最強の病原菌防御メカニズムを担うタンパク質の機能を世界で初めて発見 ~食糧増産やバイオ燃料の開発に役立つ病気に強い植物の育成に期待~

2010/05/20

【概要】
 植物の体内に病原体が侵入すると、細胞内のセンサーの役割を果たす免疫受容体の「抵抗性タンパク質」(Rタンパク質)が病原体を感知 し、殺菌作用がある活性酸素の産生や細胞死などさまざまな防御反応を誘導することにより、感染を阻止する最強のメカニズムが知られている。奈良先端科学技 術大学院大学(学長:磯貝彰)バイオサイエンス研究科の島本功教授、河野洋治助教、(独)農業・食品産業技術総合研究機構(理事長:堀江武)中央農業総合 研究センターらの研究グループは、植物が「抵抗性タンパク質」によって病原体を認識した際に、防御反応の引き金になるタンパク質と、その活性化のメカニズ ムを世界に先駆け発見した。「抵抗性タンパク質」が植物免疫のスイッチタンパク質(OsRac1)に結合し、活性化するもの。続いてスイッチタンパク質が 活性化すると活性酸素の産生や細胞死などの防御応答が誘導され、イネの最重要病害である「いもち病菌」に対して抵抗性を獲得することを明らかにした。 
  本研究の成果により、「抵抗性タンパク質」の機能が、植物免疫の分子スイッチOsRac1の活性化に基づくことが明らかになった。この活性化機構をうまく 制御することで、植物の耐病性を必要な時に与えることができ、「病気に強い植物」の開発をすることが可能となる。その結果、世界中のさまざまな作物の生産 に甚大な損害をもたらす病害が克服され、食糧生産を安定化させ、人口増加による食糧問題の解決に貢献できる。
また、トウモロコシやサトウキビなどのバイオ燃料向けの農作物の生産向上にも役立つことが期待されており、エネルギー問題の解決にも貢献する可能性が高い。
 この成果は、セル ホスト&マイクローブ誌 (Cell Press社、アメリカ) の平成22年5月19日付けの電子ジャーナル版に掲載されtた【掲載雑誌のプレス解禁日:平成22年5月20日(木)午前2時(日本時間)】。

【解説】
[研究の背景]
  「抵抗性タンパク質」(Rタンパク質)は、病原体を感知する細胞内の受容体(センサー)として働き、このタンパク質を発現する植物は、カビ、細菌、ウイル スなどのさまざまな病原体に対して感染部位で局所的な細胞死を誘導し、病原体を感染部位に閉じ込めて、その増殖を抑制する。「抵抗性タンパク質」により誘 導される免疫反応は、植物の免疫反応の中でも最も強いことが古くから知られており、多くの作物の耐病性品種の育成に利用されてきた。さらに、この「抵抗性 タンパク質」は宿主の特異性を決定する因子としても知られている。ところが、これまでこの「抵抗性タンパク質」の機能についてはほとんど理解されておら ず、世界中の研究者が、そのメカニズムの解明を目指して研究を行ってきた。

[研究結果]
 島本教授らはこれまでに、細胞内の情報 (シグナル)伝達にかかわる低分子Gタンパク質の一種「OsRac1」がイネの免疫応答において分子スイッチとして働くことを明らかにしている。 OsRac1が他の免疫関連タンパク質と「ディフェンソーム(植物免疫複合体)」と呼ばれるタンパク質複合体を形成し、免疫反応を制御することを明らかに してきた。しかし、分子スイッチタンパク質OsRac1がどのような受容体(センサー)からシグナルを受け、活性化するのかは不明であった。
今回、島本教授らは、OsRac1に結合するタンパク質の探索を行い、いもち病菌に対する「抵抗性タンパク質」を複数同定した。抵抗性タンパク質は、植物の最も重要な免疫受容体であり、細胞内に局在病原菌のセンサーとして働く。
まず、OsRac1の働きを抑制するといもち病に対する抵抗性が低下することから、OsRac1が「抵抗性タンパク質」を介した防御メカニズムにおいて重要な因子であることが明らかになった。
さ らに、いもち病の「抵抗性タンパク質」のひとつPitは細胞膜上でOsRac1に結合し、OsRac1を活性化することを突き止めた。OsRac1の活性 化の結果、殺菌作用がある活性酸素の産生や感染部位で局所的な細胞死が誘導され、病原体を感染部位に閉じ込めその増殖を抑制することを発見した。これらの 発見は、植物の中で最も強い免疫応答を引き起こす細胞内病原菌センサー「抵抗性タンパク質」を介した植物免疫のメカニズムを世界に先駆けて明らかにしたも のである。

