生物の形がつくられる基本ステップ「対称性の破れ」世界で初めて仕組みを神経細胞で解明 ~再生医療への応用期待~

2010/07/28

【概要】
 生物は成長に伴い、卵の様に単純で対称な形から、次々と複雑で特徴的な形を生み出す。「対称性の破れ」は対称な形が非対称に変わることで、生物の形が発生や再生の過程で次々と複雑になるための重要なステップと考えられているが、その仕組みは大きな謎とされてきた。
奈 良先端科学技術大学院大学(学長:磯貝彰)バイオサイエンス研究科の稲垣直之准教授、鳥山道則研究員及び情報科学研究科の作村諭一特任准教授らの研究グ ループは、生命科学と情報科学の手法を組み合わせて、神経細胞の形が自発的に対称性を破る仕組みを世界で初めて解明することに成功した。カギとなるタンパ ク質の細胞内での特徴的な動き、量の変化を突き止め、このデータにより数式モデルをつくり証明したもの。この成果により、生物の形づくりや再生についての 理解が加速するとともに、再生医療への応用などが期待できる。
神経細胞は、初めは複数の短い突起をもつ対称な形をしているが、成長の過程で自発的 にその中の1本の突起が長く伸びて対称性が破れる。研究グループは4年前に神経細胞の対称性の破れの鍵となる突起を伸ばすタンパク質「シューティン」を発 見しており、今回は、このタンパク質を手掛かりに神経細胞に見られる典型的な自発的対称性の破れに着目して仕組みを解析した。
まず、目的のタンパ ク質を光らせて追跡できるクラゲ蛍光タンパク質(GFP)等を用いてシューティンの細胞内の動きを顕微鏡で測定した。その結果、①神経細胞の対称性の破れ に伴うシューティンの細胞内量の急激な増加②偶然な揺らぎを伴ったシューティンの突起先端への輸送③突起先端から細胞体へ戻る受動拡散④突起先端のシュー ティンの量の増加に伴う突起伸長という4つの鍵となる現象を明らかにした。
また、得られた測定データから4つの現象を表す方程式を導き出し、コン ピュータで方程式を結合して神経細胞の形の変化をシミュレーションするモデルを構築した。その結果、モデルは神経細胞と同じように自発的に対称性の破れを 起こした。このことから、神経細胞の自発的対称性の破れがシューティンの4つの細胞内の動きで説明できることが証明された。
以上の研究から、神経細胞がシューティンの細胞内輸送と拡散という現象を通じて、突起の長さという「形の情報」をシューティンの量という「分子シグナル」に変換する新しい仕組みが明らかとなった。
さらに、この仕組みにより突起の長さとシューティン量の偶然な揺らぎを増幅する正のフィードバックの連携が生じて、対称性を自発的に破ることが分子レベルで証明された。
自発的対称性の破れは、発生や再生の過程で生物の様々な形が生み出されるための重要なステップと考えられており、これまでに理論的なモデルが提唱されてきたものの、仮説が含まれていた。その仕組みを分子の測定データに基づいて明らかにしたのは世界で初めて。
この成果は、モレキュラー・システムズ・バイオロジー誌(欧州、ネイチャー出版グループ)の平成22年7月27日(火)付け電子ジャーナル版に掲載された【プレス解禁日時:日本時間平成22年7月27日(火)午後10時30分】。

【解説】
研究の背景
神 経細胞は、始めは複数の短い突起をもつ対称な形だが、やがて成長の過程で自発的にその中の1本が長く伸びて対称性が破れる(補足図1)。長い突起はシグナ ル(信号)を出す「軸索」になり、短い突起はシグナルを受け取る「樹状突起」になって、突起を介してつながった神経細胞の内部をシグナルが伝達される。こ のため、生じた非対称性は神経細胞の情報処理に重要な役割をはたす(補足図2)。研究グループは4年前に神経細胞の対称性の破れの鍵となるタンパク質 「シューティン」を発見しており、今回、神経細胞に見られるこの典型的な自発的対称性の破れに着目して仕組みを解析した。

研究の手法
ク ラゲ蛍光タンパク質(GFP)等を用いて、対称性の破れとともに変動するシューティンの細胞内分布を顕微鏡で観察し、ライブ測定した。得られたデータか ら、細胞内シューティン量の増加、突起内輸送、拡散およびシューティンによる突起伸長という4つの現象を表す方程式を導き出し、方程式の係数を定量データ に基づいて決定した。さらに、方程式を結合してモデルニューロンを構築した。

