優性遺伝子が劣性遺伝子に勝つ新たな仕組みを解明 ~メンデルの遺伝の法則に新たな視点 有用な植物の作製に期待~

2010/08/19

【概要】
奈良先端科学技術大学院大学(学長:磯貝彰)バイオサイエンス研究科細胞間情報学講座の樽谷芳明研究員(現国立遺伝学研究所助教)、高山 誠司教授らは、メンデルの優性の法則として知られる現象に、これまで知られていなかった劣性側の遺伝子の働きを抑えて勝つという仕組みが存在することを世 界で初めて発見した。

子供は、両親から1組ずつの遺伝子を受け継ぐが、片方の親の形質(性質)のみが子供に現れる場合が多く知られてい る。メンデルの「優性の法則」として古くから知られる遺伝の現象である。何故、一方の優性側の遺伝子の性質のみが現れ、劣性側の遺伝子の性質が現れないの か、これまでは、優性側の遺伝子が特定の機能を発揮するのに対し、劣性側の遺伝子が機能を失っている例が報告されているに過ぎなかった。

今 回我々は植物の特定の遺伝子に着目して、優性側の遺伝子の性質しか現れない原因を解明した。その結果、優性側の遺伝子の隣接部位で、DNAがコピーされて 低分子RNAが作られ、そのRNAが劣性側の遺伝子の発現調節領域をメチル化するという後天的な修飾を行うことにより、劣性側の遺伝子が発現せず機能出来 なくなる例があることを世界で初めて明らかにした。優劣性という古典的な遺伝学の現象に、新しい仕組みの関与を明らかにした研究であり、有用な形質を選択 的に発現させるなど、植物育種への応用も期待される。本研究成果は、英科学誌Nature(8月19日号)に掲載予定である。

【解説】
子 供は、両親から1組ずつの遺伝子を受け取り、合わせて2組の遺伝子を持つ*1。従って、子供は父親と母親の両方の形質(性質)を持ち合わせることになる が*2、いずれか一方の形質のみを示す場合も多く知られている。メンデルの「優性の法則」として古くから知られる現象であるが、何故片方の親の形質のみが 現れるのか、その仕組みについては未解明の部分が多い。これまでに明らかにされてきている例では、優性側の遺伝子が特定の機能を持つのに対し、劣性側の遺 伝子が機能を欠失していることが示されている*3。

今回、我々は、アブラナ科植物の自家不和合性遺伝子(SP11遺伝子)の優劣性に着目 した*4。この遺伝子は、劣性側の遺伝子もきちんと機能を保持しているにも関わらず、優性遺伝子の影響で機能が消失してしまうことから、新たな仕組みの存 在が期待された。解析の結果、優性側遺伝子の隣接部位(逆位反復配列部位)で作られる24塩基の低分子RNAにより*5、劣性側遺伝子の発現調節部位がメ チル化という後天的な修飾を受け、その結果、劣性側の遺伝子発現が抑制されることが明らかになった。優劣性という古典的な遺伝学の現象において、この様な 後天的な(エピジェネティックな)発現調節機構が関与している例を見出したのは、本研究が初めてである。

本研究で解析した発現抑制は極めて強力であり、本研究で明らかにした機構を利用すれば、有用な遺伝形質のみを人為的に発現させることも可能となり、植物育種への貢献も期待できる。

なお、本研究は、生物系特定産業技術研究支援センターからのイノベーション創出基礎的研究推進事業、文部科学省および日本学術振興会からの科学研究費補助金、の助成により成されたものである。

脚注
*1. 例えばヒトの場合、子供は父親と母親からそれぞれ1組ずつの遺伝子(23本の染色体)を受け取り、2組の遺伝子(計46本の染色体)を持つ。
*2. 両方の遺伝子の形質が現れる場合を「共優性」と呼ぶ。
*3. 例えばヒトのABO式血液型を支配する遺伝子にはA, B, Oの3種類があり、AとBはOに対して優性を示し、AとOの遺伝子を持つ子供の血液型はA型、BとOの子供はB型となる。AとBは共優性を示し、両遺伝子 を持つ子供はAB型となる。AとB遺伝子は、細胞表面の糖鎖に各々特定の糖を転移する酵素をコードしているが、O遺伝子は糖転位酵素の機能が失われている ことが解明されている。
*4. アブラナ科植物の花粉上の自他識別分子をコードする遺伝子で、多数の種類(S1, S2,---, Sn)がある。アブラナ科植物の雌ずいは、この分子の種類により自己の花粉を識別し、近親交配を回避する仕組みを発達させている。
*5. 20-25塩基ほどの1本鎖のリボ核酸。細胞内において、様々な遺伝子の発現を高次にコントロールしていることが、徐々に明らかにされつつある。

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