プログラム理解能力に関連する脳活動パターンの特定に成功 〜習熟度の高いプログラマーほど、 プログラム理解のために脳活動が洗練されている可能性〜

2020/12/22

プログラム理解能力に関連する脳活動パターンの特定に成功
〜習熟度の高いプログラマーほど、
プログラム理解のために脳活動が洗練されている可能性〜

【概要】

 奈良先端科学技術大学院大学(学長:横矢直和)先端科学技術研究科 情報科学領域 ソフトウェア工学研究室の幾谷吉晴氏(博士後期課程3年)、数理情報学研究室の久保孝富特任准教授らは、情報通信研究機構 脳情報通信融合研究センターの西本伸志主任研究員、西田知史主任研究員との共同研究により、コンピュータプログラムを理解する能力について、個々人の習熟度の高さと関連する活動が脳の複数の領域で見られることを明らかにしました。この研究成果は、プログラム理解能力の習熟について脳活動の観点から明らかにするとともに、優れたプログラミング教育法の開発につながると期待されます。

 日常のあらゆるものが電子化され、インターネットに接続される現代社会において、プログラミング能力を有した人材の確保・育成は世界的な重要課題となっています。日本においても、2020年から小学校でプログラミング教育が必修化されるなど、プログラミング人材の育成に対する社会的な意義や重要性がますます大きくなっています。しかし、プログラミングは人類史においても比較的新しい活動であり、その能力がヒトの脳内でどのように実現されているかは、ほとんど明らかになっていません。

 そこで研究チームは、fMRI※1という脳活動を計測・可視化する装置を用いて、プログラミングの初心者から上級者までを含んだ合計30名の被験者の脳活動を調べました。その結果、各被験者のプログラム理解能力の高さが、大脳皮質の前頭葉・頭頂葉・側頭葉にわたる複数の脳領域の活動と関連することを明らかにしました。具体的には、脳情報デコーディング技術※2という解析技術を応用し、実験時に提示されたプログラムの内容を被験者の脳活動パターンから読み取ったところ、前頭葉・頭頂葉・側頭葉にわたる複数の脳領域における読み取り精度が高ければ、各被験者のプログラムを識別する課題の正答率が高成績であることを示し、両者が有意に相関することが分かりました。この結果は、高いプログラム理解能力を持つプログラミング上級者の脳活動パターンほど、プログラムの内容をうまく捉えられるように洗練されている可能性を示唆しています。加えて、これまで曖昧で抽象的なものとして扱われてきたプログラミング関連の能力を、具体的な脳領域の活動パターンと結びつけられたことは、IT人材育成やプログラミング教育の質の向上のための基礎的な知見として重要な意味を持つと考えられます。

【背景】

 日常のあらゆるものが電子化され、インターネットに接続される現代社会において、プログラミング能力を有した人材の確保・育成は世界的な重要課題となっています。 2019年4月に経済産業省が発表した、「IT人材需給に関する調査」では、2030年の日本において45万人のIT人材が不足すると予測されています。また、2020年から小学校でプログラミング教育が必修化されるなど、プログラミング人材の育成に対する社会的な意義や重要性がますます大きくなっています。このような潮流は日本だけに留まらず、米国、中国、シンガポールなど世界中の国々で、小学校へのプログラミング教育の導入が推進されています。しかし、プログラミングは人類史においても比較的新しい活動であり、その能力がヒトの脳内でどのように実現されているかは、ほとんど分かっていません。

【研究の成果】

 今回、研究チームは、コンテスト形式で行われる競技プログラミング※3の能力評価に着目し、世界最大のプログラミングコンテストサイトの1つであるAtCoderにおいて、上位20%に位置する能力を持つプログラミング上級者10名、上位21%-50%に位置する中級者10名、プログラミング経験の浅い初心者10名を被験者として採用しました。そして、被験者がJavaというプログラミング言語で書かれたプログラムを読解しているときの脳活動を、fMRIという脳活動計測装置を用いて調べました(図1)。

