神経軸索の伸びる力を生み出す仕組みを発見 ~神経の再生医療への応用期待~

2015/08/11

【概要】
 脳内の神経細胞は、軸索と呼ばれる長い突起を適切な場所に伸ばし適切な神経細胞と結合することで脳の活動に必要な情報ネットワークを作る。その際に軸索は脳内の道路標識にあたる誘引分子を検知して正しい方向へ伸びるための力を発生させて正しい場所へと伸びる。しかし、軸索が誘引分子を検知して軸索伸長のための力を生み出すための仕組みはわかっていなかった。

 奈良先端科学技術大学院大学(学長:小笠原直毅)バイオサイエンス研究科の稲垣直之教授、久保祐亮研究員、情報科学研究科の杉浦忠男准教授、池田和司教授らの研究グループは、「シューティン」と呼ばれる軸索を伸ばすタンパク質と結合する「コルタクチン」というタンパク質を同定し、その作用として誘引分子による刺激によって軸索内でシューティンとコルタクチンの連結が強まることを突き止めた。また、シューティンとコルタクチンの連結の強化が力を生み出すことにより軸索の伸長を速めることも証明した。この研究成果により、軸索の伸長促進や神経の正しいネットワーク形成についての理解が深まるとともに、再生医療への応用などが期待できる。

 この成果は、米国東部時間の平成27年8月10日(月)付の米専門誌「ジャーナル・オブ・セルバイオロジー」のオンライン版に掲載される。

【解説】
〔研究の背景〕
 脳内の神経細胞は、軸索と呼ばれる長い突起を適切な場所に伸ばし適切な神経細胞と結合することで脳の活動に必要な情報ネットワークを作る。その際に軸索は脳内の道路標識にあたる誘引分子を検知して正しい方向へ伸びるための力を発生させて正しい場所へと伸びる。しかし、軸索が誘引分子を検知して軸索伸長のための力を生み出すための仕組みは長らくわかっていなかった。研究グループは、2年前に、軸索を伸ばす仕組みのキーとなるタンパク質「シューティン」が軸索先端でエンジンの役割を果たすアクチン線維と連結することによって軸索の伸長が早まることを見出していた。しかし、その連結がどのようなタンパク質の結合を介して起こるのか分子レベルの仕組みは不明だった。そこで今回、その連結を介するタンパク質の同定を試みた。

〔研究の手法〕
 実験では、ラット脳内の海馬にある神経細胞を培養して材料に使った。シューティンとコルタクチンの細胞内における連結は免疫沈降法というタンパク質検出の手法を使って解析。また、両分子の直接の連結については試験管内で行う手法(イン・ビトロ・バインディング・アッセイ)を用いた。また、軸索内におけるコルタクチンとアクチン線維との連結は高感度顕微鏡カメラによる細胞内1分子計測法で、リアルタイムに計測した。さらに、軸索の先端で発生する微細な駆動力の測定にあたっては、神経細胞を複数の蛍光ナノビーズ(ゲルの変形をモニターする粒子)を包埋したゲルの上で培養し、力の発生に伴うゲルの歪みをビーズの動きから計測。そのデータをコンピュータで解析し、発生した駆動力の大きさと方向を求めた。

〔結果〕
 まず、免疫沈降法を用いてシューティンと結合するタンパク質を網羅的に探索し、コルタクチンを同定した。次に、細胞内1分子計測法によりコルタクチンとアクチン線維との結合をライブ計測したところ、軸索先端でコルタクチンがアクチン線維と結合することもわかった(補足図)。研究グループのこれまでの解析から、軸索の先端が軸索誘引分子ネトリンによる刺激を受けると軸索内でシューティンがリン酸化されることが知られている(緑矢印)。そこで、シューティンとコルタクチンの結合をイン・ビトロ・バインディング・アッセイを用いて解析したところ、シューティンがリン酸化を受けるとシューティンとコルタクチンとの結合が強まることがわかった(補足図)。さらに軸索先端でシューティンとコルタクチンとの結合が強まると、エンジンの役割を果たすアクチン線維とタイヤの働きをする細胞接着タンパク質が連結することにより推進力が生み出され(青矢印)軸索の伸長が加速する(赤矢印)ことが証明された。

 また、逆にシューティンとコルタクチンとの結合を阻害した場合は、ネトリン刺激による力の発生とそれに伴う軸索の伸長が抑制された。

 以上の結果から、軸索先端におけるシューティンとコルタクチンとの結合が推進力を生み出して軸索の伸長を加速化することが明らかになった(補足図)。

〔研究の意義と位置づけ〕
 軸索が誘引分子を検知して軸索伸長のための力を生み出す仕組みは長らく不明だったが、今回の発見は、その仕組みを分子レベルで明らかにした。軸索を伸ばす分子の仕組みの解明は、神経再生の治療法開発にとって基盤となる知見である。また、このような力の発生の仕組みは、免疫細胞の移動やがん細胞の浸潤など他の細胞にも存在する可能性が指摘されており、神経科学に加えて免疫学やがん研究といった医学領域の研究の加速も期待できる。

 本研究は、文部科学省(MEXT)及び日本学術振興会(JSPS)科学研究費、NAIST次世代融合領域研究推進プロジェクト、大阪難病研究財団による支援によって実施した。


【補足図】
 軸索が伸びるために推進力を生み出す仕組み。軸索先端が誘引分子(ネトリン)を検知していない状態では、エンジン分子(アクチン線維)がアイドリング状態で、タイヤ分子(細胞接着分子)に力が伝達されない(左)。軸索先端が脳内のネトリン分子を感知すると(右)、軸索先端内でシューティンがリン酸化される(緑矢印)。シューティンがリン酸化されるとシューティンとコルタクチンとの結合が強まり、エンジン分子の駆動力(黄矢印)がタイヤ分子へと伝わることで推進力が生まれる(青矢印)。これにより軸索の伸長が加速する(赤矢印)。

【関連リンク】
・タイトル
Shootin1-cortactin interaction mediates signal-force transduction for axon outgrowth
・論文は以下に掲載されております。
http://dx.doi.org/10.1083/jcb.201505011
http://library.naist.jp/dspace/handle/10061/10086
(NAIST Academic Repository:naistar)
・以下は論文の書誌情報です。
Yusuke Kubo, Kentarou Baba, Michinori Toriyama, Takunori Minegishi, Tadao Sugiura, Satoshi Kozawa, Kazushi Ikeda, and Naoyuki Inagaki; The Journal of Cell Biology, Volume 210, Issue 4, 17 August 2015, Pages 663-676

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