生命の起源説をヒントにして、らせん構造の転写実験に成功 ~左右不斉の分子が生命現象を担った謎の解明へ 紫外光を使った情報記録、半導体高分子の微細回路化へ道~

2016/07/06

【概要】

 奈良先端科学技術大学院大学(学長:小笠原 直毅、奈良県生駒市)の物質創成科学研究科高分子創成科学研究室の藤木 道也教授とノル・アズラ・アブダル・ラヒム女史(博士課程3年)は、太古の地球で起こった原始生命の起源とその素材となる分子が左右のどちらか片方だけという不斉の起源に関する諸説(パンスペルミア説1、コアセルベート説2、地球外円偏光起源説3など)にヒントを得た、遊び心の実験から、紫外光(波長313nm)で簡単に分解される人工らせん高分子(ポリシラン4)と、紫外光では分解されない非らせん有機高分子(ポリフルオレン)を混ぜるだけで、不斉の発生→転写→固定→再生というらせん構造転写のシナリオが可能であることを実験室レベルで再現することに成功しました。

 紫外光で簡単に分解されるらせんポリシランを光分解性の不斉足場5として使い、紫外光で分解されない非らせんポリフルオレンと混合させると(高分子ブレンド法6)、わずか10秒で直径が約2.7μmのコロイド粒子が生成され、ポリフルオレンがらせん構造になって、円偏光という特殊な光を吸収し、青色の円偏光を発しました。ポリシランとポリフルオレンは、静電荷を持たないにもかかわらず、2:1の組成で超分子を形成していました。不斉足場のポリシランを紫外光で完全に分解すると、二つのコロイド粒子(直径2.0μmと0.3μm)に分裂しましたが、らせんポリフルオレンの円偏光特性はほとんど変化せず、ポリフルオレンのらせん構造をそのまま保持していました。

 昨年7月、ロシアの宇宙生物学者A.スロボドキンらは、サーモアネロバクター・シデロフィラスという耐熱性極限環境微生物が980 ℃以上の超ストレス条件でも生育できることを人工彗星による模擬実験で明らかにしました(PloS One, 10, e0132611(2015))。さらに今年6月には、米国の電波天文学者B.A.マクガイアらが、天の川銀河の中心から390光年離れたサジタリアスB2と呼ばれる巨大な分子雲(太陽の300万倍の質量を持つ)に、不斉分子(プロピレンオキシド)の存在を突き止めました(Science, 352, 1449-1452 (2016))。生命分子の不斉が発生したとされる38億年前に遡って地球上や地球外で起こった壮大なドラマを想像すると、地球表面のみならず、地球外の惑星、衛星、彗星、星間物質、星が誕生している分子雲の不斉分子が生命の種子となって、宇宙の片隅で出会った異なる構造の分子にも超分子的に不斉構造が転写され、伝搬しているかも知れません。そして宇宙のどこかで誕生した生命が地球上に降り立ったというSF小説のような仮説も現実味を帯びてきました。

 一方、応用の見地からは、今最も注目を集めている機能材料のひとつが、紫外から近赤外にかけて高効率で発光する円偏光発光材料です。これまでは精緻な分子設計のもと、高価な試薬を使用して多段階の合成経路で多くの労力と時間を費やして合成されてきました。プロセスやコストから言えば、発光する非らせん高分子とらせんポリシランを単に混ぜるだけで、強く円偏光を吸収し、強く発光する光機能高分子薄膜が常温常圧、無触媒、1-2分(混合5-10秒、紫外線照射30-90秒)という極めて短時間で合成できるので大きなメリットです。また、ポリフルオレン以外にも種々のパイ共役高分子とポリシランを混合するだけでパイ共役高分子-ポリシラン複合材料が常温常圧、無触媒に得られることも予備実験で確認しているため、紫外光照射でポリシラン主鎖が分解して低分子化する特性を用いて、紫外光で書込、紫外可視光で読込可能な情報記録媒体(WORM)や、光リソグラフィーによる半導体高分子の微細回路を直接形成すること7が可能です。

 本成果は、高分子科学のトップジャーナルの一つ、Polymer Chemistry (DOI: 10.1039/C6PY00595K)(英国王立化学会, IF 5.5)にWeb版(2016年6月24日)として掲載され、同誌の研究ハイライトとして表紙(裏)に選出されました。