図1

図1.脳活動の計測環境と実験デザイン

 研究チームは、高いプログラミング能力を持ち、競技プログラミングコンテストにおいて上位に位置する被験者ほど、本研究で用いたプログラム識別課題の正答率が高くなることを確認しました。具体的には、各被験者が持つAtCoderレートの値とプログラム識別課題の正答率の間に、有意な正の相関があることを確認しました。次に研究チームは、fMRIで計測した脳活動データを分析し、前頭葉・頭頂葉・側頭葉にわたる複数の脳領域の活動が、各被験者のプログラム理解能力の高さと関連することを発見しました(図2)。具体的には、脳情報デコーディング技術を応用し、実験時に提示されたプログラムの内容を被験者の脳活動パターンから読み取ったところ、前頭葉・頭頂葉・側頭葉にわたる複数の脳領域における読み取り精度の高さが、各被験者のプログラム識別課題の正答率と有意に相関することが分かりました。この結果は、プログラミングへの習熟が特定領域の脳活動パターンの精緻化と関連する可能性を示しています。つまり、高いプログラミング能力を持つ上級者の脳活動パターンほど、プログラムの内容をうまく捉えられるように洗練されている可能性を示唆しています。

図2

図2 プログラミング能力の高さに関連する脳活動パターンを示した領域

【今後の展望】

 本研究によって、上級者の持つ高いプログラミング能力が、前頭葉・頭頂葉・側頭葉にわたる複数領域の脳活動パターンの精緻化と関連している可能性が示されました。これまで曖昧で抽象的なものとして扱われてきたプログラミング能力を、具体的な脳領域の活動パターンと結びつけられたことは、IT人材育成やプログラミング教育の質の向上を考えていくための基礎的な知見として重要な意味を持つと考えられます。 今後、研究チームは視線や心拍などの脳活動以外の生体信号も組み合わせた調査を推進することで、上級者に見られるような高いプログラミング能力の獲得に寄与する要因を探索していきます。加えて、得られた研究成果を活用し、小学生から社会人まで幅広い年齢層を対象としたより効果的なプログラミング学習の実現にも挑戦していきたいと考えています。

【論文情報】

<タイトル>
Expert programmers have fine-tuned cortical representations of source code

<著者名>
Yoshiharu Ikutani 1, Takatomi Kubo 1, Satoshi Nishida 2, Hideaki Hata 1, Kenichi Matsumoto 1, Kazushi Ikeda 1, Shinji Nishimoto 2
1
奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 情報科学領域
2 国立研究開発法人情報通信研究機構 (NICT) 脳情報通信融合研究センター (CiNet)

<掲載雑誌>
eNeuro

<DOI>
10.1523/ENEURO.0405-20.2020

【研究支援】

 本研究はJSPS科研費 JP15H05311、JP16H05857、JP16H06569、JP17H01797、JP18K18108、JP18K18141、JP18J22957、およびJST ERATO JPMJER1801の支援を受けて行われました。

【用語解説】

  1. fMRI (functional Magnetic Resonance Imaging)
    脳内のある部位で神経活動が活発化すると、それに付随して該当部位の血流や代謝が増加することを利用して、間接的にヒトや動物の脳活動を計測・可視化する手法。現代の脳機能イメージング技術の中で、頻用される手法の1つ。
  2. 脳情報デコーディング技術
    計測された脳活動データから、被験者が感じたり、考えたりした内容を読み出す技術の総称。本研究では、被験者が見ていたプログラムの内容を脳活動から読み出すために利用した。
  3. 競技プログラミング
    プログラミングコンテストで行われる競技の1つ。提示された課題に対して、与えられた要求を正確に満たすプログラムを最も早く記述する能力を競う。主要な競技プログラミングコンテストサイトとして、AtCoder、Topcoder、Codeforces などがある。

【本プレスリリースに関するお問い合わせ先】

<機関窓口>
  奈良先端科学技術大学院大学 企画総務課 渉外企画係 
  TEL:0743-72-5026 E-mail:s-kikaku[at]ad.naist.jp
<本研究に関するお問い合わせ>
  奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 
  情報科学領域 数理情報学研究室 久保 孝富 特任准教授
  TEL:0743-72-5985 E-mail:takatomi-k[at]is.naist.jp
※上記の[at]は@に置き換えてください。

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