・省エネルギーのプロセスで実現できることから、新たな機能性ナノマテリアルの作製法として近年 注目を集めている。本研究では、生体物質を単にテンプレート(鋳型)とするのではなく、生体分子が持つ特性であるキラリティー(鏡像のように面対称な光学 異性の構造)に注目した。特に、球状タンパク質を使いバイオミネラリゼーションを行うことで、ナノ材料にタンパク質由来のキラリティーが転写され、円偏光 発光を示す量子ドットを創製することに成功した。

本研究では、球殻状の鉄貯蔵タンパク質であるフェリチンの内部を鋳型としてCdS量子 ドットを作製した(図1)。このCdS量子ドットについて、光で励起された電子がエネルギー的に最も遷移しやすい直接バンドに移動した際には、円偏光度の 指標であるg値(円偏光発光強度 / 蛍光強度)が4.4x10-3と大きな値を示した(図1a)。さらに、量子ドットのトップダウン加工の一つであるレーザを用いた光エッチングをタンパク質 に覆われたCdS量子ドットに応用し、CdS量子ドットのサイズ制御を行った。その結果、g値(8.0x10-3)は維持したまま円偏光発光の発光波長を トラップ準位(量子ドットの表面欠陥に現れる準位)に由来する700 nmまでCPL(円偏光性発光)波長がシフトし青色から赤色に変化することを見出した(図1b)。本成果は、円偏光を利用し、光エッチングを用いた光書き 込みによる追記型単一量子ドットメモリをはじめ、トップダウンとボトムアップというナノテクの基本的な手法を融合した新たな光ナノデバイスへの応用が期待 できる。

今回の成果は、高輝度液晶ディスプレイ用の偏光光源、三次元ディスプレイ、光記憶材料、量子暗号通信用の円偏光単一量子ドット 光源など高度な光情報プロセッシングへの応用のみならず、円偏光発光を利用したセキュリティー用のペイントやバイオイメージングなどの分野へも展開が期待 できる。

円偏光発光:
光は電場と磁場の振動によって引き起こされる電磁波の一種である。その中でも、電磁波の振動方向が一方向に 定まったものを直線偏光、振動方向が時間とともに円を描くように変化するものを円偏光という。特に、円偏光は右巻きと左巻きが存在する。現在使われている 液晶ディスプレイのバックライトに用いられている光源は未偏光であるが、偏光フィルターを通して直線偏光や円偏光に変換している。その際に、発光効率のロ スが起こり、輝度を保証するために消費電力の増加につながっている。そのため、次世代環境光源として円偏光を発光する材料が注目されている。

量子ドット:
量 子効果に由来する独特な光学・磁気・電気特性を持つナノスケールの半導体結晶粒子のことを指す。通常は、2-10nm程度の直径で、粒子直径を変化させる ことによって電子が存在できないバンドギャップ(禁止帯)を調製し、発光波長を制御することができる。これにより、粒径に依存したマルチカラーの発光特性 を持つ。量子ドットは高い蛍光量子収率(分子に吸収される光子数と蛍光によって放出される光子数の比率のこと。吸収された光子がすべて蛍光として放出され た場合、蛍光量子収率は1となる。)を持つことから、低消費電力の光デバイスへの応用が期待されている。さらには、太陽電池への応用や量子情報通信技術を はじめとするグリーンイノベーションにおいても注目されている材料である。

化合物半導体:
2種類以上の元素で構成された化合物 で、半導体特性を示す物質の総称。特に周期律表のIII族元素とV族元素から成るIII‐V族半導体、II族元素とVI族元素から成るII‐VI族半導 体、それらの間の混晶などが現在もっとも研究が進んでいる。化合物半導体は化学合成による液相プロセスでコロイド状量子にすることができ、水溶化も可能で あることから、ナノテクノロジーやバイオテクノロジーの分野においても盛んに研究が行われている。

バイオミネラリゼーション:
生物が鉱物を産出する作用のこと。珪藻が作るシリカ(二酸化ケイ素)被殻や、真珠や貝殻を構成する炭酸カルシウムの結晶や磁性細菌が作り出す磁性微粒子などが有名。

αヘリックス:
タンパク質の2次構造の共通モチーフの一つで、右巻きらせんの形をしている。ペプチド結合によって構成された主鎖のアミノ基が4残基離れたカルボキシル基と水素結合を形成することで、らせん構造を維持している。

フェリチン:
フェ リチンは24個の単量体から構成される外径12nmの球殻状タンパク質であり、分子量は約480 kDaである(図2)。生物学的には、鉄イオンの貯蔵、調整を担っている。直径8 nmの内部空間で約4000個もの鉄イオンをFeIIからFeIIIへ酸化し、酸化鉄ミネラルの状態で堆積する。鉄以外にも様々な金属イオンや化合物半導 体を内部空間に集積できることがわかっている。

【研究の位置づけ】
1.円偏光発光する半導体微粒子
半導体微細加工技術 の限界が近づいたことにより、通信・情報処理分野は全光型のナノフォトニクス(ナノサイズの加工、制御をする技術)や光子を使う量子暗号通信にパラダイム シフトが進みつつある。その基幹材料として高輝度、耐光性といった優れた発光特性・材料特性を備えた半導体微粒子が注目されている。すでに、単一の半導体 微粒子に情報を記憶する次々世代光メモリディスクの基礎研究が始まっている。また、量子暗号通信の実現には、公開鍵暗号に用いる直線および円偏光を発する 単一光子源が必要不可欠であるが、その有力候補として半導体微粒子は期待されている。
 現在、円偏光を発光する半導体微粒子の作製法として、結晶の対称性を制御する方法や、極低温・強磁場条件を用いる方法が報告されているが、実用デバイスのためには、常温下で自然光励起によりCPL発光を示す半導体微粒子の創成が求められている。

2.バイオテンプレート法による半導体微粒子作製
半 導体微粒子作製のための従来法は、界面活性剤、アルキルチオール類を用いた液相法による化学的手法と、化学気相成長(CVD)法などの物理的手法に大別さ れる。一方、第三の手法として球殻状タンパク質や球状ウィルスなどの生体分子を鋳型に利用するバイオテンプレート法が最近注目されている。この手法のメ リットは、サイズが均一に揃った中空状のタンパク質を鋳型として半導体微粒子を作製するため、粒径分布が全くない均一な半導体微粒子を作製することができ るということである。さらに、テンプレートに用いるタンパク質自身に整然と自己組織化する能力を付与することで、半導体微粒子を2次元・3次元に高密度集 積化することもでき、ボトムアップ型光ナノデバイスへの応用も期待できる。

3.類似研究との比較
光学活性な半導体微粒子からの CPL発光についての試みは、光学活性なアルキルチオールを用いて化学合成したCdSが、右巻きの円偏光と左巻きの円偏光の吸収の差による円二色性 (CD)活性にあるにもかかわらず、CPL不活性であると報告されている。一方、Mn2+などをドープした半導体微粒子の極低温(〜4K)・強磁場(〜 6T)下での磁気円二色性発光(MCPL)や、MBE法で意図的に異方性を加えて作製したCdSe/ZnSeの極低温(1.5K)での直線偏光--円偏光変 換が報告されている。しかし、常温下、自然光による励起で半導体微粒子がCPL発光した例は、今回発表したフェリチン内包CdSが初めてである。

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