炭素材料の温度差発電性能を食塩の添加により飛躍的に向上 ~実用化水準の耐久性をもつn型カーボンナノチューブの熱電発電シートを開発 新しい無停電電源への応用期待~

2016/03/31

【概要】

 奈良先端科学技術大学院大学(奈良先端大、学長:小笠原直毅)物質創成科学研究科 光情報分子科学研究室の河合 壯(かわいつよし)教授、野々口斐之(ののぐちよしゆき)助教らは、世界最高水準の発電性能と耐久性を有するフレキシブルな熱電発電(温度差発電)シートを開発しました。特に高耐久化の問題を改善するため、材料のカーボンナノチューブに食塩などを添加することにより、出力特性が従来の約3倍に向上したうえ、150度の温度で1ヶ月以上の性能保持を実現しました。

 この技術を使い試作した熱電発電デバイス(装置)は柔軟で、熱源に貼るだけで発電できることから、工業プラントや自動車の配管で生じる熱、複雑な形状をもつラップトップコンピューター等の排熱を利用した電力供給のほか、体温によるヘルスケア機器の駆動など、省エネや地球温暖化の抑制に貢献する応用が期待されます。また、有機材料の場合にしばしば課題となる高耐久化を実現したことから、熱電発電炭素材料の実用化への取り組みが加速することが期待されます。

 今日、消費されるエネルギーのうち約3分の2が未利用のまま環境中に放出されています。その排熱の80%以上は200℃以下であり、自動車などの移動を伴う排熱源が多いため、フレキシブルで軽量の熱電発電デバイスが望まれています。これまでには導電性高分子がフレキシブルなプラス型(p型、低温側がプラスに帯電)の熱電材料として注目されてきました。しかし、実用的な高効率発電のためには、高性能で耐久性があるマイナス型(n型、低温側がマイナスに帯電)熱電発電材料を開発し、これらを組み合わせて双極型熱電発電シートを実現する必要がありました。

 これまでに河合教授らは、軽くて丈夫なカーボンナノチューブに着目し、その熱電発電特性について研究を重ねてきました。平成25年には通常はp型を示すカーボンナノチューブを安定なn型に変える一連の薬剤(ドープ材料)を発見し、非常に困難とされていたフレキシブルなn型熱電変換材料の開発に成功しました。

 この研究成果が契機となり、カーボンナノチューブを用いた温度差発電技術の世界競争が過熱してきました。一方で、従来技術によるカーボンナノチューブを用いた双極型温度差発電シートは依然、空気中で劣化しやすいため、実用化のためには安定化技術の抜本的な見直しが必要でした。

 今回、研究チームではとくに、マイナス型(n型)有機材料の不安定性の起源を化学結合のレベルから見直しました。その結果、ナトリウムイオンやカリウムイオンと結合する性質を有するクラウンエーテルという有機化合物とともに食塩(塩化ナトリウム)などの薬剤をカーボンナノチューブに添加することで、世界最高水準の熱電発電性能と高い耐久性をもつマイナス型カーボンナノチューブ複合材料を開発しました。この成果は、Wiley出版(ドイツ)の国際科学誌「Advanced Functional Materials」(アドバンスト・ファンクショナル・マテリアルズ)に掲載される予定です。

【背景】

 今日、先進国で消費されるエネルギーのうち約3分の2が未利用のまま排熱として環境中に出されています。その1%でも無駄なく回収できれば、地球温暖化の抑制や省エネに大きな効果が見込めます。大規模な熱源としては火力・原子力発電所や自動車の排熱などがあり、さらに温泉や私たちの人体そのものもエネルギー資源となり得ます。しかし、これらの排熱の80%以上は200℃以下であり、しかも大概は分散しているため、熱によりタービンを回して発電するような従来型の発電技術によるエネルギー回収は困難です。

