花咲かホルモン「フロリゲン」が花芽を作る過程の可視化に成功、花芽のゲノムを守って開花をサポートする新機能を発見 有用植物の増産などに期待

2015/02/10

【概要】
花を咲かせる植物ホルモン「フロリゲン」が葉で作られたあと、花芽を作るために茎の先端に移動して働く過程を可視化することに、奈良先端科学技術大学院大学(学長:小笠原直毅)バイオサイエンス研究科植物分子遺伝学研究室の辻寛之助教、(故)島本功教授、島谷善平博士研究員、植物グローバル教育プロジェクトの玉置祥二郎博士研究員、坂本智昭博士研究員、倉田哲也特任准教授、名城大学農学部の寺田理枝教授らが初めて成功し、必要な遺伝子を活性化する詳細な仕組みを明らかにした。さらに、フロリゲンが花芽に関わる遺伝子を守り、開花をサポートするという新たな機能を世界に先駆けて発見した。

フロリゲンは花芽の形成を決定する強い効果を持つことは知られているものの、フロリゲンがどこに分布し、どんな遺伝子を活性化させるか、ということはわかっていなかった。辻助教、玉置研究員らはこの様子を可視化することにより、フロリゲンが自己と結合する受容体を備えた細胞へ到達してから、花を作る実働部隊の遺伝子を活性化させるまでの過程を明らかにした。さらにフロリゲンが活性化している遺伝子を全ゲノム規模で網羅的に調べた。その結果、フロリゲンが遺伝子を破壊する効果も合わせ持つ「動く遺伝子」のトランスポゾンの働きを抑制し、ゲノムを守ることに貢献している可能性があることをつきとめた。

今後、フロリゲンの分布や遺伝子の活性化を人工的に操作することで、花の咲く時期を自在に操る技術につながる可能性があり、作物の収穫時期を変えたり、収穫回数を増加したりして有用な作物などの増産に結びつける貢献が期待される。

この成果は、平成27年2月9日付けで米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)の電子版に掲載される(プレス解禁日時:日本時間 平成27年2月10日(火)午前5時(米国東部時間:平成27年2月9日(月)午後3時))。

論文タイトル: " FT-like proteins induce transposon silencing in the shoot apex during floral induction in rice"
論文著者:玉置祥二郎、辻 寛之*、松本彩奈、藤田亜希子、島谷善平、寺田理枝、坂本智昭、倉田哲也、島本 功(*責任著者)

【研究背景】
フロリゲンは植物に花芽を作らせる決定的な効果を持つ植物ホルモンである。葉で作られ茎の先端に移動して効果を発揮する。その正体は長い間謎であったが、2007年に、(故)島本教授らが「FT」もしくは「Hd3a」と呼ばれるタンパク質に該当することをつきとめた。2011年には茎の先端でフロリゲ」ンをキャッチする受容体も発見され、花が咲く仕組みの理解は進みつつある。しかし、フロリゲンが茎の先端にいつ到達するのか、どのように分布するのか、そしてどのような働きをしているのか等の重要な問題が未解決のままであった。

【内容】 
研究チームは、独自のフロリゲン可視化技術を駆使してフロリゲンが花芽に到達し分布を変える様子を始めて可視化することに成功した(図)。さらに、ジーンタゲティングと呼ばれる手法を用いて、フロリゲンが働いたときに活性化する遺伝子を可視化できる植物を作成し観察した(図)。その結果、フロリゲンが茎の先端で遺伝子を活性化しながら分布を変える様子を初めて捉えることに成功した。

さらに、フロリゲンが茎の先端でどのように花を咲かせているのかを調べるために次世代シーケンサーと呼ばれる高速のゲノム解析機器を使って全遺伝子の活性化状態を計測した。その結果、フロリゲンが遺伝子を破壊する効果を持つ「動く遺伝子」、トランスポゾンの働き(発現)を抑制することをつきとめた。花は次世代に遺伝子を伝える生殖器官であるため、トランスポゾンによる遺伝子破壊などから守る必要があるが、フロリゲンはその役割も担っていると言える。

【研究の位置づけ】 
本研究では、長い間未知であったフロリゲンの分布と、その制御下にある遺伝子の活性化の様子を初めて明らかにした。また、フロリゲンがトランスポゾンを抑制するという、これまで想像されなかった新しい機能を初めて発見した。これらは植物が花を作る仕組みの謎に迫る極めて重要な発見と言える。

また、フロリゲンは花を咲かせて実をつけるすべての植物に共通して存在しているため、重要作物でも同様の仕組みが働いている可能性がある。今後、フロリゲンの分布や遺伝子の活性化を人工的に操作することで、花の咲く時期を自在に操る技術につながる可能性があり、作物の収穫時期や収穫回数の増加等への貢献が期待される。また逆に、花を咲かせないようにフロリゲンの効果を抑え続ければ、植物は茎と葉を出し続けてバイオマスが大きくなるため、バイオマス増大を視野に入れた植物改良への貢献も期待できる。

さらに、フロリゲンは花だけでなくジャガイモや玉ねぎなどの農業上重要な植物器官をつくらせる機能も持つことが明らかにされている。花芽を作る際のフロリゲンの分布とその機能が明らかになったことで、花以外の器官を作る際のフロリゲンのはたらきを理解する手助けになり、将来的にこれらの重要作物の成長を増強する方法の開発に向けた波及効果も期待できる。

【補足説明】
●フロリゲンとは
花芽を作らせる決定的な効果を持つ植物ホルモンであり、FTもしくはHd3aと呼ばれるタンパク質がその正体である。奈良先端科学技術大学院大学・植物分子遺伝学研究室においてこれまで、フロリゲンの正体がHd3aと呼ばれるタンパク質であることが証明され(2007年 Science誌にて報告)、フロリゲンがはたらく際の受容体が同定され(2011年 Nature誌に報告)、またフロリゲンが花だけでなくジャガイモを作ることが示された(2011年 Nature誌に報告)。

●フロリゲンの可視化技術とは
フロリゲンHd3aを作り出す設計図となる遺伝子に、緑色蛍光タンパク質GFPの設計図となる遺伝子を連結した融合遺伝子を導入したイネを作出する。これにより、フロリゲンHd3aとGFPの融合タンパク質がイネ植物体内で合成される。合成されたHd3a-GFPは、内在のHd3aと同様に葉から茎へ輸送される。このイネの茎の先端を特別な顕微鏡を用いて精密に観察することで、GFPの蛍光を指標にフロリゲンHd3aを可視化できる。

●ジーンタゲティングとは
細胞内の染色体DNA上の必要な部位を必要な形で改変する技術。名城大学・寺田理枝教授らが2003年にイネで初めて成功させ、現在まで方法が向上され続けている。本研究では、寺田教授の協力のもと、島谷研究員によって独自のターゲティングイネが作出された。Hd3aによって活性化される遺伝子OsMADS15に対して、明るいオレンジ色の蛍光を発する蛍光タンパク質mOrangeの遺伝子を挿入し、OsMADS15の働きを正確に可視化できるようになった。

●次世代シーケンサーとは
大量のDNA配列情報を取得できる最新の遺伝子解析装置。方法を工夫することによって、遺伝子の活性化状態(転写されたmRNA量)を計測することができる。植物グローバル教育プロジェクトの玉置祥二郎博士研究員、坂本智昭特任助教、倉田哲也特任准教授らによって、茎の先端のみを精密に単離する実験が行われた結果、フロリゲンによるトランスポゾンの抑制効果が発見された。

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