水中から陸上生活へ 進化の謎を解く ~両生類で初、カエルの全ゲノム情報が明らかに~

2010/04/30

【概要】
奈良先端科学技術大学院大学(学長:磯貝彰)バイオサイエンス研究科グローバルCOE発生ゲノミクス研究グループの荻野肇特任准教授ら国 際共同研究チームは、アフリカ産のネッタイツメガエル(4ページ目の用語説明を参照)を用いて、両生類で初めて全ゲノム配列の解読に成功した。これによ り、ヒレをもち水中で生活するサカナと、私達のように手足を使って陸上で生活する動物の間で、ゲノム情報のどこが違うのか、明らかになった。進化の道筋の ほか、両生類の再生能力を医療に応用する研究や、環境物質に影響を受けやすい遺伝子の解明などに役立ちそうだ。この成果は、4月30日発行の Science誌(AAAS、アメリカ)に掲載される。【掲載雑誌のプレス解禁日時:平成22年4月30日(金)午前3時(日本時間)】

サ カナから人類はどのようにして進化してきたのだろうか。この謎を解き明かすために、これまでは主にサカナと哺乳類の間で体の設計図(ゲノム情報)が較べら れてきた。しかし、サカナとヒトでは進化の上であまりに遠すぎて、例えばゲノム配列のどの部分が異なるからヒレが手や足になるのかなど、明らかにすること は難しかった。今回、手足をもつ動物では進化上最初に出現した両生類のゲノム情報が明らかになったことで、太古にサカナがどのようにしてヒレを手足に変 え、肺を発達させて両生類へと進化し、陸上に進出したのか、その謎を遺伝子の変化から解くことが可能になった。

また、カエル等の両生類は哺乳類とは異なり、眼の網膜や手足(オタマジャクシでは尾ビレも)を失っても再生することができる。両生類のゲノム情報の解読は、この高い再生能力を支える仕組みの解明につながり、ヒトの再生医療の発展にも大きく貢献すると期待される。
さ らに、両生類は農薬や内分泌撹乱物質(環境ホルモン)の影響を受けやすいことでも知られている。これらの化学物質がどのようにして遺伝子に働きかけ、奇形 をもたらすのか、その作用機序を明らかにすることは両生類を絶滅から救うだけでなく、人間に対する環境汚染の影響を理解する上でも緊急を要する課題であ る。今回ゲノム情報が全て分かったことで、数多い遺伝子の中で化学物質がいずれの遺伝子に直接作用するのか、明らかにすることが可能になった。

【研究の背景と内容】
こ れまでにヒトやマウス、ニワトリ、フグなど様々な動物の全ゲノム配列の解読がおこなわれてきた。しかしながら、下図に示したようにサカナと四足動物をつな ぐ両生類のゲノムは未解読の空白地帯として残っていた。本研究では、モデル動物として用いられているネッタイツメガエル(学名: Xenopus tropicalis)を両生類の代表として選び、その全ゲノム配列を解読し、含まれている遺伝子を全て明らかにした。ネッタイツメガエルは文部科学省が 進めるナショナルバイオリソースプロジェクトの対象にもなっている。(http://home.hiroshima-u.ac.jp/~amphibia /NatBio/)

【何が明らかになったのか】
カエルとマウス、ニワトリ、サカナの間でゲノム配列を比較したところ、タンパク質 の設計図となる遺伝子の部分ではゲノム情報(DNAの塩基配列)に大きな違いは少なかった。しかし遺伝子を働かせたり、止めたりして活性を調節すると考え られる部分(いわば遺伝子のON/OFFを切り替えるスイッチの部分、4ページ目の用語説明を参照)のゲノム情報が異なった。つまり、マウスやニワトリ、 カエルなど四足動物の仲間では良く似ているのに対し、サカナではその調節する部分のおよそ半分が異なる配列になっていた。これらの発見から、サカナと四足 動物の違いは、持っている遺伝子の種類がほとんど同じ組み合わせであっても、それをいつの時点にどこで働かせるか、受精卵から成長する過程でその段取りが 異なることによって生まれることが予想された。

【今後の展開】
(1)サカナから四足動物への進化の道筋が、遺伝子調節の研究によって明らかになる。
(2)ヒトの疾患に関わる遺伝子2,299個のうち、79%がカエルにも存在することがわかった。これまで、ヒトの疾患モデルには主にマウスが用いられてきたが、ずっと安価なカエルを用いて、研究のコストパフォーマンスを上げることができるようになる。
(3)両生類の再生能力の仕組みが明らかになり、ヒトの再生医療に応用できるようになる。
(4)環境ホルモンの作用機序が明らかになり、環境汚染への対策をより科学的に行えるようになる。
(5) カエルの皮膚の分泌物(いわゆるガマの油)からは、膵臓や胆嚢胆道疾患の治療薬として有名なセルレインや、抗菌作用をもつペプチド(マガイニン等の小さな タンパク質)等が多数発見されている。本研究は、これら生理活性ペプチドの遺伝子の構造も明らかにした。製薬など産業応用にむけて、生理活性ペプチドの新 たな発見や、ペプチドの人工デザインの研究が発展するものと期待される。

【用語説明】
ネッタイツメガエル
古くから生物学 のモデル動物として用いられてきたアフリカツメガエル (Xenopus laevis) の近縁種。アフリカツメガエルが4倍体(染色体ゲノムが4セットある)のゲノムを持つのに対して、ネッタイツメガエルはヒトやマウスなどと同じく2倍体の ゲノムをもつ。アフリカツメガエルよりも小型で、成熟が早いことから、四足動物においてマウスに次ぐ遺伝学研究のモデル動物になるものとして注目されてい る。それゆえ、今回の全ゲノム解読プロジェクトの対象に選ばれた。

遺伝子の活性調節
ゲノム中には2万個以上の遺伝子が存在し、その中から時と場合に応じて必要な遺伝子だけが活性化され、タンパク質が合成される。この過程は以下の2つのステップからなる。
(1)長大なゲノムDNAの中から、必要な遺伝子だけが選ばれ、選択された部分のDNA配列を写し取ったRNAが合成される。
(2)RNAに写し取った塩基配列の情報を元に、タンパク質が合成される。
どの遺伝子をいつどこで働かせるかは、主に(1)のステップ、すなわちいつどこで遺伝子からRNAを写し取るか(「転写」と呼ばれる)によって決まる。こ のRNA合成の場所とタイミングを決める情報は、それぞれの遺伝子の隣あるいは少し離れた場所のゲノムDNA配列の中に隠されており、転写を開始する「プ ロモーター」や遺伝子を活性化する「エンハンサー」と呼ばれる(いわゆる遺伝子のON/OFFを切り替えるスイッチの部分)。今回の研究から、これらプロ モーターやエンハンサーらしいと予想されるDNA配列が、ヒトやカエルなどの四足動物では良く似ているのに対し、サカナではかなり異なっていることが明ら かになった。

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