結果:偶然な揺らぎのフィードバック増幅によって神経の対称性が自発的に破れる
実 験計測から①神経細胞の対称性の破れに伴うシューティンの細胞内量の急激な増加②偶然な揺らぎを伴ったシューティンの突起先端への輸送③突起先端から細胞 体へ戻る受動拡散④突起先端のシューティンの量の増加に伴う突起伸長という4つの鍵となる現象が明らかとなった。また、シューティンの先端方向への輸送と 逆方向の拡散によって突起の長さという「形の情報」がシューティン量という「分子シグナル」に変換され、長い突起ほどシューティンが突起先端に濃縮しやす くなることが解った。
対称性が破れる前の神経細胞では、揺らぐ輸送によって複数の短い突起先端でシューティン量が変動する。1本の突起の量が偶然 他の突起よりも多くなった場合、シューティンは突起を伸ばすのでその突起は他よりも長くなる。一方、シューティンは長い突起ほど濃縮するので、その突起の シューティン量がさらに増えてますます突起が長くなる。
また、細胞内のシューティン量が限られているため、シューティンが1本の突起に強く濃縮すると他へ送られる量が減少して他の突起が伸びなくなる。
すなわち、突起の長さとシューティン量の偶然な揺らぎが、これらの間に形成される正のフィードバックループ(補足図3A)で増幅されることによって対称性が自発的に破れると予想された(補足図3B)。
そ こで、シューティン量の増加、輸送、拡散およびシューティンによる突起伸長を表す4つの方程式を導き出し、コンピュータで結合して神経細胞の形の変化をシ ミュレーションするモデルを構築したところ、自発的に対称性の破れを起こした。さらに、このモデルによって得られた15のシミュレーション結果の全てが実 験データで検証された。
以上の結果から、突起の長さとシューティン量の偶然な揺らぎが正のフィードバックループによって増幅されることにより対称性が自発的に破れることが結論された。

研究の意義と位置づけ
生 物は、発生や再生の過程で単純な形態を次々に複雑なものへと変化させて成長する。自発的対称性の破れはその基本ステップであり、動物の前後・左右・背腹の 形成、植物の枝分かれ、細胞の極性形成はそのよい例である。対称性の破れに関してこれまでに種々のモデルが提唱されてきたが、いくつかの仮定を含んでお り、分子レベルで解明された例はなかった。今回、分子の測定データに基づいて自発的対称性の破れを生み出すシステムの一つが世界で初めて分子レベルで解明 された。生物の形が複雑に成長する仕組みは、古くから人々の心を捉えてきた生命の謎であり、この成果により、生物の形づくりや再生についての理解が加速す るとともに、再生医療への応用などが期待できる。

本研究成果は、科学技術振興機構(JST)バイオインフォマティクス推進センター事業 (BIRD)、文部科学省(MEXT)および日本学術振興会(JSPS)科学研究費、 NAISTグローバルCOEプログラム、大阪難病研究財団、NAIST融合領域推進プロジェクトによる長期にわたる支援によってなされた。

【用語解説】
正のフィードバック:Aという現象によって起こる現象Bが、Aをさらに引き起こすこと。AとBの間にはフィードバックループが形成され、互いを大きく増幅する。

【補足図1(下図1番目)の説明】神経細胞は1本の突起が長く伸びて自発的に対称性が破れる。

【補足図2(下図2番目)の説明】非対称性は神経細胞におけるシグナルの流れと情報処理に重要な役割をはたす。

【補 足図3(下図3番目)の説明】神経細胞の自発的対称性の破れの仕組み。A)突起先端にシューティンが濃縮すると突起が長くなる。一方、突起が長くなると シューティンが突起先端に濃縮しやすくなるので、突起先端のシューティン量と突起の長さとの間には正のフィードバックループが生成される。B)細胞内の シューティンが増加すると、突起の長さと突起先端のシューティン量が揺らぎだし、神経細胞の対称性が不安定になる(中央図)。偶然、1つの突起のシュー ティン量が他の突起よりも多くなると、その突起のシューティン量と突起の長さが正のフィードバックループで増幅されて対称性が破れる(右図)。

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