植物は傷ついたDNAを封じ込める独自の知恵をもっている ~DNA損傷を克服する新たな仕組みを解明 環境ストレスに強い植物の作製に期待~

2011/05/24

【概要】
奈良先端科学技術大学院大学(学長:磯貝 彰)バイオサイエンス研究科 植物成長制御研究室 梅田正明教授らは、植物が傷ついたDNAを持った細胞を増やさず、植物体を保つために、細胞の分裂を止めて異常なDNAを封じ込め、細胞を肥大化させると いう仕組みが備わっていることを明らかにした。さまざまな環境ストレスにより生じるDNA損傷を克服する手段については、これまで動物では細胞死(アポ トーシス)という形で排除されることは知られていたが、植物のメカニズムの発見は初めて。個々の細胞が移動できない植物の巧妙な生存戦略を裏付けた。

梅 田教授らはシロイヌナズナで様々なDNA損傷を誘導し、その際に見られる現象を詳細に観察した。その結果、細胞死は起こらず、一つ一つの細胞が大きくなる ことが明らかになった。つまり、植物は細胞を殺さずに分裂を止め、個々の細胞を肥大化させることにより、DNA損傷をもつ細胞を残しつつも増やさないとい う、極めて精緻な仕組みを持つことが明らかになった。

本研究の成果は、DNA損傷をもたらす環境ストレスに強い植物を作製したり、細胞・器官サイズを大きくして植物バイオマスを増産させたりする上で、新たな方向性を与えるものと期待される。

本研究成果は高く評価され、平成23年5月24日(火)にアメリカ科学アカデミー紀要 (Proceedings of the National Academy of Sciences, USA)の電子版に掲載されました。

【解説】
様々 な環境ストレスは細胞内で活性酸素を発生させ、DNAに傷を与えることが知られている。また、紫外線や放射線がDNAに傷を与えることもよく知られてい る。このようなDNA損傷は通常修復され、正常な遺伝情報をもつ細胞のみが増えていくが、致命的なDNA損傷が与えられると、動物では細胞死を起こして DNA損傷を持つ細胞を積極的に死滅させる機構が働く。

梅田教授らはシロイヌナズナを使って、植物がどのようにDNA損傷に応答するかを 解析した。その結果、DNAの二本鎖を切断する処理をすると、根の細胞が大きくなり、核DNAの量も同時に増加することを見出した。図に示すように、通常 の細胞増殖はDNA合成(S期)と細胞分裂(M期)を繰り返す"細胞周期"によって制御されているが、M期をスキップした細胞周期が動き出すと、細胞分裂 をせずにDNA合成のみが進むため、1つの細胞に含まれるDNA量が倍々ゲームで増えていく。シロイヌナズナで見出したDNA二本鎖切断(対になった DNAの二本鎖が同時に切断される致命的な現象)に対する応答反応も、まさにこのM期をスキップした細胞周期が動き始めることによって起こることが明らか になった。核DNA量が増えると細胞サイズも連動して大きくなることが知られているが、DNA損傷時も細胞分裂が停止するとともに、細胞サイズが大きくな ることが示された。

植物は固い細胞壁で囲まれているため、組織の中で細胞を移動させることができない。したがって、動物のようにDNA損 傷に応答して細胞死を起こすと、レンコンの孔のように組織に空隙を作ってしまい、成長を妨げることになる。一方で、細胞を殺さずに細胞分裂を停止させる機 構はこのようなリスクを回避できるだけでなく、細胞サイズを大きくすることにより、成長をある程度担保できる利点がある。したがって、植物は細胞死とは全 く異なる手段として、このような巧妙な機構を使って致命的なDNA損傷に対処していると考えられる。植物がもつ一つの生存戦略として、非常に興味深いリス ク回避機構である。

【本研究の意義】
本研究により、植物がDNA損傷を克服する新たなメカニズムが明らかになったので、今後この 制御機構を解明することにより、DNA損傷に強い植物の育種を期待できる。DNA損傷は様々な環境ストレスにより引き起こされるので、ストレス耐性植物の 作製にも繋がると考えられる。また、核DNA量が増加し細胞サイズが大きくなる現象は、器官や個体サイズの増加も引き起こす例が多い。例えば、イネの胚乳 ではこの現象が働くことにより胚乳組織が発達し、種子が形成される。したがって、今後、通常の細胞周期がM期をスキップした細胞周期に変わる機構を明らか にすることにより、バイオマスや食糧の増産に繋がる技術開発も期待できる。

【用語解説】
● DNA損傷
DNAの一本鎖切断や二本鎖切断、塩基のダイマー化などにより、DNAに傷が与えられる。中でもDNA二本鎖切断は、修復されずにそのまま細胞が分裂すると一部の遺伝情報が失われるため、致命的なDNA損傷と考えられる。

● 細胞周期
DNA を合成するS期と細胞分裂が起こるM期の間を、二つのギャップ期(G1期とG2期)が繋ぐ形で、G1期-S期-G2期-M期というように進行する。通常は S期で合成されたDNAがM期で2つの娘細胞に分配されるが、M期をスキップするサイクルに変わると、S期でのDNA合成のみが繰り返し起こるようにな り、核DNAの倍加現象が起こる。

共同研究者は次の通り
理化学研究所植物科学研究センター・植物ゲノム機能研究グループ
グループ長 松井南▽近藤陽一(現 関東学院大学)▽川島美香

理化学研究所横浜研究所
豊田哲郎▽神沼英里(現 国立遺伝学研究所)

東京理科大学理工学部
松永幸大

名古屋大学大学院理学研究科
栗原大輔

【関連リンク】
・論文は以下に掲載されております。
http://dx.doi.org/10.1073/pnas.1103584108
http://library.naist.jp/dspace/handle/10061/6334(NAIST Academic Repository: naistar)
・以下は論文の書誌情報です。
Adachi, Sumiko; Minamisawa, Kazunori; Okushima, Yoko; Inagaki, Soichi; Yoshiyama, Kaoru; Kondou, Youichi; Kaminuma, Eli; Kawashima, Mika; Toyoda, Tetsuro; Matsui, Minami; Kurihara, Daisuke; Matsunaga, Sachihiro; Umeda, Masaaki. Programmed induction of endoreduplication by DNA double-strand breaks in Arabidopsis. PROCEEDINGS OF THE NATIONAL ACADEMY OF SCIENCES OF THE UNITED STATES OF AMERICA. 24 May 2011

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