微弱な紫外線や放射線を世界最高の感度で検出する色素を開発 ~有害な電磁波の見える化技術で、安全管理に期待~

2020/02/04

微弱な紫外線や放射線を世界最高の感度で検出する色素を開発
~有害な電磁波の見える化技術で、安全管理に期待~

【概要】

 奈良先端科学技術大学院大学(学長:横矢直和)先端科学技術研究科 物質創成科学領域 光情報分子科学研究室の朝戸良輔氏(博士後期課程2年、NAIST-CEMES国際共同研究室・兼務)、河合壯教授、中嶋琢也准教授、センシングデバイス研究室の柳田健之教授、河口範明准教授らは、紫外光の照射により色が変化するフォトクロミック分子について大幅な高感度化を実現する技術と、同じ電磁波でより波長が短い放射線に対しても高感度で検出する技術の開発に成功しました。

 フォトクロミック分子は光を受けて反応が進行しますが、これまでのフォトクロミック分子では光子1つ当たりの反応分子数が1を超えることは極めてまれでした。河合教授らはフォトクロミック分子の反応メカニズムを、原点から見直すことで反応効率を高め、紫外線に対して1光子当たり平均33個(3,300%)ものフォトクロミック分子が反応する増幅光反応に成功しました。さらに、X線に対しても高い感度を有する反応条件をつきとめ、実際にX線を照射すると高い感度で色が変化する現象を見出しました。これまでフォトクロミック分子など有機色素はX線の吸収性が低いため、有機分子を使って高感度でX線を検出することは困難でした。河合教授らが開発したフォトクロミック分子は光に応答する反応において高い増幅性を有するため弱いX線を高感度に検出することが可能で、放射線作業中の微弱な被爆を検出する安全管理などX線の見える化技術につながるものと期待されます。

図0

【背景】

 現在、光が当たると化学反応が引き起こされる光反応材料は、エレクトロニクス産業で半導体チップに高密度の回線を描くレジスト材料や3Dプリンタなどに使われる光硬化樹脂など幅広い産業の基盤となっています。一方、光反応によって繰り返し色変化を示す分子はフォトクロミック分子と呼ばれ、プラスチック材料に分散することで電力を使わずに色を変えるサングラスレンズ素材として広く使われています。フォトクロミック分子は紫外線で変色することを利用して屋外環境の有害な紫外線を簡便にモニターする樹脂やシート型のUVチェッカーなどにも使われています。有害紫外線よりもより波長の短い電磁波であるX線などの放射線も肉眼では視認することが難しいため、安全管理面では簡便に放射線を計測する技術が必要とされています。現在、医療現場などの作業環境中の放射線モニターにおいては、電子式の放射線検出器やフィルムバッジが使われていますが、より簡便かつ即時に放射線のリスクを可視化するためには放射線により変色するプラスチック材料など新たな放射線チェッカーとしての機能を持つ色素材料が求められていました。

【技術課題】

 これまでの研究で、一部のフォトクロミック分子にX線を照射すると変色する現象は知られており、放射線検出材料への応用が検討されてきました。X線などの放射線を可視化する材料には、健康被害を引き起こすレベル以下の微弱な放射線量に対応できるだけの検出感度が必要となります。しかしよく知られているようにX線は透過性が高いため、紫外線に対しては高い感度を示す従来の高感度フォトクロミック分子においてもX線は透過してしまうため、大きな線量でなければ感知できず、小さな線量でもカバーできるように感度の大幅な改善が求められてきました。具体的な線量の値では、これまでの研究ではおおむね1Gy(グレイ)相当の大きなX線量しか感知することができず、人体の健康を守る放射線チェッカーの実現のためには100倍以上の高感度化が必要とされてきました。