【解説】

 地球上の生命体は、右(D)型の糖鎖分子(DNA、RNA、セルロースなど)と左(L)型のアミノ酸分子(タンパク質、酵素など)からできています。地球の生命は不斉分子の存在なしには誕生しなかったとされています。フラスコ中の化学反応ではD体とL体が半々ずつできるのに、地球という巨大なフラスコで起こった太古の反応では、なぜD-Lの選択性があったのでしょうか?L.パスツールの時代から150年以上も続く科学史上最大の謎の一つとされています。

 1903年スウェーデンの化学者S.A.アレニウスは、光パンスペルミア説を唱えました。宇宙空間には生命の種が漂って広がっており、太陽からの光圧で直径0.2μmの微粒子(生命の種子)が地球上に降り注ぎ、地球が誕生してわずか数億年後には最初の生命体が発生したといいます。1978年英国の天文学者F・ホイルは、生命は彗星で発生し、彗星が地球に衝突して地球上に生命がもたらされたとするパンスペルミア説を唱えました。

 また、1920年から1930年にかけてロシアのA.I.オパーリンや英国のJ.B.S.ホールデインは、コアセルベート説を唱えました。生命の化学進化の過程でできた直径1-10μmの球状微粒子(コロイド粒子)が原始の細胞であるというものです。1953年、シカゴ大学のS.L.ミラーは火花放電などにより窒素、水素、水のような簡単な分子からタンパク質の素材分子となるアミノ酸の発生を報告しました。

 不斉の発生には、左右どちらかに回転する特殊な円偏光(ガンマ線、X線、紫外線)が起源との学説が広く知られています。火花放電のエネルギーは円偏光(円偏波)ではありません。しかしながら、最初の生命が発生したであろう38億年前にそのような円偏光源が宇宙空間や地球上に存在していたという証拠はないものの、オリオン座大星雲などの星が誕生している領域では円偏光を発していることが明らかにされています。近年、実験室レベルながら、円偏光源で生じたごく微小なD-Lの偏りから、特殊な化学反応系のもとに不斉収率がほぼ100%に増幅が可能との報告がなされました。

 今年6月、米国の電波天文学者B.A.マクガイアらが、天の川銀河の中心から390光年離れたサジタリアスB2と呼ばれる、星が誕生しつつある巨大な分子雲の中に、不斉分子(プロピレンオキシド)の存在を振動回転スペクトル解析から突き止めましたが、左右のどちらであるかは不明です。これまでに、サジタリアスB2から、エチルアルコール、メチルアルコール、ギ酸エチル、アミノアセトニトリルなど、糖やアミノ酸の前駆体となる不斉ではない分子が多く見つかっていましたが不斉分子の発見は初めてです。

 今回、実験に使われたポリシランは、ケイ素(Si)同志が連なった構造が主鎖になっており、らせん状の構造になったポリシランは、藤木教授が1994年に発見しました。ポリシランの主鎖が紫外光で簡単に分解されてしまうことから、電子材料、光学材料には向かないとされましたが、この性質を利用して、光に当たった部分が溶けやすくなるポジ型フォトレジストや光導波路としての可能性は残されていました。

【研究の位置づけ】

 太古の地球で起こった分子不斉の起源説をヒントにして、紫外光で簡単に分解され電荷を持たないポリシランと、紫外光ではまったく分解されない熱的に安定で電荷を持たないポリフルオレンをモデルとして取り上げ、らせん足場による不斉の発生・転写・固定・再生というシナリオが可能か否かを実験室レベルで検証しました。原始生命そして現在の生命を担う分子は、L-アミノ酸それともD-糖でしょうか?最初の生命誕生後の38億年間で分子的証拠はすべて失われてしまいました。分子不斉の起源説の多くは、電荷を持つL-アミノ酸や電荷を持たないD-糖の直接的な発生を仮定しています。しかしながら、星の誕生領域には、電荷を持たないプロピレンオキシド分子が存在していたことからも、電荷を持たないが不安定な不斉分子が足場となり、続くL-アミノ酸やD-糖の発生を促進し、足場の不斉分子は、その後の光反応や熱反応、加水分解反応で分解され、その化学的な証拠が消失したというシナリオを考えました。実際に、ポリシランとポリフルオレンを混合させてみると、わずか10秒で直径が約2.7μmのコロイド粒子が生成され、ポリフルオレンがらせん構造となって、円偏光という特殊な光を吸収し、青色をした強い円偏光を発しました。驚くべきことに、ポリシランとポリフルオレン同士は、電荷を持たず、無極性であるにも関わらず、組成が2:1である超分子を形成することがわかりました。さらにポリシランを光分解すると、直径が2.0μmと0.3μmの二つのコロイド粒子とに分解し、細胞分裂とよく似た現象を示しました。それにも関わらず、らせんポリフルオレンの円偏光吸収/発光特性はほとんど変化しませんでした。