[研究の意義]
 現在、世界の人口は爆発的に増加しており、発展途上国を中心に、多くの人間が深刻な飢餓に直面してお り、食糧問題の抜本的な解決が望まれている。病害による作物の損害は甚大であり、国内においても「イネのいもち病」、「ジャガイモの疫病」、「ハクサイの 根こぶ病」など解決すべき数多くの重要病害を抱えている。海外では、アジアで稲作がいもち病や白葉枯病により大打撃を受けているほか、病害によるジャガイ モの損失量は全世界で7,000万トンにも上る。イネは世界人口の半分、約30億人を支える食料であり、イネが10%増産されただけで3億人分の食料が増 産されたことになる。したがって、世界の食糧問題がさらに深刻化する中、病気に強いイネの開発は重要な課題である。
 「抵抗性タンパク質」はすべ ての植物に存在しており、無数の病原微生物から植物を守る重要な働きをしている。したがって、「抵抗性タンパク質」を介した免疫機構は、イネ以外の穀物や 果樹、野菜、花でも病原体への抵抗力を高めている。このことから、「抵抗性タンパク質」の活性化機構をうまく制御することができれば、多くの耐病性を与え ることができ、「病気に強い植物」を開発することが可能になる。「抵抗性タンパク質」と分子スイッチOsRac1による耐病性の賦与は、世界中の多くの作 物の生産に損害をもたらす病害の克服が可能になり、食料生産を安定化させ、爆発的な人口増加に伴う食糧問題の解決に貢献できる。世界規模での化石燃料など のエネルギー資源の枯渇が予測され、エネルギー植物の開発が期待されている。本研究の成果は、トウモロコシやサトウキビなどのバイオ燃料向けの農作物の生 産向上にも役立つことが期待されており、エネルギー問題の解決にも貢献する可能性が高い。

【用語解説】
・「抵抗性タンパク質」
植物の細胞内に存在する病原体を認識する受容体(センサー)であり細胞内に多数存在する。
「抵抗性タンパク質」は、植物の中で最も強い免疫応答を誘導できることが知られている。動物にも同様な受容体が存在し、炎症反応などの免疫応答を誘導することが知られている。

・スイッチタンパク質OsRac1
情報伝達の役目をするイネ低分子Gタンパク質の一種であり、細胞内の生化学的反応を切り替える「スイッチ」として働く。さまざまな生物において同様にタンパク質が多くの生物反応においてスイッチとして働いている。

・いもち病
Pyricularia oyzaeと呼ぶ糸状菌(カビ)がひき起こすイネの重要病害。世界の稲作において最も重要な病害として知られる。

【下図の説明】
いもち病菌がイネの葉に感染すると、「抵抗性タンパク質」のひとつPitは、免疫反応の分子スイッチOsRac1と細胞膜上で結合し、OsRac1を活性化し、活性化したOsRac1が細胞死や活性酸素の産生を誘導し、イネは耐病性を与える。

admin_f1cb643e716e6539869c9aa9c47f10ed_1274315241_.jpg

PDFファイル(323.04 KB)

プレスリリース一覧に戻る