植物の活発な炭酸ガス吸収、高生産能力を支える仕組みを解明 ~カギの遺伝子、NARA12を発見、食料増産に期待~

2010/07/28

【概要】
 植物の葉は、太陽エネルギーを利用し、空気中の炭酸ガスを原料にしてデンプン生産をする地球上最大の生物工場といえ、その規模は世界の年間鉄鋼生産量にも匹敵する年間1000億トンにも達します。しかし、この高生産能力を支える植物の仕組みは不明でした。
奈 良先端科学技術大学院大学(学長:磯貝彰)バイオサイエンス研究科分化・形態形成学講座(横田明穂教授)の博士課程学生の西村健司、博士研究員の小川太 郎、助教の蘆田弘樹のグループは、モデル植物のシロイヌナズナを用いて植物葉緑体の高生産能力を支えるタンパク質遺伝子を見出してNARA12と命名。こ の遺伝子から作られるタンパク質(RH39)を中心にした高生産維持機能の仕組みを解明しました。今後、植物の食糧生産能力の強化が期待されます。この成 果は平成22年8月初旬発刊のプラントジャーナルに掲載されます。オンライン版は平成22年6月16日付で掲載済み。
 植物の葉緑体は、日中に太 陽光と水を利用してエネルギーと酸素を作る役割を担っている「水の電子活性化・酸素発生複合体構成タンパク質」を常に分解し新しく合成し続けることで、炭 酸ガスからデンプンを作るために必要なエネルギー量を確保しています。また、炭酸ガスを取り込んで有機物にするルビスコという酵素は、炭酸ガス取り込みの 能力(親和性)が低い上に一秒間に3回程度しか反応できません。しかし、植物の葉緑体はこのルビスコのあまり良くない能力を克服するために、大量のルビス コタンパク質を合成しています。新鮮なホウレンソウ100 gには1 gのルビスコが含まれるほどです。
このように、高濃度レベルまで合成され続 けるタンパク質の存在や、これを達成する葉緑体の機能は他の生物細胞には例のない現象です。その結果、葉緑体内の溶液中のタンパク質濃度は40%にも達 し、その半分をルビスコが占めています(図A参照)。一方、私たち動物の細胞や大腸菌などの細菌の細胞のタンパク質濃度は20%前後ですので、葉緑体のタ ンパク質合成能力は群を抜いています。
こうした高濃度のタンパク質が大量に作り続けられる機構の謎について横田教授らは、分子遺伝学の手法を使って研究を重ねました。
遺伝子の遺伝情報は伝令リボ核酸(伝令RNA)という分子に読み取られ、この情報(暗号)に基づいてタンパク質を合成します。この過程で、葉緑体の高濃度タンパク質合成を可能にしている機構に着目しました。
ま ず、ルビスコが正常に合成されたときに起きる代謝反応が植物を死滅させるような条件下でもひどい害も見られずに生育する植物体を探しました。その結果、 12種類が見つかり、その内の一つが、今回見出した高生産能力の遺伝子に変異を持つ変異株です。その原因遺伝子はルビスコを上手く合成するのに必要な遺伝 子ですので、この英語説明語句の頭文字を集めてNARA12と命名しました。
この変異株はNARA12の変異が原因でルビスコや水の光酸化タンパ ク質を始め葉緑体DNAにその遺伝情報が存在する光合成関連タンパク質について、活発な合成が不可能になっていました(図1. A参照)。さらに、この変異株はごく僅かしか光合成できないので土の上ではほとんど生育できません(図1. B参照)。
伝令RNAの暗号をタンパ ク質に翻訳する過程は、リボゾームと呼ばれるタンパク質合成複合体上で行われます。これはリボゾームRNA(rRNA)とタンパク質の複合体です。この変 異株を調べたところ、通常、植物葉緑体のrRNAは、その分子の鎖の特定の部分に切れ目が入ることによって成熟し機能するのですが、この過程に異常を来し ていることがわかりました(図2)。
さまざまな研究の結果から、この成熟過程が正常に行われない場合、リボゾームと伝令RNAが会合し、情報を伝 えるところまでは正常に進行しますが、伝令RNAの翻訳スピードが大きく低下しました。つまり、NARA12遺伝子が変異すると、光合成タンパク質の合成 が葉の発達に追いつかなくなるようです。
これまでrRNAの合成後の切断による成熟化は多くの種類の細菌や高等生物の細胞でも起こることが知られ ていましたが、その切断が起きることがリボゾームの機能にどのような役割を果たしているのか、全く不明でした。この研究で見出された葉緑体 rRNAの切断導入が起きる個所は、これらの各種細胞とは大きく異なり、大量のルビスコを合成することが至上命令である高等植物の葉緑体のrRNAが独特 の切断様式を持っていることもわかってきました。
 今後、このような葉緑体の光合成タンパク質合成装置の解明を通して、私たちがこれまでに発見した「スーパールビスコ遺伝子」を植物へ導入し合成させるなど、食料生産能力の強化の方法が確立されると期待されます。

【用語説明】
NARA12:  世界中の研究者間の約束で、変異した遺伝子の名は英語小文字斜体で、変異していない野生型の遺伝子は英語大文字斜体で、その遺伝子を基に作られるタンパ ク質は英語大文字で表記されます。そのタンパク質の機能が判明した段階で、そのタンパク質はその機能に由来する名を付けられます。NARAは「genes Necessary for the Achivement of RuBisCO Accumulation」の略で、12番目に見つけられたこの遺伝子はNARA12と命名されました。

ルビスコ:すべての植物や藻類の光合成で大気中の炭酸ガスを有機物にする酵素で、地球上もっとも多いタンパク質です。

水 の電子活性化・酸素発生複合体構成タンパク質:光合成は葉緑体内の葉緑素を含む膜系と炭酸ガスをデンプンに代謝する場である溶液系に分かれて進行します。 光が葉緑素に当たって光合成が始まりますが、この複合体は、その際水の電子を光合成に利用する最初の反応を担い、その結果として酸素を発生する複合体で す。

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