【用語解説】

  1. パンスペルミア説(胚種広布説):1870年代、フランスの細菌学者L.パスツールは生命分子の不斉性の宇宙起源説を唱えました。そのころ、英国の物理学者W.トムソン卿(のちに、不斉構造(鏡像構造)をキラリティー(掌性)と命名したことで有 名)は、微生物が彗星か小惑星に乗って地球にやってきたというパンスペルミア説を唱えました。ドイツの物理学者で生理学者のH.ヘルムホルツはトムソン説を支持しました。一方、1903年スウェーデンの化学者S.A.アレニウスが光パンスペルミア説を唱えました。宇宙空間には生命の種子が広く存在していて、太陽などの恒星からの光圧で直径0.2μmの微粒子が地球上に降り注ぎ、地球が誕生してわずか数億年後には最初の生命体が発生したというものです。光は質量を持ちませんが運動量を持っており、微粒子は光の運動量の作用でゆっくりと宇宙空間を移動できます。1978年、英国の天文学者F・ホイル(宇宙開闢の瞬間をビッグバンと命名したことで有名)も、生命は彗星で発生しており、彗星が地球に衝突することで地球上に生命がもたらされたとするパンスペルミア説を支持していました。2015年7月パンスペルミア説を裏付ける発見がありました。ロシアのA.スロボドキンらは、サーモアネロバクター・シデロフィラス(Thermoanaerobacter siderophilus)という耐熱性極限環境微生物(高温に耐え、鉄存在下でも成長でき、高ストレス環境でも芽胞形成が可能という特殊な生物)を使って人工隕石の中に埋め込み、980℃以上の超ストレス条件に隕石を曝したところ、24標本中4つが生存していました(PloS One, 10, e0132611(2015))。
  2. コアセルベート説:1920年から1930年にかけてロシアのA.I.オパーリンや英国のJ.B.S.ホールデインが独立に唱えました。生命の化学進化の過程で、直径1-10μmの球状粒子、すなわち細胞膜を持たないがコロイド粒子そのものが原始細胞の原型であり、原始的な有機スープを栄養源にしながら、生命活動に似た代謝反応を行っていたとされています。
  3. 地球外円偏光起源説:左右どちらかに回転する特殊な円偏光(ガンマ線、X線、紫外線)が不斉の起源であるとの学説です。近年の研究で、天の川銀河の中のオリオン座大星雲(M42:地球から1300光年離れています)や他の星雲で、星が形成されている領域が円偏光を発していることが明らかになっています。しかしながら、最初の生命が発生したであろう38億年前にそのような円偏光源が地球上に降り注いでいたという証拠はありません。地球にとって最も身近な恒星である太陽からの光は、円偏光ではありません。しかしながら、近年、実験室レベルながら、円偏光源で生じたごく微小なD-Lの偏りであっても、特殊な化学反応ながら、ほぼ100%に不斉増幅が可能と報告がされました(2005年、井上芳久-硤合憲三)。強い円偏光を発している恒星であれば10億光年のかなたにあっても良いと思われます。
  4. ポリシラン:ケイ素同士の結合が主鎖となる高分子化合物です。ケイ素は地殻を構成する元素のなかで酸素(50%)についで2番目(26%)に多い元素です。周期律表で言えば、ケイ素と炭素はともに14族に属し、結合の手は4つです。
  5. 不斉足場:建築の分野では、足場を組んで建造物をつくっていき、建造物の完成後はすべて撤去されるため、足場の痕跡は残りません。不斉化学の分野でも、不斉構造を構築するためにしばしば足場となる分子が補助的に使用されていますが、不斉構造を構築した後も足場分子が残ったままで、完全除去が困難でした。生命不斉の起源の一つに、ポリグリシン説が提唱されていました(1955年、赤堀四郎)。アミノアセトニトリルが加水分解してグリシン(左右のない最も単純なアミノ酸)が最初にでき、粘土表面に吸着して重縮合してポリグリシンができあがり、不斉アミノ酸を発生させた足場になったといいます。ただし、不斉アミノ酸の左右は偶然に決まったとされました。2008年マックスプランク電波天文学研究所の観測から、サジタリアスB2の分子雲中に、アミノアセトニトリルが存在していることが明らかになりました。
  6. 高分子ブレンド法:高分子複合材料の製造に多用される手法です。フローリー⋅ハギンス理論によれば、化学構造が異なる高分子Aと高分子Bを混合させると、高分子Aと高分子Bは互いに溶け合うことができず(混合エントロピー変化が殆どないため)、高分子Aは高分子A同士で、高分子Bは高分子B同士で自発的に集合し、水と油を混ぜたときのような二相分離状態になります。しかしながら、高分子Aと高分子Bを急速混合させた非平衡状態からは、高分子Aと高分子Bから不安定な複合体が形成され、濃度ゆらぎが引き金となって複合体が時間とともに成長して、熱安定な二相分離状態に落ち着きます。
  7. 半導体高分子の微細回路の直接形成:1980年代に藤木らの研究チームが概念を示し、実証した技術です。シリコンウェハーに可溶性有機半導体薄膜を塗布法で作製したのち、電子線を直接照射し、アルコール洗浄だけで線幅0.8μmの微細回路の直接描画に成功しました。
    a) H. Tabei, M. Fujiki and S. Imamura,
    Direct Pattern Fabrication of Substituted Phthalocyanine Films,
    Japanese Journal of Applied Physics, Part 2: Letters, 24, 685-686 (1985).

