小さなRNAが、細胞分化を指令し、細胞間の距離を測っていた ~根の組織配置を決める動くRNAを発見/根の機能強化に期待~

2011/05/17

【概要】
奈良先端科学技術大学院大学(学長:磯貝彰)のバイオサイエンス研究科 植物細胞機能研究室 中島敬二准教授の研究グループは、根の特定 の細胞で作られる物質(マイクロRNA)が組織内に広がって濃度勾配を作り、細胞の分化や、維管束など水分の吸収にかかわる複雑な組織配置を決めるという 重要な機能を担っていることを世界で初めて明らかにした。この小さなRNAは、周囲の細胞へと拡散して作用するが、その濃度が薄まって作られる勾配が、細 胞間の距離を測るために巧妙に利用されるという新メカニズムも分かった。今後、根の機能の強化につながる可能性もある。この研究成果は、 Development(英国の国際的発生生物学専門誌、インパクトファクター7.6)の6月号に掲載された。
RNAと言えば、ゲノムDNAの情 報を写し取り、タンパク質の生産につなげるメッセンジャー(伝令)RNA (mRNA)が良く知られている。これとは別に、生物の細胞内には、特定のmRNAを分解するためにだけ存在する小さなRNA分子が存在することが約10 年前にわかった。これらはマイクロRNA (miRNA)と呼ばれる。これまでマイクロRNAは、それが作られた細胞でのみ働き、他の細胞には移動しないと考えられていた。
昨年、海外の研 究グループが、モデル植物のシロイヌナズナの根で、miRNA165と呼ばれるマイクロRNAが細胞間を移動する可能性を報告した。中島准教授らは、根の 特定の細胞層だけで一定量のmiR165を作らせ、その生産量と、まわりの細胞での活性の分布を同時に視ることができる形質転換植物を作って研究を行っ た。その結果、miR165が確かに細胞間を移行しており、また移動先でのmiRNA165の濃度が、その細胞の分化(特定の機能や形を持つこと)の決定 に重要な機能を果たしていることを明らかにした。また、根の中に作られるmiR165の勾配が、同心円状の組織配置に重要な働きをしていることを明らかに した。
この研究成果は、これまで細胞間を動かないとされてきたマイクロRNAが、植物の細胞間を動くことを明確に示しただけでなく、それによって 作られるマイクロRNAの濃度勾配が、細胞間の相対的な距離を測る手段として利用されている、という新しい発生メカニズムを示したものである。

【解説】 
多細胞生物の発生では、細胞どうしが位置関係や距離を確かめ合うことで、必要な場所に必要な細胞が分化する。このような発生メカニズムは、細部の乱れに惑わされることなく、器官や組織全体の中に必要な細胞を配置していくことが出来る実に巧妙な戦略である。
「位 置」に応じて細胞分化を制御する一般的な方法は、ある細胞が短距離シグナルを放出し、それを受け取った細胞に特定の分化プログラムを起動させるものである (図1左)。この方法では放出源の近くでシグナル分子を受けることが重要であり、受けたシグナルの「量」はさほど重要でない。もう少し巧妙なメカニズムで は、受けたシグナルの量に応じて異なる分化プログラムが起動される。この場合、発生源からの距離に応じて異なる細胞を配置することができる(図1右)。動 物ではこのようなシグナル分子が知られており、「モルフォジェン」と呼ばれる。一方植物では、モルフォジェン様の作用機構の存在は明確に示されていなかっ た。
今回の研究では、モデル植物のシロイヌナズナの根において、マイクロRNAがモルフォジェン様の機能を果たすことを明らかにした。植物の根の 横断面では、外側から順に表皮、皮層、内皮、内鞘、維管束と呼ばれる組織が同心円状に配置している(図2)維管束の中に導管と師管が配置される。導管のう ち維管束の外側にあるのが原生木部導管PX、中心に配置されるのが後生木部導管MXである。
miRNA165はファブロサ(PHB)と呼ばれる転 写調節因子のメッセンジャーRNAを分解するもので、内皮細胞でのみ作られる。PHB遺伝子は根の全細胞で転写されるため、miRNA165で分解されな いように変異させたPHBのメッセンジャーRNAは根の全細胞に貯まってしまった(図3左)。このような根では、内鞘やPXなどが正常に分化しなかった。 しかし変異PHBを分解できるように作りかえたmiRNA165を内皮だけで発現させると、PHBの発現は根の中心から周縁部へ向けての濃度勾配を回復 し、細胞分化も回復した。この際、内皮でのmiRNA165の生産量を変化させると、それに応じてPHBの勾配や細胞分化の異常度も変化した(図3中央と 右)。これらの結果は、内皮で作られたmiRNA165が根の中心に向かって低下する濃度勾配を作っており、それによってPHBのメッセンジャーRNAが 逆向きの勾配を作っていることを示している(図2下部のモデル)。
根の組織配置は水や栄養分の吸収や根の分岐など、根の機能そのものに重要である。根の組織配置がマイクロRNAの濃度勾配で作られていることは意外な発見である。マイクロRNAの分布を制御することで、根の機能を高めたり、成長力を向上できるかもしれない。

【関連リンク】
・論文は以下に掲載されております。
http://dx.doi.org/10.1242/dev.060491
・以下は論文の書誌情報です。
Miyashima, Shunsuke; Koi, Satoshi; Hashimoto, Takashi; Nakajima, Keiji. Non-cell-autonomous microRNA165 acts in a dose-dependent manner to regulate multiple differentiation status in the Arabidopsis root. DEVELOPMENT. June 2011

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