 このような環境中に放出される熱エネルギーを直接電力に変換する技術として熱電発電が注目されています。利用されずにむしろ邪魔になっていた排熱を電気エネルギーに換えられる点が大きなメリットで、温度差がある限り電力が得られるため、電池交換や配電、急な停電などを意識しなくてもよく、さらに、可動部を持たないため騒音が無く地震などに対しても強靭、しかも排出ガスがなくクリーンな電気エネルギーを得ることが可能などの優れた特徴があります。二酸化炭素の排出抑制効果も期待されます。

【これまでの技術課題】

 このような背景のもとで、高性能で環境負荷の小さい熱電発電材料に向けた研究が進められてきました。また、効率的な熱利用のためには熱源の形状に合わせて密着させることが可能な柔軟性のある熱電発電シートの開発が待たれてきました。

 ただ、これまでに研究された高性能の熱電変換材料の多くは、鉛、ビスマス、テルルなどの有害金属を主な原料として作製されているため、素子材料の低コスト化や大量普及が困難な状況であるうえ、金属などの材料は、柔軟性に乏しく、曲面に密着させることが困難です。このため、大半を占める中程度の温度の熱源である廃熱・放熱源には適さず、焼却炉などの高温熱源での使用に限定されています。

 これまで自動車などの100℃程度あるいはそれ以下の比較的低温の排熱をターゲットにして、毒性の低い導電性高分子やカーボンナノチューブを使用したフレキシブル熱電変換材料の研究が行われてきました。効率的な電力変換のためには双極型熱電発電シートを開発する必要がありましたが、多くの有機材料はプラス型(p型)に限定されており、実用的な安定性をもつマイナス型(n型)のフレキシブル材料の開発が待たれていました。

【研究の経緯】

 河合教授らの研究チームでは、軽くて丈夫なカーボンナノチューブに着目し、その熱電発電特性について研究を重ねてきました。平成25年には通常はp型を示すカーボンナノチューブを安定なn型に変える一連の薬剤(ドープ材料)を発見し、非常に困難とされていたフレキシブルなn型熱電変換材料の開発に成功しました。この研究成果が契機となり、カーボンナノチューブを用いた温度差発電技術の世界競争が過熱していました。

 一方で、従来技術によるカーボンナノチューブを用いた双極型温度差発電シートは依然、空気中で速やかに劣化するため、実用化には安定化技術の抜本的な見直しが必要でした。今回、河合教授らは劣化の原因とされるマイナス型(n型)有機材料の不安定性の起源を化学結合のレベルから見直し、実用的な耐久性をもつマイナス型カーボンナノチューブ複合材料の開発に成功しました。

【新しい技術の概要】

 まず、母材である単層カーボンナノチューブに食塩(NaCl)などのアルカリ金属塩と、クラウンエーテルという有機化合物を添加したところ、単層カーボンナノチューブが高性能のマイナス型(n型)材料になることを見出しました。このことは熱電特性評価や電界効果トランジスタの物性測定などさまざまな測定法を用いて確かめられました。

 その結果、従来の方法で調整したマイナス型カーボンナノチューブに比べて、電力特性がおよそ3倍になり、大幅に向上していることがわかりました。

 さらに、このタイプのカーボンナノチューブ複合体の熱電発電特性をもとに一般的な双極型熱電変換素子(図1(B))に適用した場合の出力電圧を推定したところ、プラス型(p型)材料のみを利用した場合に比べて2倍以上に増強されることが判明しました。これはカーボンナノチューブがマイナス型(n型)になったことによるものです。

 しかも、その出力電圧は従来技術と比べて飛躍的に安定であることが明らかになりました(図1(C))。従来のマイナス型(n型)カーボンナノチューブは大気下で急速に劣化しますが、今回開発したカーボンナノチューブ複合体は150℃の高温でもほとんど劣化しません。分子構造や配合の最適化の結果、大気下150℃において1ヶ月以上にわたってマイナス型(n型)材料としての性能が95%以上保持されることが実証されました。

