ストレス解消には休息が必要 ~タンパク質合成の停止がストレスからの回復を促進する仕組みを明らかに~

2011/01/14

【概要】
細胞内にあるリボソームは、生命維持に必要なタンパク質の製造機械である。特定のタンパク質の遺伝情報がメッセンジャーRNA (mRNA)という物質(リボ核酸)により運び込まれると、その情報を翻訳し、対応するアミノ酸を一つずつ繋げてタンパク質をつくる。この過程は終始ス ムーズに進行するとされていたが、途中でいったん停止することにより、異常なタンパク質の蓄積により引き起こされるストレスを効率的に解消するという巧妙 な仕組みが世界で初めて明らかになった。
奈良先端科学技術大学院大学(学長:磯貝彰)バイオサイエンス研究科動物細胞工学講座の柳谷耕太研究員と 河野憲二教授らの成果で、XBP1と呼ばれるタンパク質の合成過程でリボソームによるタンパク質合成反応が一時的に停止する現象を発見し、一見、無駄とも 思えるその現象がストレス解消に不可欠であることをつきとめたもの。分子レベルでも社会生活と同じように休息が必要なわけで、今回の発見が起点となって、 様々な研究分野でタンパク質合成が一時的に停止することで引き起こされる新しい生理現象の発見と研究の促進が期待される。この成果は米国科学雑誌 Scienceに掲載予定であるが、トピックスとして平成23年1月13日付けのScience Express電子版に速報として掲載された」(プレス解禁日時:日本時間 平成23年1月14日(金)午前4時)。

私たちの体の中で遺 伝子が働くとき、細胞核にあるDNAに記された遺伝情報がmRNAにコピーされて細胞質へ移動し、翻訳機械の役割をするリボソームによって解読され、その 情報を元にタンパク質が合成される。このとき、リボソームは一本鎖状のmRNA上を移動しながら、遺伝情報に対応するアミノ酸を一つずつ選び、付加してい く。一般的に、このタンパク質合成はスムーズに進行し、合成が完了した後にタンパク質はリボソームから解放されて、その機能を獲得すると考えられていた (図1参照)。
柳谷研究員と河野教授らはXBP1uと呼ばれるタンパク質が合成されるさいに、リボソームによるアミノ酸付加反応が一時的に停止す る現象を見出した。XBP1uタンパク質の設計図としての遺伝情報を持ったXBP1u mRNAは非常にユニークなmRNAだ。小胞体と呼ばれるタンパク質製造工場に種々のストレスにより構造異常タンパク質が蓄積する(小胞体ストレスと総 称)と、小胞体膜上でその一部分が切り取られてXBP1uとは異なるタンパク質であるXBP1sタンパク質の設計図に変換されるという特性をもつ(図2参 照)。この新たな設計図から合成されるXBP1sタンパク質は、蓄積した異常タンパク質の処理を促すストレス応答を引き起こすことで、細胞を異常タンパク 質による毒性から守る働きをする。この異常タンパク質によるストレス応答が効率良く起こるためには、XBP1u mRNAが小胞体膜上に集まらねばならない。これまで、XBP1uタンパク質は小胞体膜に集まる性質があることは知られていたが、その設計図にあたる XBP1u mRNAがどの様にして小胞体に集まるのかは分かっていなかった。柳谷研究員らの今回の発見によって、リボソームによるタンパク質合成反応が一時的に停止 することで、合成途上のXBP1uタンパク質とXBP1u mRNAがリボソームを介して繋がった状態として存在できるようになり、XBP1u mRNAが小胞体に集まることが明らかとなった(図3)。その結果、XBP1u mRNAのXBP1s mRNAへの変換が効率良く起こるようになり、異常タンパク質を処理するストレス応答が効率的に引き起こされる。
我々が社会生活を営む上で、ス ムーズに滞りなく作業を進行させることが多くの局面で求められる。私たちの体の中でも同様に、それぞれの生命活動がスムーズに進行するものだと一般的には 考えられていたが、あるタンパク質の合成が一旦停止するといった一見無駄とも思える反応が、ストレス解消には必要とされる場合があることが今回の発見で明 らかとなった。すなわち、ストレスの解消には休息が必要なわけで、分子の世界でも我々と同様なことがおきているようである。またこの発見は、タンパク質合 成の一時的停止によりmRNAの特定な場所への局在化が起こることを示しており、その点でも注目に値する。今回の発見を契機に、一見非効率な反応に目を向 けることでこれまで理解が困難であった生命現象を新たな視点で解釈出来るようになることが期待される。

