哺乳類など脊椎動物の血管がつくられる仕組みを世界で初めて解明 管構造形成に細胞同士の情報伝達が関与して調節 ~再生医療やがん転移の解明に期待~

2008/06/13

【概要】
哺乳類など脊椎動物(背骨がある動物)では、受精卵から生命の萌芽である胚(はい)になり、その中で、血管、骨、筋肉などさまざまな器官 を生み出していく。今回、血管が3次元的に規則正しいパターンの管構造に形つくられる仕組みが、奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科の高橋 淑子教授らのグループにより解明された。成体の中でも最も太い血管である背中側の大動脈の形成では最初につくられる小さな血管(原始血管)が、やがて周辺 の組織である体節(後に背骨や筋肉になるもの)の細胞によって入れ替わり、最終的に太い血管がつくられる。今回の研究では、これら一連の過程で、血管が細 胞移動を誘引することや、Notchと呼ばれる細胞同士の情報伝達に関わる遺伝子が関与することがわかった。今後、がん細胞が血管に向かって移動するがん 転移の仕組みの研究や、血管再生の医療にも役立つことが期待されている。
 羊膜類(哺乳類や鳥類)の初期発生の過程では、背側を走る太い血管、大 動脈(Dorsal Aorta, DA)は、血管、骨格などに分化する前の中胚葉といわれる組織に含まれる2種類の細胞群に由来することが知られている。まず、腸などを取り巻く組織になる 「側板中胚葉」といわれる細胞群に由来する細胞が原始血管を作り、続いてその原始血管に向かって体節に含まれる細胞(背側大動脈前駆細胞)が取り込まれて 原始血管の内部に広がり、最終的には体節由来の細胞が原始血管の細胞を追いだし、背側大動脈のすべての血管内皮細胞を構成する。
高橋教授らは、トリの胚を使い、体節由来の細胞群がどのようにして背側大動脈形成に関わるかに注目して解析し、以下の結果を得た。(下図 参照)
1)体節は胚の内部で前後にわたって何十個と同じパーツが背骨のように繰り返して並ぶ組織である。それぞれの体節の後部の領域で血管内皮前駆細胞が出現する。このとき、細胞同士の情報を伝達する「Notchシグナル」というシステムが重要な役割をもつ。
2)Notchシグナルが活性化したこれらの前駆細胞は、やがて背側大動脈方向に誘因され、移動する。
3) 背側大動脈に到達した体節由来の細胞は、動脈内を広がり、最終的に血管全体を構成するようになる。シンプルに見える一本の血管であっても、その形成過程で は、異なる内皮前駆細胞群がそれぞれに厳密に制御されたシグナルのもとで正しく振る舞うことが重要であることがわかった。
 またこれらの血管系細 胞の挙動の解析から、血管系と神経系の細胞が、それぞれの移動経路を巧みに「住み分けて」いることもみえてきた。つまり、各体節の前側半分は、末梢神経系 の細胞が移動するのに対し、今回の発見で示されたように、血管内皮系の細胞は、体節の後側半分を移動するのである。体の前後にわたって何十個と並ぶ体節の 一つ一つの中で、前後に分かれて「交通整理」のようなことが起こっているであろう。そしてこの「交通整理」によって、神経系と血管系の細胞が混乱すること なく移動し、最終的には体の隅々まで張り巡らされるネットワークを作り上げるのである。

「再生医療などへの応用」
今回の発見か ら、シンプルに見える血管でも、異なる種類の細胞が複雑にからみ合って作られることが見えてきた。血管再生医療においても、移植された血管に向かってその 周囲の細胞が入り込んでくる可能性など、これまで知られていなかった現象を考慮に入れた医療を考える必要があるだろう。
 また、すでに存在する血管に他の血管細胞が新たに入り込むという今回の新しい発見から、血管再生医療においても、「すべての血管を移植によってまかなう」のではなく、体の中に残っている血管をうまく利用して、そこに移植した細胞を定着させる技術などの開発が期待される。

【用語解説】
「Notchシグナル」
Notchは、個体の発生過程や、血管形成、神経分化などさまざまな分化過程で、隣り合う細胞間の情報伝達を担う極めて重要なたんぱく質。また、Notchシグナルに関わるメカニズムの異常が、アルツハイマーの原因の一部であることも知られている。

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