 また、構造解析の結果、アルカリ金属とクラウンエーテルが結合した錯体と呼ばれる化合物がカーボンナノチューブまわりに吸着していることが明らかになりました。クラウンエーテルはナトリウムイオンなどのアルカリ金属イオンと結合しやすいことが良く知られています。両者が結合するとプラス(正の電荷)に帯電したクラウンエーテル錯体陽イオンとマイナス(負の電荷)に帯電したマイナス型(n型)カーボンナノチューブの組み合わせになり、適切な電荷バランスをとりながら配置することで安定化していることがわかりました(図1(A))。つまり、従来の方法で利用されてきた陽イオンに比べてクラウンエーテル錯体陽イオンは大きく広がった平面状の構造を持つため、マイナスに帯電したn型カーボンナノチューブとより強固で安定なイオン結合を形成していると考えられます。このような強固なイオン結合がカーボンナノチューブ内の電荷の移動を促進し高い出力性能と高い耐久性をもたらしたと考えています。

今回の研究では九州工業大学の宮崎康次教授のご協力により、詳細な熱伝導率の評価を行いました。また、奈良先端大の中村雅一教授、松原亮介助教(現・静岡大学)のご協力により、今回の技術を用いた電子デバイス応用を実証しました。


【今後の展望】

 今回、マイナス型有機材料としては世界最高水準の耐熱性と発電出力性能を実証しました。また、試作した熱電変換シートは実用化されている熱電モジュールとほぼ同等の電力を出力できるほか、従来の熱電モジュールにないフレキシビリティや耐衝撃性を備え、有機系熱電発電シートとしては初めて100℃以上の高温でも高い安定性を示します。例えば、このシートにより、温泉、火力発電所、焼却・燃焼設備や自動車からなどから出る排熱のエネルギー回収ができれば、化石資源の効率的な利用と地球温暖化の抑止を同時に達成する切り札になると期待しています。また身の回りの温度差を利用するモバイル電源として人体や自動車内などのセンサーへの展開も期待できます。すでに企業との共同研究を進めており、電子デバイスの給電実験に成功しております。今回の技術開発により有機材料の場合に困難な課題となりやすい安定化を達成したことから、有機熱電発電材料の実用化への取り組みが加速することが期待されます。今後は、製造プロセスやコストと耐久性のバランスなどについて早急に検討を行い実用化に向けて一層の研究を加速させたいと考えています。


【研究支援】

 今回の研究は科学研究費補助金・若手研究B(No.26790014)(平成26年度~平成27年度)、および奈良先端科学技術大学院大学の文部科学省特別経費「グリーンフォトニクス研究教育推進拠点整備事業」(平成23年度~平成27年度)の一環として行いました。


【発表論文】

*Y. Nonoguchi(奈良先端大助教), M. Nakano(奈良先端大学生), T. Murayama(奈良先端大技術補佐員), H. Hagino(九工大学生), S. Hama(九工大学生), K. Miyazaki(九工大教授), R. Matsubara(奈良先端大助教), M. Nakamura(奈良先端大教授), *T. Kawai(奈良先端大教授)(*責任著者)
"Simple Salt-coordinated n-Type Nanocarbon Materials Stable in Air"
Advanced Functional Materials(印刷中)
DOI:10.1002/adfm.201600179
naistar:http://hdl.handle.net/10061/10477
     
(NAIST Academic Repository:naistar)

