脊髄損傷マウスが歩行可能になる新たな治癒メカニズムを解明 ~抗てんかん薬の新たな作用と神経幹細胞の移植による修復に期待~

2010/08/18

【概要】
 損傷した脳や脊髄は再生能力が弱く、いったん麻痺症状が現れると、それを改善させるのは困難である。このような病気について、これまでの常識を覆して治せる可能性が出てきた。
奈 良先端科学技術大学院大学(学長:磯貝彰)バイオサイエンス研究科分子神経分化制御学講座のあべ松昌彦研究員と中島欽一教授らは、神経幹細胞と抗てんかん 薬を併用して効率よく神経細胞をつくり、重度脊髄損傷マウスが歩行可能になるHINT法(HDAC Inhibitor and Neural stem cell Transplantation)と名付けた治療法を開発するとともに、このときに働く新たな治癒メカニズムを世界で初めて明らかにした。また、移植した 神経幹細胞の性質をコントロールするために抗てんかん薬を用い、その制御のさいに遺伝子構造の変化を引き起こすという抗てんかん薬の新たな作用を利用した 点も世界初の試みである。この成果により、脊髄損傷のみならず、神経回路の損傷を伴う脳卒中などの病気に対する再生治療技術が飛躍的に促進することが期待 される。この成果は平成22年8月16日付けのThe journal of Clinical Investigation誌(5-year impact factor: 16.6)に掲載された。

【説明】
 脊髄損傷に対する再生治療研究は30年ほど前から盛んに行わ れている。これまでの研究では、一度切れてしまった脊髄内の神経突起を再度伸長させるような方法や、神経突起を包む「髄鞘(ずいしょう)」と呼ばれる鞘 (さや)を幹細胞移植により供給し、修復する方法などが報告されているが、劇的な治療効果は得られておらず、最近ではそれらの方法を組み合わせた治療法が 模索されている。

【実験方法】
 こうした治療法の問題を解決するために、切れてしまった神経回路に幹細胞を移植し、その幹細胞か ら新たに作られるニューロン(神経細胞)により修復するという方法について、これまでにない仕組みを試みた。重度の脊髄損傷モデルマウスに神経幹細胞を移 植し、この幹細胞から効率よくニューロンへと変化させるために抗てんかん薬であるバルプロ酸を投与した。本研究以前に中島教授は、バルプロ酸が遺伝子構造 を変化させ、高い効率で神経幹細胞からニューロンへと変化させることを発見しており(Proc Natl Acad Sci USA 2004)、今回の研究では世界で初めてバルプロ酸と幹細胞を併用して中枢神経損傷の治療に用いた(図1)。

【結果】
 治療を 行っていないマウスはほとんど歩けなかったのに対し、神経幹細胞移植とバルプロ酸投与を行ったマウスの約7割が歩けるまで回復した。詳しく調べると、バル プロ酸非投与時には1%以下しかみられない移植神経幹細胞由来ニューロンが、バルプロ酸投与により約20%程度まで増加していることが分かった。特性の異 なる2種類の特殊な色素を用いて、大脳で運動をつかさどるニューロンからどのような経路で神経回路が再構築されているかを追跡してみると、移植細胞由来 ニューロンがリレーするように脊髄の損傷した神経回路をつないでいることが分かった(図2)。治療後に移植細胞のみを除去すると一度歩けるようになったマ ウスが再び歩けなくなったことから、移植細胞が直接治療効果を発揮していることが分かった。

【研究の位置づけ】
 損傷した脳や脊 髄は治癒能力が低く、一度麻痺症状を引き起こすと治療は困難である。脊髄損傷に対する脊椎の再建手術の進歩や全身管理の向上により救命率は改善してきたも のの、脊髄の壊れた神経回路を直接再建するような治療法は皆無である。今回の研究によって、重度の脊髄損傷モデルマウスに対し大きな治療効果の得られる新 たな治療法が開発され、これまでにない中枢神経回路の再建メカニズムも解明された。これらの成果により、将来脊髄損傷のみならず脳卒中などの中枢神経疾患 に対する再生治療技術が飛躍的に促進することが期待される。

【補足説明】
●ニューロン:脳・脊髄・神経を構成している細胞の一種で、その機能は情報処理と情報伝達に特化しており、体全体の筋肉や臓器を機能させたり、様々な感覚を脳へ伝えたりする役割を果たしている。
●神経幹細胞:中枢神経を構成するニューロンなどの3種類の細胞を供給する能力を持つ幹細胞。

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