【解説】
すべてのタンパク 質は多数のアミノ酸が連なったヒモ状の分子として合成され、正しい形に折り畳まれることにより、正常な機能を獲得する。コラーゲンやインスリンなどの細胞 外で働くタンパク質は小胞体という細胞の小器官で折り畳まれるが、細胞がさまざまな異常環境に晒されると、小胞体の働きに障害が生じ、折り畳みが不完全な 異常タンパク質が小胞体の内部に大量に生み出されることとなる。この様な異常事態に対処するために、細胞は小胞体の異常タンパク質の修復や分解を行う分子 の合成量を増大させるシステムを駆動させて異常タンパク質の毒性から細胞を守る。この異常タンパク質応答機構の最も重要なステップとして、小胞体に存在す る異常タンパク質センサー分子IRE1がXBP1uと呼ばれるタンパク質をコードするmRNA(XBP1u mRNA)から余分な配列(イントロン)を切り取り、異常タンパク質駆除システムを起動させるXBP1s mRNAに変換する反応が知られていた(図2)。我々の以前の研究で、XBP1u mRNAと小胞体にあるIRE1が出会うメカニズムの解明に取り組んだ結果、XBP1u mRNAから合成されるXBP1uタンパク質がXBP1u mRNAを小胞体に標的化するのに必要であることが明らかとなっていた(Mol. Cell誌, 2009)。XBP1uタンパク質には小胞体への結合力があることから、我々は図3に示すように、XBP1u mRNAは合成途上のXBP1uタンパク質を錨のように利用して小胞体から離れないようにしているのではないかと考えていた。しかし、タンパク質合成にお ける伸長反応は一般的に素早い反応なので、合成途上のタンパク質とmRNAが繋がって存在する時間は非常に短く、図3の様なモデルは十分には受け入れられ ていなかった。
そこで我々は、XBP1uタンパク質の合成が一時的に停止するのではないかと考え、その検証を行ったところ、合成終了の直前でリボ ソーム停止反応が起こり、合成途上のタンパク質とmRNAが繋がった状態で安定に存在することを見出した。さらに、この停止反応がXBP1u mRNAの小胞体への集積を促進し、小胞体に異常タンパク質が蓄積した際には効率よくイントロンが切り取られて、異常タンパク質による細胞応答を引き起こ せるようになることが明らかとなった。我々の研究成果は、異常タンパク質が蓄積した情報を素早く伝達する仕組みを明らかにしただけでなく、リボソーム停止 反応が引き起こされれば、合成途上のタンパク質を用いてmRNAを細胞内の特定の場所に集積できる可能性を提示出来た点でも興味深い。

【補足説明】
1. 小胞体:細胞の中に張り巡らされた膜で覆われた小器官で、細胞の外で働く分泌タンパク質や細胞膜のタンパク質はここで折り畳まれて、目的地に輸送される。
2. メッセンジャーRNA: タンパク質を作るためのアミノ酸配列が書き込まれている。細胞の核内にある遺伝物質DNAからコピーされて作られる一本鎖のリボ核酸。通常mRNAと書き表す。
3. リボソーム:mRNAに書き込まれているアミノ酸配列情報に従って、アミノ酸を一つずつ付加してタンパク質を作る翻訳機械である。
4. 異常タンパク質:リボソーム上で合成されたタンパク質は、合成直後は一本のヒモであり、これが正しく折り畳まれ正しい立体構造をとって初めて生理機能をも つタンパク質となる。異常タンパク質とはこの折り畳みに失敗したタンパク質のことで、正常な機能を失っているだけでなくタンパク質同士が凝集を起こすと細 胞に障害を与えることになる。

admin_3c7e5f202d413241e0a255f43a628302_1294968851_.gif

admin_3c7e5f202d413241e0a255f43a628302_1294968861_.gif

admin_3c7e5f202d413241e0a255f43a628302_1294968868_.gif

PDFファイル(317.47 KB)

プレスリリース一覧に戻る