【研究の経緯・結果の概要】

 河合教授らは、フォトクロミック分子の研究に長年取り組み、反応量子収率がほぼ100%となる世界最高感度のフォトクロミック分子の開発に成功するなど新しい分子技術開発を進めてきました。この研究は2011年1月にTVニュースで報道されるなど注目をあつめました。さらに2012年には低消費電力のスマートウィンドウ材料として、光で効率よく着色し、電流により色が消える色素材料の開発を実現しました。この材料では、電流効率が2,000%となっているため、1電子の反応により20分子の色が消えるという増幅電気反応が初めて実現しました。その後、河合教授らは増幅効率を上げる研究を続け、2016年には1電子の反応により1,000分子が反応する1,000倍増幅反応分子の開発に成功しました。今回の研究では、この1,000倍増幅分子の類縁分子を新たに開発し、紫外線やX線に対する反応性を詳細に調べた結果、高い変色感度を有する反応条件を発見しました。

図1

図 1 これまでの最高感度を有するフォトクロミック分子

【結果の概要】

1) 高感度紫外光反応:
 河合チームで開発されてきた高感度フォトクロミック分子では図1に代表例が示されるように光照射に伴って分子構造が変化し、無色から青色へ変化し、さらに青色状態に可視光を照射すると無色状態へ変化します。この無色⇔青色の状態変化は繰り返し行うことがでます。(i)2012年の研究の結果、青色状態に電気を流すと無色状態に変化する現象とその20倍の増幅効果が見つかりました。(ii)2016年の研究では電気を流す代わりに化学酸化剤を使うことで、1,000倍の増幅が可能となりました。(iii)今回、図2に示す酸化されやすい分子を化学合成しました。その結果、図3に示すように分子3、4を青色状態に変化させたのちに、酸化力がある塩素などのハロゲン元素を含む溶剤中で紫外線照射を行うと、効率よく無色状態に変化することを見出しました。紫外線照射に伴ってハロゲンが反応に関与し酸化反応が起こるため、無色状態へと変化します。この際には1つの光子が33個の分子の反応を誘起する(反応量子収率3,300%)という、紫外光に対してかつてない高感度を見出しました。この結果から、有機分子としては世界最高の紫外線に対する光感度を有していることがわかりました。

図2

図 2 今回検討した分子の構造


図3

図 3 分子1,3,4および5を有する青色溶液に対して紫外線を30秒間照射後の色変化の推移
          分子3,4では速やかに色が消える反応が見られた。見かけの反応量子収率は最高3,300%に達した。



図4

図 4 分子1,3,4および5を有する青色溶液に対しX線を100mGy(6秒間)照射後の色変化
    紫外線に対して感度の高い分子3,4(図3参照)はX線に対しても高い感度を示した。

2) 高感度放射線光反応:
 
ハロゲンを含有する溶剤中に分子3、4を溶かし青色の溶液を調整し、X線を照査すると青色状態から無色状態へ変化する現象が見出されました。結果の一例を図4に示します。この検討の結果から、紫外線に対して高い感度を示した分子3、4がX線に対しても高い感度を有していることがわかりました 。

図5

図 5  左:分子4を有する青色溶液に対してX線を一定線量照射した後の色変化
           右:分子4を含有する青色溶液に対してX線を照射した後の色変化速度と照射線量の関係

 さらに、図5左に示すように照射線量に応じて、反応の速さが変化することが見出されました。すなわち、100mGyの照射線量では15分程度でほぼ反応が完了する一方で、1mGyでは反応に要する時間が長くなります。図5右のように反応の速度と照射線量の間には直線関係がみられ、反応の速度から照射線量を見積もることが可能になりました。これらの結果から検出できる最小の線量は0.3mGy程度と見積もられました。これは従来の有機分子の感度に対して1,000倍に相当することが明らかになりました。

【研究の学術的な意義】

 有機分子に光があたると化学反応が引き起こされることが知られています。人体における視覚や日焼け、植物では光合成や開花などの様々な生理現象も、すべて分子の光反応によるものです。その反応感度は1光子当たりの反応分子数である光反応量子収率として研究されてきました。例えば人間の視細胞での反応量子収率は65%とされており、代表的な高感度反応として知られています。一方、人工分子の光反応では、例えば光硬化樹脂などの初期反応の反応量子収率は30%程度の場合が多く、光エネルギーの有効利用の観点からその向上に向けた研究が続けられてきました。今回、有機分子として初めて3,300%という極めて大きな反応量子収率を実現することができました。