【補足・キーワード解説】

  • 熱電発電・熱電変換:温度差を電位差に直接、エネルギー変換する技術。金属や半導体試料の両端に温度差をつけることにより、その両端間に電圧が発生するという「ゼーベック効果」の理論を応用した発電を熱電発電、その変換方法を熱電変換と呼ぶ。素子の一方を高温の熱源に接触させ、他方を低温の熱浴(例えば水冷や空冷された熱浴)に接触させることで、温度差を作り出し発電することができる。電圧は温度差に比例して大きくなる。
  • 熱電変換材料のプラス型(p型)、マイナス型(n型):流れやすい荷電粒子を表す材料極性の呼び方。高温側に対し低温側でプラスの電圧が発生する材料はプラス型材料(p型)、マイナスの電圧が発生する材料はマイナス型(n型)と呼ばれる。
  • 双極型熱電発電デバイス(補足図あり):プラス型(p型)とマイナス型(n型)の材料が直列に組み合わさったモジュール構造。両者の接点部分を高温熱源に接触させることで熱電変換効率を大幅に改善することができる。ギリシャ文字のπ(パイ)の形をしているため、「π型構造」とも呼ばれる。実際の素子は、この「π型」をいくつも並べて電気的に接続して平板状やフィルム状に形成される。
  • 単層カーボンナノチューブ:カーボンナノチューブは炭素原子のみからなり、直径が0.4~50 nm、長さがおよそ1~数10 µmの円筒状のナノテク炭素材料。その化学構造はグラファイト層を丸めてつなぎ合わせた形で表され、層の数が1枚だけのものを単層カーボンナノチューブ、複数のものを多層カーボンナノチューブと呼ぶ。遠藤守信・信州大学特別特任教授や飯島澄男・名城大学大学院終身教授らにより発見、構造決定された。さらには量産化がすすめられ日本発のナノテク材料として注目されている。
  • クラウンエーテル:環状に炭素が2つ、酸素が1つの順で規則正しく並ぶ、王冠状の有機化合物。環の中心に向いて配列した酸素原子と金属イオンが引き合うため、ナトリウムイオンなどの金属イオンを強く捕捉する特徴をもつ。クラウンエーテルに捕捉された陽イオンに電子を供与することで、金属イオンのプラス電荷を広い範囲に薄める役割を果たす。
  • 電界効果トランジスタ:ソース電極とドレイン電極間の電流をゲート電極の電圧で制御できるトランジスタ。
  • 導電性高分子:導電性高分子は"電気を通すプラスチック"として白川英樹博士らが世界に先駆けて開発に成功し、2000年にノーベル賞を受賞した。日本発の新素材として注目されており、コンデンサの材料としてスマートフォンなどの携帯電子機器の部品に利用されているほか、太陽電池や有機電界発光素子などへの応用が検討されている。熱電発電特性についても検討が進められている。


【これまでの関連する報道の状況】
[1]奈良先端大「しなやかな材料による温度差発電 ~世界初の熱電発電シートを開発 身の回りの排熱の利用やウェアラブルデバイスの電源に~」(平成25年11月26日プレスリリース)
  ・平成25年11月27日 日本経済新聞 「外気との温度差利用 体にシート貼り発電 奈良先端大、腕時計など想定」
  ・平成25年11月27日 産経新聞 「体にペタッ 発電シート 奈良先端大開発」
  ・平成25年11月27日 NHK 「体温でも発電するシート開発」
  ・平成25年11月27日 奈良新聞 「貼るだけで発電 柔軟な材料開発 曲面の装着も可能に」
  ・平成25年11月27日 日刊工業新聞 「奈良先端大など、排熱時の温度差で発電するシート開発」
  ・平成25年12月2日 モーニングスター 「<話題>カーボンナノチューブを用い熱で発電する技術、関連銘柄に刺激も」
  ・平成25年12月3日 毎日新聞 「体に貼り発電 双極型シート 奈良先端科技大学院大 河合教授らが開発」 他
[2]首都大学東京「カーボンナノチューブが、熱を電気エネルギーに変換する優れた性能を持つことを発見」(平成26年1月29日プレスリリース)
[3]首都大学東京「一次元ナノ物質で構成されたバルク材料の熱を電気に変える性質を電界で自由に制御することに成功」(平成26年10月28日プレスリリース)
[4]九州大学「カーボンナノチューブを用いたフレキシブルで高性能なn 型熱電変換フィルムの作製に初めて成功」(平成27年1月22日プレスリリース)

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