植物細胞を「初期化」する遺伝子を発見 ~さまざまな細胞に分化する能力を持たせる:有用植物の効率的な繁殖にも期待~

2011/08/01

【概要】
奈良先端科学技術大学院大学(学長:磯貝 彰) バイオサイエンス研究科 植物細胞機能研究室の 中島敬二准教授の研究グループは、根や葉に分化した植物細胞を未分化の初期胚の状態へリセット(初期化)する能力をもつ遺伝子を発見した。動物のiPS細 胞をつくるときのように発生プログラムを巻き戻し、分化多能性を持たせる遺伝子で、植物発生の基礎研究に重要であるのみならず、有用植物や希少植物を効率 的に繁殖させる技術に利用できる可能性がある。この研究成果は、アメリカ東部時間の平成23年7月28日正午(プレス解禁日時:日本時間 平成23年7月29日(金)午前1時)付で、カレントバイオロジー(5-year impact factor, 11.4)のオンライン版に発表される。

この遺伝子はRKD4と呼ばれ、転写因子(遺伝子から遺伝情報をメッセンジャーRNAへ転写する さいに、その強さを調節するタンパク質)をコードしている。RKD4とよく似た遺伝子は様々な植物のゲノムに広く存在しているが、それらの機能はいずれも わかっていなかった。中島准教授らは、モデル植物のシロイヌナズナにおいてRKD4遺伝子の破壊株を解析し、その胚の多くが初期胚で発生を停止することを 見つけた。また、RKD4は受精卵から初期胚までのごく短い期間にだけ発現していることを確認した。

さらに、本来RKD4を発現しない発 芽後の植物で、RKD4の発現を人為的にオン-オフできる実験系を用いて解析した結果、RKD4の発現をオンにすると根や葉から未分化な細胞塊が形成さ れ、そのような細胞では、初期胚でしか発現しないはずの遺伝子が多数発現していた。次にRKD4の発現をオフにすると、この細胞塊から胚が形成され、植物 個体にまで成長させることができた。このことから、RKD4には、発芽後の細胞を初期胚へとリセット(リプログラミング)し、分化多能性を賦与する能力が あることが分かった。

植物では古くから組織培養によりカルスと呼ばれる未分化な細胞塊を誘導し、そこから芽や根などの器官を作る技術が存 在する。しかし、植物細胞を初期胚にまでリセットする方法は、これまで知られていなかった。RKD4遺伝子を使えば、発芽後の植物から初期胚の性質をもっ た細胞を大量に得ることができ、そこから成熟胚を経て短時間で植物個体を再生することができる。今後、有用植物や希少植物などを効率的に繁殖させる技術の 確立などに応用が期待される。

【解説】 
有性生殖で増殖する生物は、受精後の規則的な分裂と分化を経て胚を形成する。胚細胞、特 に初期胚の細胞には、多様な器官へ分化する多能性や、活発に分裂する能力など、「胚性」と呼ばれる独特の性質が備わっており、動物では、この性質を利用し て胚性幹細胞(ES細胞)や人工多能性幹細胞(iPS細胞)から、個体や臓器を再生する研究が盛んに行われている。

種子植物においても、 受粉によってめしべの中の卵細胞に花粉の核が融合して受精卵ができる。受精卵は規則正しい細胞分裂により成長し、胚発生の中期にふた葉や根などの器官の原 型を作り、その後、成熟胚となって種子の中で休眠する。植物においては、胚発生の開始当初に働く遺伝子や、高い細胞分裂を維持するしくみについては、その 多くが未解明である。

今回発見されたRKD4遺伝子は、RKD遺伝子ファミリーの1つであり、様々なデータから、植物に普遍的かつ特有の 転写因子(遺伝子からメッセンジャーRNAへの遺伝情報の転写を調節するタンパク質)をコードしていると考えられる。通常、胚発生に必須の遺伝子は、その 破壊株を得ること自体が難しいが、RKD4遺伝子では、破壊株の胚の多くが致死になるものの、一部の胚が発芽まで達するために破壊株を得ることができた。 RKD4破壊株では、受精後すぐに細胞の形や分裂パターンに顕著な異常が見られた(図1)。また、RKD4は受精卵から初期胚までのごく短い期間にだけ発 現することが分かった。さらに、RKD4を発芽後の植物で発現させると、初期胚の性質を持つ細胞塊が形成された。これらのことからRKD4が胚発生のごく 初期において正常な胚発生を制御する重要な転写因子であることが分かる。

上記の初期胚様細胞においてRKD4の発現をオフにすると、初期 胚以降の胚発生が開始され(図2)、やがて個体が再生された。このことから、RKD4には、成体組織中の細胞(体細胞)を初期胚の状態へとリセットする機 能があることが分かる。この性質を利用し、葉や根などから初期胚を大量に得て、そこから植物個体を迅速に生産する技術を樹立できる可能性がある。例えば木 質バイオマスの原料となる樹木は、有用な株を樹立しても花が咲くまでに長い年月を要し、挿し木などの栄養生殖で徐々に増やすしかない。また植物の中には花 がまれにしか咲かないものや、カルスを誘導できないものがある。このような植物でRKD4と同じはたらきをする遺伝子を探し、その人工的な発現系を構築す れば、有用植物や希少植物などを効率的に繁殖させることが出来る可能性がある。

胚で活発に発現している制御因子を体細胞で発現させて多能 性細胞を獲得するという点で、本研究成果は、動物におけるiPS細胞の作製に類似している。iPS細胞では山中ファクターと呼ばれる3-4個の遺伝子が用 いられるが、植物(少なくともシロイヌナズナ)では、RKD4という1つの因子で多能性を賦与することができると考えられる。

【関連リンク】
・論文は以下に掲載されております。
http://dx.doi.org/10.1016/j.cub.2011.07.001
http://library.naist.jp/dspace/handle/10061/6336(NAIST Academic Repository: naistar)
・以下は論文の書誌情報です。
Waki, Takamitsu; Hiki, Takeshi; Watanabe, Ryouhei; Hashimoto, Takashi; Nakajima, Keiji. The Arabidopsis RWP-RK Protein RKD4 Triggers Gene Expression and Pattern Formation in Early Embryogenesis. CURRENT BIOLOGY . 28 July 2011

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