図6

図 6 酸化反応に伴う連鎖無色化反応のイメージ図

 これは1つ目の分子の反応が起こったのちに、さらに次の分子の反応が引き起こされる連鎖反応が1,000回にもわたって繰り返されるためで、類似の連鎖反応はこれまで河合教授らによって詳細に研究されてきました。今回は、紫外線を利用してミクロな電気を発生させることで連鎖反応を開始することに成功しています。またX線によっても、ミクロな電気を発生させ連鎖反応を開始することに成功しており、極めてユニークな反応が実現しています。

 これらの研究成果は英国王立化学会誌Chemical Science誌関連ホームページに2020年2月3日に公開されました。

【今後の展望】

 今回、実証したX線の見える化は、原理実証にとどまっています。繰り返し使うための工夫や、プラスチックやフィルムとして利用するためには、多くの課題が残されています。一方で、今回示された最高感度は0.3mGyでこれは長距離の飛行機搭乗の際に受ける放射線量と大差なく人体にほとんど問題ないレベルです。言い換えると、このような工夫によって、近い将来に簡便に放射線を見える化し、放射線作業の現場管理など身の回りの安全安心を大きく高める放射線チェッカーが実現するものと期待しています。

【研究実施体制】

 今回の研究の一部は本学、光情報分子科学研究室とフランス・トゥールーズ市に設置された "NAIST-CEMES 国際共同研究室"で実施されました。また、論文の筆頭著者の朝戸良輔氏は本学とトゥールーズ・ポールサバチエ大学とのダブルディグリーコースに所属して両大学での共同研究活動に参加しています。

【研究支援に対する謝辞】

 今回の研究の一部は文部科学省特別経費「研究大学強化促進事業」のご支援をいただきました。あわせて、文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型)「高次複合光応答分子システムの開拓と学理の構築」(領域番号2606,課題番号26107006)などからのご支援をいただきました。謹んで謝意を表します。

【発表論文】

"Photosynergetic amplification of radiation input : from efficient UV induced cycloreversion to sensitive X-ray detection" Ryosuke Asato, Colin J. Martin, Jan Patrick Calupitan, Ryo Mizutsu, Takuya Nakashima, Go Okada, Noriaki Kawaguchi, Takayuki Yanagida, Tsuyoshi Kawai

Chemical Science, (2020)

DOI:https://doi.org/10.1039/C9SC05380H

【補足・キーワード解説】

放射線量:
 
放射線はエネルギーの幅が広く、透過性もエネルギーによって大きく異なる。放射線の強度は単位時間あたりに放射される放射線のエネルギー量となるが、物体の透過性を考慮した補正が行われる。通例はグレイGyあるいはシーベルトSvの単位であらわされる。今回検討したX線は銅から放射されるX線を利用しており、GyとSvの変換はおおむね1:1と考えられる。

光反応量子収率:
 多くの光反応は1つの分子が1つの光子を吸収して開始される。光反応量子収率は消費された光子数に対する反応した分子数で、通常は%で表記される。理想的な反応の場合は100%となり光子が無駄なく使われる状態となる。100%を超える反応量子収率はこれまで数例しか報告されておらず、1,000%程度が最大とされてきた。3,000%との今回の結果は従来の常識から大きく飛躍している。

【本研究内容についてコメントできる方】

阿部二朗 青山学院大学 理工学部 教授
TEL: 042-759-6225 E-mail: jiro_abe〔at〕chem.aoyama.ac.jp
松田建児 京都大学 工学研究科 教授
TEL: 075-383-2738 E-mail: kmatsuda〔at〕sbchem.kyoto-u.ac.jp

【本プレスリリースに関する問い合わせ先】

奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科
物質創成科学領域 光情報分子科学研究室 教授 河合壯

TEL:0743-72-6179 FAX:0743-72-6179  E-mail:tkawai〔at〕ms.naist.jp

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