病原菌に対する植物の免疫スイッチがONになる瞬間の可視化に世界で初めて成功 ~耐病性を強め、食糧増産やバイオ燃料の開発に役立つ植物の育成に強い期待~

2013/04/18

【概要】
植物は病原菌の感染を認識するために細胞の表面に免疫受容体を持っている。病原菌の細胞壁成分であるキチンなどのオリゴ糖(少糖類)やフ ラジェリンなどのペプチド(タンパク質の断片)を目印として感知し、様々な防御反応を展開することが知られている。この免疫システムによって、植物は自然 界に存在する何十万種にも及ぶ病原菌から身を守っている。奈良先端科学技術大学院大学(奈良先端大、学長:小笠原直毅)バイオサイエンス研究科 植物分子遺伝学研究室の 島本功教授、赤松明研究員らの研究グループは、イネを使って、植物の免疫システムがONになる瞬間を可視化し、そのメカニズムを世界に先駆けて発見した。 可視化することによって、イネの細胞膜上で、病原菌が感染してから3分以内に免疫スイッチがONになっていることが明らかとなった。この成果は、セル ホ スト&マイクローブ 誌 (Cell Press社、アメリカ) の平成25年4月17日付けの電子ジャーナル版に掲載された。

これらの 発見により、植物が病原菌の侵入を感知してから、抗菌性物質の産生などの病原菌に対する直接的な攻撃までの一連の免疫指令経路が明らかとなった。これらの 指令を担う遺伝子を手掛かりにイネの最重要病害であるいもち病や白葉枯病に対する耐病性育種に応用できる。それだけでなく、世界中の様々な作物の生産に莫 大な損害をもたらす病害の克服が可能になり、「病気に強い植物」の開発に貢献できる。さらに、耐病性技術の向上により、作物生産を安定化させ、爆発的な人 口増加に伴う食糧問題の解決に貢献できると同時に、バイオ燃料の安定供給に向けたバイオマス植物の開発の基盤技術としての応用も期待される。

【解説】
[研究の意義]
世 界の人口は爆発的に増加しており、開発途上国を中心にした飢餓や貧困問題が山積し、食糧問題を解決するための抜本的な対策が早急に必要とされている。作物 生産における最重要課題のひとつは、病害による損害の軽減である。国内において、その損害は甚大であり、イネのいもち病や紋枯病、ジャガイモの疫病、ハク サイの根こぶ病など早期に解決すべき数多くの重要病害の課題を抱えている。さらに、世界規模での化石燃料などのエネルギー資源の枯渇が予測され、エネル ギー資源としての植物の開発が期待されているが、植物の免疫機構を含め解決すべき問題は多い。本発見は、耐病性誘導の分子機構の理解を進め、作物生産やバ イオ燃料の開発の安定化に大きく貢献できるものと考えられる。

[研究の背景]
自然環境下において、動植物は細菌、糸状菌、ウイル スなどさまざまな病原体の脅威に常にさらされている。動物では、白血球や好中球のような可動性の細胞を利用した免疫系が発達し、細胞どうしのコミュニケー ションを巧みに利用しながら免疫システムを維持している。一方で、植物は動物で見られるような免疫系を持たない。そのため植物は、自然免疫系と呼ばれる先 天的に備わっている免疫応答を利用している。イネでは、病原菌が感染すると、細胞表面にある受容体によってそれらを認識し、免疫スイッチとして機能するタ ンパク質(OsRac1)を介して様々な抵抗性反応を誘導する。細胞表面の受容体は、レセプターキナーゼ(受容体リン酸化酵素)型をしており、病原菌の持 つさまざまな細胞成分を認識することが明らかとなってきた。しかしながら、これら受容体が病原菌の侵入を感知した後で、OsRac1のスイッチをONにす るしくみについてはまったく不明であった。

[研究結果]
島本教授らは、まずRaichu-OsRac1(ライチュー・ OsRac1)という蛍光タンパク質の光る性質を利用して反応を追跡できる生体内センサーを用いた解析から、OsRac1がイネの細胞膜上で活性化される ことを視覚的にとらえることに成功した。この解析によって、免疫スイッチは病原菌侵入後3分以内に細胞膜上でONになることが明らかとなった。次に、 OsRac1に結合するOsRacGEF1と呼ばれる病原菌の目印になるタンパク質を同定し、このOsRacGEF1の発現を抑制したイネに、いもち病菌 を感染させると、そのイネはいもち病に対して抵抗性が弱くなることがわかった。このことからOsRacGEF1は植物免疫において重要な因子であることが わかった。さらに、OsRacGEF1は、病原菌が持つキチン糖を認識するイネのキナーゼ型免疫受容体OsCERK1にも結合することを見出した。これら のことなどから、受容体からの指令は、OsRacGEF1を介してOsRac1まで伝えられていることが明らかとなった。つまり、イネの細胞膜上では普段 からOsCERK1-OsRacGEF1-OsRac1タンパク質が待機しており、病原菌を感知後、即座にOsRac1タンパク質のスイッチをONにする ことができると考えられる。

図1の説明
病原菌がイネの葉に付着すると、細胞膜上にある免疫受容体が、病原菌がもつキチンなどを感 知する。次に、免疫受容体の細胞内部位がOsRacGEF1にリン酸化反応という形で指令を送る。指令を受けたOsRacGEF1は、イネの免疫反応にお いて重要なタンパク質であるOsRac1を活性化することで、様々な免疫反応を引き起こす。写真は、いもち病菌をイネに感染させたもので、 OsRacGEF1が抑制されたイネでは、病気が拡大する。

図2の説明
Raichu-OsRac1生体内センサーを持ったイネの 細胞に、キチンを処理した。Raichu-OsRac1生体内センサーは、OsRac1が活性化しているかどうかを可視化することができる。キチン糖を処 理すると、時間を追うごとにOsRac1が赤色になり、活性化することが示された。数字は、処理後の時間(分)を表す。

【用語説明】
・Raichu-OsRac1(ライチュー・OsRac1)生体内センサー
タンパク質でできた生体内センサー。生きた植物の細胞で機能し、その反応を可視化することができる。
・免疫受容体
病原菌の持つ成分を特異的に認識し防御応答を引き起こすタンパク質。細胞の外側に接している部位と、細胞内部に接している部位を持つ。

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