    b) M. Fujiki, H. Tabei and S. Imamura,
    Direct Patterning and Electrical Properties of Phthalocyanines Thin Films Prepared by Langmuir-Blodgett and Spin Cast Techniques,
    Japanese Journal of Applied Physics, Part 1: Regular Papers & Short Notes, 26, 1224-1229 (1987).

図1
図1.今回の発見に至ったらせん転写実験のシナリオ
図2
図2.右らせんポリシランとポリフルオレンおよび左らせんポリシランとポリフルオレンのコロイド粒子(組成比2:1)の円偏光吸収スペクトル(上)と紫外可視吸収スペクトル(下):紫外光(313nm)照射前。
図3
図3.右らせんポリシランとポリフルオレンおよび左らせんポリシランとポリフルオレンのコロイド粒子(組成比2:1)の円偏光発光スペクトル(上)と発光スペクトル(下)の紫外光(313nm)照射前後の比較。

今回の発表対象となる論文

Nor Azura Abdul Rahim and Michiya Fujiki,
Aggregation-induced scaffolding: photoscissable helical polysilane generates circularly polarized luminescent Polyfluorene,
Polymer Chemistry (RSC)(2016)(DOI:10.1039/C6PY00595K) (研究のハイライトとしてback coverに掲載決定)
naistar:http://hdl.handle.net/10061/10665(NAIST Academic Repository:naistar)

上記の論文に関連して、最近NASAやESAが発見した、地球に類似した水の惑星(スーパーアース)、生命発生に不可欠な水が惑星・衛星に存在している研究を概説した当研究グループの論文

Michiya Fujiki, Keisuke Yoshida, Nozomu Suzuki, Nor Azura Abdul Rahim and Jalilah Abd Jalil
Tempo-spatial chirogenesis. Limonene-induced mirror symmetry breaking of Si-Si bond polymers during aggregation in chiral fluidic media, Journal of Photochemistry and Photobiology A: Chemistry, 2016 (DOI:10.1016/j.jphotochem.2016.01.027)(Elsevier).

【本プレスリリースに関するお問い合わせ先】

奈良先端科学技術大学院大学 物質創成科学研究科 高分子創成科学研究室

氏名 藤木 道也

TEL:0743-72-6040 FAX:0743-72-6049 E-mail:fujikim@ms.naist.jp

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